第1144話
出発の日。
特に派手な見送りなどはなかった。
距離が遠いので、場合によっては酔い止めの魔法が使えない可能性を考えてただけで少し億劫になる。
「あー、マジでやだ」
「我慢して下さい、ケンくん」
しかも今回は6人乗り。
乗ってみると、やはりなかなか狭い。
「馬車酔いとは情けない」
「ぁあ?………って、アンタ………」
人の気も知らない野次が飛んできたので思わず顔を出すと、そこには意外な人物がいた。
そう、なんと族長本人が、わざわざ見送りに来ていた。
「ほー、意外だな。わざわざ朝っぱらから娘の見送りか?」
「見送らぬわけにもいかんだろう。万が一………いや、億が一だが、これがこの国に安寧が取り戻されるきっかけとなる旅立ちかもしれぬのだからな。まぁ、それはそうと用事もある。そこの名無しの娘」
用事の相手はG・R。
これはまた意外な相手だった。
本人もキョトンとした顔で、馬車を降りた。
「お前達が向かうガイアナは今色々と問題があることは聞いているな?」
「はい………存じていますが………」
「話は聞いている。勤め先を探すのであれば、ガイアナではなくストルムにしておけ。紹介状を書いておく」
「ええ!! ありがとうございま——————」
と、渡された紹介状をG・Rが受け取ろうとすると、族長は何故かそれをヒョイと持ち上げて避けてしまった。
「………ど、どうして………そんな酷い………」
「あららぁ。ニート継続じゃないですか奥さん。このままじゃG・RのGは穀潰しのGに………」
いらん事を言ったコウヤの頭のスレスレを槍が掠めたが、自業自得なので放っておいて領主に訳を尋ねた。
というか、こんな狭い馬車に槍をブッ込まないで欲しい。
それはそうと、避けたのは何か意図はあるのだろうか。
「条件付きか?」
「条件というほどでもない。ガイアナへは修行へ向かうのだろう? ネームレスのこの者は行ったところで何をするわけでもあるまい。であれば、先にストルムに向かっても問題はないはずだ。その際に少し調査を頼みたい。謝礼は出すぞ」
クソ、リッチマンめ。
正直、手伝ってもらう気満々だったが、族長の言った通り、G・Rに入ったところでメリットはない。
大人しくストルムに向かった方が賢明だろう。
「良いチャンスだぞ、G・R。お前の旅の目的もこれで達成されるし………」
「大変嬉しいのですが、お断りします」
「お断り………お断り?」
なんと、G・Rは自らその依頼を断った。
予想外の返事に、族長はもちろん俺たちも驚いていた。
ためらいもなく、はっきりとそう言い放ったのだ。
「おまっ………」
「仕事も大事だけど、それ以上にケン君やルージュリアちゃんには恩があるからね。仲間への恩は、私にとっては絶対だよ」
屈託のない笑顔を向けられた。
どうやら、俺は少し見くびっていたらしい。
こいつは俺が思っているよりも、俺たちのことを仲間だと思ってくれている。
しかし、相手は族長。
このまま素直に引き下がってくれるだろうか。
「………恩か。ならば、尚のこと調査に向かって方が良いと思うがね」
「?」
G・Rはポカンとしているが、俺は思わず身構えた。
すると、
「信用していないのはわかるが、身構えずとも良い。さっきのはそのままの意味だ。その調査は、そのままお前たちの役に立つ。いや、やらなければ、確実にお前達は負ける。何せ相手の実力は、Sランク………いや、放っておけばSSランクの冒険者程にもなるだろう」
「!!」
「しかし、少しばかり妙な噂を聞いてな。調査がうまくいけば、勝ちどころか大会から引き摺り下ろせる。やってみるか?」
確実に裏はあるだろう。
だが、俺たちの役に立つのも間違いない。
これが本当ならば。
「ケン君、どうしたい?」
正直、かなり悩ましい。
ただ、敵はSSランク。
少しばかり危険な敵かもしれない。
だが、G・Rには、帰巣がある。
いざとなれば逃げられるが、
「行かせたほうがいいと思う」
そう答えたのは、コウヤだった。
「自由人なら大丈夫だ。俺たちよりも強いんだから。それに、絶対にこいつは死なない」
「………だな」
ここは、頼むほうが賢明だ。
ただ単純にメリットを考えたら、の話だが。
………しかし、前に誰かに言われた事がある。
過保護は俺の悪い癖だ、と。
そうだ。
少なくとも今は、こいつは俺より強い。
だから、信じよう。
「頼めるか?」
「もちろん」
そう言って、G・Rは馬車の扉を閉じた。
そしてまもなく、一言二言の言葉を交わした後、馬車はアクアレアを後にした。
思えば、あいつと知り合ってそれなりに経つ。
もう立派な仲間だ。
頼んだ身でありながらこう思うのも身勝手な話だが、どうか、無事に調査が終わる事を願う。
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「案外過保護な男だな」
「仲間には誰よりも優しい人です。正義感が強いからでしょうか。けど、大切に思われるって良いものですよ」
どこか楽しげに、G・Rはそう言った。
友人に裏切られて、ずっと1人だったからこそ、人の温かみが心地よいのだろう。
しかし、そんな感傷に浸るのも束の間。
重々しい口調で、族長は語り始めた。
「正義感か………やはり、調査の詳細は黙っておいて良かった。奴が聞けば止めかねん」
どこか不穏な空気が流れる。
勘の悪いというか、空気など普段は読まないG・Rでも、なんとなくそれを察した。
「そんなに危ない調査なんですか?」
「そういう訳ではない。だが、奴が聞けば修行などせずにストルムに向かうのが目に見えていた。そうなれば、ヒジリケンは間違いなくあの男に殺される」
「私が調査する相手に?」
ああ、と族長は断言した。
つまりはそういう事だ。
ケンが無視できないような、『誰かにとっての大きな不利益』が、そこにある。
「心して調査しろ。お前が調査する相手は——————疫病を使い、民の魂を貪っているストルムの領主だ」




