第1137話
「失礼します。お父様」
「入れ」
一例をし、丁寧な所作で部屋に入るルージュリア。
親子間でもいちいち堅苦しいのは、上流階級ならどの種族でも同じということらしい。
アホくさい話だ。
「………」
ルージュリアも苦手とっていたのである程度予想はしていたが、なかなか空気が悪い。
見張り兵も、静かに額から汗を流している。
「ようこそ、“婿殿” 。私がウンディーネ族長、ウンディルだ」
「ヒジリケンだ」
「「「!!?」」」
タメ口を聞いたせいか、場の空気が一瞬にして凍った。
極限まで高まった緊張、無礼に対する怒りのこもったそれぞれの視線が一斉に俺へと集まる。
「ふむ、礼儀がなっていないようだな小僧」
「俺だって、礼儀を弁え得る相手くらい選びたいんでね」
と、少し生意気言ってみた。
そんな奴はいないのだが。
「ふん、まぁ良い。下らんことで腹を立てるつもりはない」
意外なことに気にしていないらしい。
思わず拍子抜けだ。
正直、もっと性格の悪いものであるのだと、ある種期待していたのだが、むしろ笑みを見せている。
「お前は義理とはいえ、息子になる男だ。多少の無礼ならば許そう」
「ん?」
おっと。
思わず声が漏れた。
これは予想外だ。
てっきり、あまり歓迎されていないと思っていたのだが。
どういうことだとルージュリアの方を見たが、返事はない。
ただ、恨めしそうな視線をウンディルに向けている。
「その顔………自分が煙たがられているとでも思っていたか?」
「ああ。アンタら妖精は頭でっかちなやつが多いからな」
「ははは、耳が痛いな。確かにそうだ。しかし、今回ばかりはそうも言ってられん」
まぁ、裏はあるだろうなとは思っていた。
「白紙化によって、均衡を保っていた種族間の力関係は崩れつつある。森にこもっているエルフはともかく、他の種族はいち早く他を出し抜く為に様々な策を弄した。だが、こうなると我々は圧倒的不利になる」
何故だかわかるかと言わんばかりの視線。
答えるのは癪だが、一応思い当たる部分はある。
「………所有している土地の立地か」
「ご名答。見ての通り、アクアレアのある場所はこの妖精界………今はフェアリアか。この中でも出現モンスターの力が弱い。つまり、経験値を得る効率が悪い。今はまだいくらか皆自由に行き来ができて、ウンディーネの者も成長の余地があるが、その内規制が始まれば種族間で力の差が生まれる可能性がある」
「可能性、か」
「そうだ。しかし、起こり得ないわけではない。そうなった場合に対処する方法は2つ。そのうちの一つとして、私はウンディーネ族の戦力を今のうちに蓄えることに決めた。私は運がいい。何せ、求めていた人材がこんなにも早くきてくれたのだからな」
そう言って、ウンディルはじっと俺を見つめた。
周りから驚きの声はない。
ある程度、これは周りも知っていることなのだろう。
だが、戸惑いはあるらしい。
なんでこんなやつに、という風なものだ。
しかし、当事者である俺はなんとなく察しがついている。
この男が求めているのは、
「アンタ、プレイヤーの成長能力に期待してるんだな。特に、王候補ではない者を望んでる」
「へぇ………話に聞いてはいたが察しがいい。その通りだ。しかもお前は、あのギルヴァーシューの息子だろう? その風貌、間違いない」
また親父の話だ。
流石にもう驚かない。
腹は立つが、それだけ俺が親父に似ているというだけの話だろう。
「んで、婿になれと」
「そうだ」
「ルージュリアの意思は?」
「関係ない。私が決めた」
「テメェが勝手にこいつの人生決めんのか?」
「私ではないッッ!!」
「!!」
ここ来て、ようやく厳しい目を見た。
だが、それは決して怒りに任せたものでも、私欲の混ざったものではない。
それは正しく、長としての威厳を持った目。
「決めたのは我らが血であり、過去であり、使命だ。仮にも王を目指す一行の一人であるのならよく覚えておけ、小僧。長というものは、導き手ではなく『礎』だ。中途半端な覚悟で長など立ててしまえば、我らは砂上の楼閣だ。長にその全てを捧げる意思と覚悟がなければ、民など到底守れぬ」
そう。
それは長として、何も間違っていない。
父親としては失格だが、それをどうこう言っても意味はないだろう。
何故ならこの男は、どこまで行っても長なのだから。
「そうか。それもそうだな。アンタは長でこいつは次代の長。そりゃ当然の話だ」
しかし、
「んで? 何? 俺は嫌だね」
そんな決まりなんぞクソだ。
「「「!?」」」
「ルージュリア。お前、口ではああ言ってたが、本当は結婚したくない理由があるんだろ?」
「っ………」
冗談混じりで俺と結婚するだなんだと言っていたが、流石に俺もわかる。
こいつにそういった好意はない。
嫌々………というか、せめてコイツといった感じで俺を選んだのだろう。
「………いえ、少し違います?」
「ん?」
「私はそもそも、長になんかなりたくありません」
「ルージュリア、貴様………」
怒りをあらわにするウンディルだが、『しかし』と言ってルージュリアはこう続けた。
「民を守りたいのは私も同じことです。ウンディーネの戦力を蓄えるとお父様は仰いますが、管理者がいる限り安心して眠れる明日は来ませんわ!!」
「こいつ………それはもう終わった議論だろう!! だから私は、せめてもと思い、お前自身に婿となるプレイヤーを探すよう言ったのだ!!」
「ええ。わかっていいます。でも——————」
「ストップ」
このままヒートアップし続けても仕方ない。
ルージュリアじゃ説得は無理そうだ。
「なぁ族長サン。アンタさっき、対処法が二つあるって言ったな」
「………言ったな」
「ってことは、アンタ自身わかってんだろ? その方法もあるって。けど現実的に不可能そうだから、消去法で管理者に逆らわずウンディーネ族を繁栄させるっつー手段をとった」
「その通りだ」
要は希望を見せればいい。
十分な希望が。
「もし、可能な要素があればどうする?」
「………何?」
さて、コイツは首を縦に振ってくれるだろうか。




