第1136話
「………足りないなぁ」
なかなか寝付けなかったミレアは、談話室でホットミルクを片手にそう呟いた。
俺はそれを、丁度部屋に入った瞬間に聞いた。
「何が足りないって?」
「あ………ケン君………眠れなかったんですか?」
「ん? いや、なんとなく起きてただけ」
まぁ、色々と作業をしようとしてたが、夜更かししようと思ったわけじゃない。
一通り終わって、気晴らしがてら歩こうと思ったら、偶然ミレアを見つけたのだ。
「………」
表情は重い。
俺の結婚が悲しいと思っている、という半分本気の冗談を言おうと思ったが、少しばかり様子が違う。
どうやら、ミレアは自覚しているらしい。
「最近どうしたよ」
「え………」
「それなりに寝食共にした仲だ。様子がおかしいってことくらい気づいて当然だ」
「………」
黙り込んでしまった。
一体ミレアは、自分がおかしくなっている事をどこまで自覚しているのか。
ここは一つ、尋ねてみよう。
そう思って、俺は手に持っていたコップを置いて、前のめりになってこう言った。
「あの時お前にやったあの羽、もう食っただろ」
「!!………………」
少し、目を泳がせる。
気まずさや、恥ずかしさ、そういうものを抱えつつ、ゆっくりと頷いた。
「私………おかしいんです………………人が、亡くなったばかりだというのに………あの羽を貰った瞬間………」
掠れたような声も、その仕草も、確かに恐怖からくるものだった。
頬には涙さえ伝わせている。
何より、俺が間違いないと思っている。
これは、紛れもない本心。
嘘も誤魔化しも存在しない。
——————だが、一つ、決定的な異物が存在した。
「私、私は………」
「!!」
恐怖を浮かべ、後悔を噛み締めながら、まるで操られているかのように、場違いな笑顔を浮かべていた。
「羽を食べたくて仕方なかったんです」
「ミレア………お前」
ゆっくり話を聞こうと思っていたが、聞きたいことの答えを言われてしまった。
手間が省けた、と喜んでいる場合ではない。
これは、あまり良くはない。
「チカラ、か。俺も気持ちはわからなくも………」
「本当にわかりますかッッ!!?」
声を荒げて、ミレアはそう言った。
そのしばらく後、我に帰ったミレアはみるみるうちに顔色を変えていた。
咄嗟に出たことは間違いない。
だが、それはつまり押し留めていて吐き出された本心。
そう、俺の事情など正直今のミレアにはどうでもいいだろう。
確かに、過去の俺は今と比べてもかなり弱い。
だが、本来の肉体で言えば、この世界でほぼ最強格である自負はある。
そんな俺が、弱さについて語っても、嫌味にしか聞こえないだろう。
「…………………ごめんなさい、私——————」
パチン、と俺は額を小突いた。
「全く………世話のかかる奴だ」
だが、たとえ嫌味だと思われようが、俺は退くつもりはない。
俺はこう見えて、結構図々しいのだ。
「良いもんやる」
「………え?」
俺は懐から小さな包みを取り出し、それを開いてあるものを見せた。
「これは………髪留め?」
「髪留めに見えるお守りだ。こいつをつけとけ」
なぜ急に、という顔を浮かべるミレア。
当然といえば当然だが、あえてまで理由は言わない。
だが、
「………こう、ですか?」
「ああ。それでいい。似合ってる」
どうやら、付けてくれるらしい。
これなら安心だ。
「ずっと付けてろ。いつか、お前が本当にきつい時、絶対にお前を支えてやれる」
「………………」
そっと、添えるように髪留めに触れるミレア。
気に入って………くれたかはわからないが、これだけ言えば大丈夫だろう。
「んじゃ、もう寝ろ。明日早いしな」
「あ、え………はい。おやすみなさい、ケン君」
「おう」
と、帰ろうと思ったが、その前に、
「寝れないのなら、俺の持ってきた特性ココアを飲んでみろ。一口は飲んだが気にすんな。んじゃおやすみ」
俺はそれだけ言って、部屋を後にした。
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翌日。
俺はルージュリアと共に、族長の私室へと足を運んだ。
慣れというか、性格上というか、俺は全く緊張していないのだが、何故かルージュリアはひどく緊張しているように見えた。
「テメェの親父に会いにいくだけってのに、なんでそんなに緊張してンだよ」
「ああ………そういえば言っていませんでしたね。私、色々あってお父様が苦手なんです」
怖がっているというよりは、忌々しげな様子。
それは、
「………奇遇なこともあるもんだ」
「え………?」
親父との遺恨は俺もある。
まぁ、つい口に出てしまったが、今話すことでもない。
「なんでもない。いくぞ」
「あっ、私が………」
既に扉の前。
俺がそういうと、作法も何もない俺にさせないとばかりに、すかさずルージュリアが扉をノックした。
さて、この妖精界——————現・フェアリアにて最も高位の存在である、族長………その一角と今、対面を果たす。




