第1134話
「………」
妖精の遺体は、形として残らない。
それぞれの種族を表す物質に変換され、自然へ帰る。
俺は、レイターだった水溜りの上で、あいつの飲み込んだ羽の欠片を手にしていた。
「救われたな。俺たちは」
コウヤは、じっと水溜りを見下ろしながら、そう呟いた。
「まぁ、自害っていう名目がなけりゃ、このクソゲーに失格になるからな」
「それもだけど、管理者に逆らえば、エラー削除のためにデバッガーが現れてあのホラ吹きを消そうとする。そうなったとき、金髪が無茶をするって見越してたから、あいつは自害を選んだんだろう」
「………そうか………………そうかよ」
みすみす死なせた上に庇われたってか。
無様この上ない話だ。
「ミレア」
俺は持っていた欠片をミレアに向かって全て投げた。
「後で使え」
「あ………………………ええ。そうします」
思わず、語気が乱暴になる。
久しぶりに、取り乱している。
冷静は俺の売りなのだが、今度ばかりは流石にこたえた。
はらわたの奥の熱が、暴れ狂っているのがわかる。
止めようと意識をすると、思わず息が止まって拳に力が入る。
だが、そこで全てが止まる。
拳をぶつけるべき敵が、ここにはいない。
溜まった怒りは、逃がされることなく、ただ膨張を続けた。
「………ディアブレイズってのは、確かサラマンダーの首都だったな」
「ああ。ここから近いし、フェアリアの中心からの距離もアクアレアと同じくらいだから、モンスターの強さも大体一緒。次に領主のところに向かうとしたら、まずそこにするつもりだったんだけど………」
レイターの言う通りなら、素直に従った方がいい。
何かを仕掛けられてそうだ。
元々、俺たちの目的は領主が管理している装飾品を得て、ミレアの能力に掛かっている制限を解除する事だ。
順番はどうでもいい。
「次に近い………いや、モンスターの強さ敵に向かうべきなのはどこだ?」
「それならシルフの都市かな。だいぶ距離はあるけど、ここから北の方角にある天空都市『ストルム』。次行くならそこだ」
天空都市。
それが次の目的地。
どうせ戦うのだ。
とりあえず今は、これよりはマシなことが起こればいいと願うばかりだ。
「………それじゃあ、一旦帰るか」
「ああ」
俺はレイターの遺品を拾って、リンフィア達のところに帰ることにした。
が、その前に。
「あの、ケン君?」
「ん」
「彼は………」
そう、すっかり忘れていた。
サバスを名乗っていたあのローブの男はどうするつもりなのだろうか。
そう考えていると、何やら向こうの方から近づいて来た。
「ようやく片付いたか」
「アンタ………」
一応、この男もレイターの能力で操られていたわけだが、怪しいことには変わりない。
何より、かなりの使い手だ。
ただ、今のところ向こうには一切敵意を感じないが。
「なに警戒するな。別に取って食おうというわけではない。それより、ようやく話が出来るな、ヒジリケン。いやはや、見つけられないだろうと思っていたのだが、私は運がいいな」
「?」
その口ぶりだと、まるで俺を探していたように思える。
だが、接点はない筈だ。
王の選別との関わりもなさそうだし、何より心当たりがない。
が、聞くだけ聞いてみよう。
「話って?」
正直、今はしゃべるのは少し億劫だ。
だが、この会話は、少なくとも俺にとって有益なものであるのは、間違いなかった。
「我らが主、生物迷宮が王であるラビ様から伝言だ」
「——————」
「え、ら………ラビちゃん!?」
ミレア同様、これには素直に驚いた。
これまでなんの音沙汰もなかったラビの情報が、ここに来てやって来たのだから。
そして驚いている俺たちのことを気にすることなく、ローブの男はそこ伝言とやらを口にし始めた。
「『ししょう。ワタシもニールねえもげんきだ。でも、しばらくはちからをつけたいからあえそうもない。だから、そっちはそっちでがんばってくれ。じきがくれば、エルをとおしてれんらくをいれる』とのことだ。確かに伝えたぞ」
それだけ言うと、ローブの男は帰ろうとした。
要は済んだと言わんばかりだ。
それに反して、こちらとしては聞きたいことが山積みだった。
この男は一体、何者なのだろうか。
「アンタ、一体………………ん?」
風が吹き、ローブが僅かに揺れる。
長めの袖が少しめくれ、隠れていた腕が僅かに見えた。
陽光を反射し、僅かに魔力を纏ったそれは、間違いなく何かの鱗だった。
セイレーンかと思ったが、足はあるので恐らく違う。
であれば、この男は妖精ではない。
そこでふと、俺はラビの伝言を思い出した。
『エルを通して』
そう言っていた。
エル………そういえば、エルの母も言っていたが、バハムートは元々、生物迷宮に仕える種族だった。
生物迷宮と関係のある限られた種族。
我らが主と言っていたあたり、こいつもエルと同じだ。
ということは、こいつは、
「五色獣………」
「!」
「アンタ、ベヒーモス………なのか?」
返事はない。
そして、その姿も。
何かに呑まれるようにして、奴は消えていった。
だが、答えは必要なかった。
去り際に、ほんの一瞬見せたあの姿。
あらゆる四足獣の中でも、特に戦闘に特化したそのフォルムと、特徴的な角。
全身が放つ凄まじい気迫は間違いなく、伝説の生物——————陸獣の覇者、ベヒーモスそのものであった。




