第1133話
出血が酷い。
が、即死は自ら避けたのか、中途半端な深さになっていた。
どの道、レイターにとっては地獄だ。
「誰か、回復魔法ッ…………」
そこでハッと気がついた。
今日はもう、レイターには回復魔法を使えない。
限界値は、既に超えていた。
こうなれば、通常の治療でどうにか明日まで延命させるしかかない。
一先ず出血部に布を当て、傷口を塞ぐべく氷魔法を使おうとした。
しかし、
「………………ダメだ。これも」
神の知恵も、既に今日の分を使い切っていた。
そして、俺レベルで繊細な氷魔法を使える奴は、この場にいない。
だが、諦めるわけにはいかない。
方法があるはずだ。
何か、何かが。
「………もう、いいよ。ケン君」
「良い訳があるかよ!! 折角、折角お前が………やっと信じて………」
そう。
一度人に絶望した者が、再び誰かを信じるなんて、それこそ奇跡のようなことだ。
そんな奇跡が目の前にあるのに、みすみす逃すなんて、許せるわけがない。
「信じられるから………げふっ………ボクはこうしたんだよ」
「!!」
「戦っている時、ずっと………見えていたんだ。あたたかいものが………ボクに………向かって手を差し伸べてくれていた………本気でボクを仲間にしようとしてくれてるんだって…………キヒっ、嬉しかったなぁ………」
苦痛に苛まれている筈のレイターは、満足そうな笑みを浮かべ、満足そうな声でそう言った。
「だから、足を引っ張るようなことは………したくない。プレイヤーが死ねば羽は相手に渡る。これくらいは………察しがつく………………これ以外に、方法は………ない、んだろう?」
「………………………………ああ、ない」
一瞬躊躇って、それでもコウヤは真実を告げた。
「コウヤ!?」
「嘘言ったって無駄だぜ、金髪。どうせバレる」
「っ………………!!」
そんなことはわかっている。
でも、納得できない。
できるわけがない。
「………………どうせ、最後だ………君に、言っておくことがある」
「お前………!」
「………………管理者が、君ら………を、っ………見つけ………ご、ぼ………がっ………ぁ………………!!!」
「!!」
どろり、と。
服を一面を塗りつぶすほどの量の血を、一気に吐き出した。
首の傷だけでは、決してあり得ない量。
まさか、こいつ自分で、
「お前いい加減——————」
レイターは、ありったけの力で俺の胸ぐらを掴んだ。
既に死に体。
手の施しようなど、どこにも見当たらないほど。
しかし、目にはこれから死ぬ者とは思えない、凄まじい意志を感じる。
「残存…………グル………プ、は………8………………ディア、ブレイズ………………は………まだ、行っては………ダメ………」
胸ぐらを掴む手が、次第に緩む。
開いていた眼も、ゆっくりと、確実に、光を失い始めていた。
「ハァ…………………ハァ………………よか、た………伝え、られた………」
「………ああ」
「はは………………馬鹿、だな………ボク………意地なんか、張って………………なかった、ら………今度こそ、仲間に………」
手が、滑り落ちていく。
しかし、その手はグッと踏み止まり、服を裾を掴んだ。
そう、まだだ。
まだ諦めるな。
こいつだって、まだ………まだ………!!
「………………………死にたく、ないよ………」
「——————」
手は、いつの間にか離れて、地面に落ちていた。
諦め切れず、持ち上げて、手を握る。
でも、力はまるで入っていない。
握り返しても、何も返ってこない。
もう、何も。
「!! っ………ぁ………ぁあ………!」
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ああ、終わる。
何か言っているようだけれど、ボクにはもう何も聞こえない。
何も見えない。
けれど、本気で悲しんでくれているってことは、この眼が見せてくれた。
それだけで、本望だ。
でも、凄く、怖い。
やっと、やっと願いが叶ったのに。
けれど、それは全部ボクのせい。
ボクがあんな声に騙されていなかったら、きっと。
もっと、彼らのことを知りたかった。
ねぇケン君。
気づいてるかい?
君のそばにいるあの女の子。
凄く、黒く重いものを抱えている。
素直な欲望とはちょっと違う、歪んで望みを見失った欲だ。
ボクと、おんなじだ。
何かを得るために、何かを成す。
けれど、それがいつの間にか、『何かを得たかった』ことを忘れ、ひたすら歩くだけの人形になってしまっている。
ボクはその成れの果て。
サバスのようになって、『仲間に囲まれて生きたい』というボクの望みは、いつの間にか、サバスのようになるという過程のみが残った。
そしてそこにしがみついたのがこの様だ。
でも、君ならきっと、その子を助けられる。
だって君は、最後の最後で、確かにボクを変えたのだから。
ああ、神様。
どうか彼らに、その優しさにふさわしい、幸福な結末を。




