第1131話
「ぉ、ご………ァ………」
赤色混じりの気泡が浮かんでいく。
肩を上下させ、やや重心が前のめりになっていた。
コウヤからの攻撃をもろに受け、レイターはかなりのダメージを負ったらしい。
確実に骨は何本が砕いていただろう。
距離はあるが、激痛に悶えているのはわかる。
しかし、
「っ………耐え………た、ぞ………」
それでも、レイターはまだ倒れる気配が見えなかった。
それどころか、どこか勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
「殴られていてわかったよ………君の変身、そろそろリミットが来る頃だ」
「っ………」
そう、リミットだ。
打撃は後半一気に減速し、威力も当然落ちていたのだ。
故に、レイターに致命傷を与えることはなかった。
レイターの言う通り、終わりはもうすぐそこまで迫っていた。
俺の神の知恵は、既に消えている。
神威でなんとか変身を保たせているが、自然消滅するまではもはや秒読み。
魔法で空気を作れなくなっているため、そもそも俺自身が危うい。
「形勢逆転だ。投降しろとは言わない。悪いけれど、君らを甘く見れば痛い目を見るのはこちらだからね。確実に意識を奪った後に、拘束させてもらう」
「………」
2対1。
数に上では有利。
しかし、片や戦力外、片や弱体化中。
敵の土俵の上に立ち、その敵はまだ十分過ぎるほど体力が残っている。
絶体絶命という結論に至っても、不思議じゃない。
だが、
「………結局、こうなっちゃったか」
「………何?」
落胆と自己嫌悪の混じるため息。
欠片ほども焦りのない声色とは裏腹に、表情には喜びなど微塵もない。
勝ち筋が見えたことへの歓喜などないまま、ただただ負けという文字だけ、コウヤの中で完全に消滅していた。
「作戦は聞いていた。けど、出来るだけしたくないから倒し切りたかった」
「一体何の話?」
目を瞑り、耳を押さえるコウヤ。
そして、そのまま振り返りながら、
「俺が、口だけのやつだったって話だ」
「!」
そう言い捨て、巨大水球の外へ全力で向かい始めた。
「待ッ………ぃ、ぃい…………っ!?」
一瞬、身体を硬直させ、泳ぎを止めるレイター。
蓄積したダメージが、全力の動きを揺るはずもなく、差はみるみるうちに広がっていった。
「ま、待て………!」
水を操作して拘束をしようと試みるが、減速してもやはりセイレーンは速い。
水の違和感を感じ取り、コウヤは紙一重でそれを交わしながら泳いでいった。
もはやこの方法でも、コウヤが捕まることはないだろう。
だが、それは他に方法がなければの話。
「………よかった………………万が一のために取っておいた甲斐があった」
レイターには、まだ切り札が、本来の能力が残っている。
恐らく、余裕のわけはここにあった。
なりを潜めていた伝家の宝刀が、懐刀となって牙を剥く。
レイターの本領は、企み、隠し、欺くことによって発揮される。
「『君たちは、逃げていない』」
水を操作し、水中に全範囲に声を届ける。
それは当然、俺の耳にも入った——————
「………………!?」
しかし、何も起きなかった。
——————なるほど。やっぱそうか。
そう口に出したわけではないが、レイターは一瞬でこちらを向いた。
唖然とするまでもなく、レイターは一瞬で状況を理解していた。
元々のレイターの能力は、ある一定の範囲にいる者全てに嘘を認知させることで、その嘘を現実へ変えるというものだ。
レイターは羽を取り込み王の力を得たことで、その能力は恐らく強化され、先程ミレアの一人の認識で嘘が現実に変わったと思い込んでいた。
だが、今覚えばレイターから見てミレアの背後にローブの男が立っていた。
だからもしかすると、俺たちが思っているほどに能力が強化されたわけではないのではないか、と。
そして、その推測は的中した。
範囲内の誰か一人にではなく、少なくとも数人に嘘を認識させる必要がある。
そこだけが心配だった。
もしも、俺たちの勘違いが勘違いではなかったら、能力を警戒して作戦を変えなければならなかった。
が、こうなれば話は速い。
予定通り、これから一気に終わらせる。
「………やってくれ!!」
水球から飛び出したコウヤは、離れた場所にいるミレアに指示を出した。
それなりに距離はある。
一見すると、ここからは何もできそうもない。
狙撃するにも距離があり、そもそも水を隔てている。
今現在のミレアの実力では当たることはまずない。
レイター個人には。
奴に当てる必要はない。
目の前にあるのは巨大な水の塊。
ミレアの得意な魔法属性は、雷。
そう、的は小さいどころか、外しようもないほどに巨大だ。
さぁ行け。
俺もまとめて、ここで沈めろ。
「………………………………ごめんなさい、ケンくん!!」
今の今まで貯め続けた魔力が変換され、手のひらで音を立てて踊っている。
黄色い閃光は、凄まじい速度で放たれ、瞬く間に接近し、そして、
「——————」
電撃は一瞬で水を通り、激痛とともに電波した。
「ぐぅ、ッが………ぁぁぁああああああああぁぁッ!?」
「っ………」
流石に、魔力を含み、妖精の能力によって用意された水だ。
魔力の性質によって溶け合い、かなりの電撃を通してくる。
だが、問題ない。
この程度、いくら喰らおうとも俺にはまったく通じない
「くっ………ははは………………苦痛に対する耐性は、俺の方が確実に上だ」
「ま、さ………か………………自分ごと、だ、っが………ぅ、ぁあああああああああああ!!!?」
レイターの魔力が僅かに高まる。
奴とて戦士。
苦痛に対して耐性は当然あるだろう。
レイターは激痛に耐えながら、回復魔法の用意を始めた。
しかし、これも予定内。
「………………!!」
そう、レイターは今更気づいたのだ。
奴は既に、ミレアの与えた火傷の治療のために、回復魔法を1日の許容量の限界近くまで使用している。
許容量とは全HPと同等。
一度死にかけたレイターは、今日はもう回復魔法を使えない。
だが、俺はまだ、回復魔法を使える。
ただでさえ、レイターはコウヤからの攻撃で消耗してしまっている。
いくらステータス差があろうとも、大半のHPが残りつつまだ回復可能な俺の方に軍配が上がる。
「解除したとこで、この大量の水が消えるわけじゃない。水が触れ続ける限り、お前はこの電撃を喰らい続けるだろう。嫌なら耐えてみろ。もっとも、水が流れきってしまう頃には、お前の意識はないだろうけどな」
「があああぁぁぁぁあああああああああああああッッ!!!!!!」
どっちみち独り言だ。
まぁ、聞こうが聞くまいが、勝負はもうついた。
遠くでウンディーネ達の気配がする。
恐らく、形を崩し始めた水を止めるためだろう。
ということは、終わりだな。
「ぁ、あ………………」
長時間、電流を浴び続けたショックからか、レイターはもう気を失っていた。
こちらの状況を察したのか、電撃もとうとう止まった。
「ごぼっ………」
俺の方も、もうダメだ。
体力自体は残りの魔力で回復させたが、いかんせん長時間息を止め続け過ぎた。
まぁ、死ぬことはないだろう。
何はともあれ。
今回も俺たちの勝ちだ。




