第1130話
波に飲み込まれる前のこと。
俺は呑まれる寸前で攻略本を使い、コウヤをセイレーンに変えた。
時間もなかったので、そこから伝えたのはたった2つだけ。
しかし、起死回生を狙うにはそれで十分であった。
そして間も無く水がやって来て、その後コウヤにはミレアと共に一旦この空間から脱出してもらった。
今のところは、指示通り。
しかし、油断は出来ない。
ここはまだ水の中。
敵のテリトリーだ。
「観念しろっての」
一定の距離まで近づいたコウヤは、旋回しつつレイターの隙を伺っていた。
「すれば見逃してくれるのかい?」
「無理。一回はボコる」
「ハハッ、徹底的だね。けど、」
「!!」
レイターも、コウヤ同様に凄まじい速度で動き始めた。
どうやら、捕まえるのは諦め、逃げる方向に切り替えたようだ。
すぐにレイター追いかけに行くが、なかなかの速さだ。
これは………マズい。
「その変身、長くは保たないだろう。タイムリミットはケンくんの限界が来たら、ってところかな」
「お前………金髪の能力を………」
やはり気づいていたか。
まぁ目の前で何度か本を使って変身しているところを見せてしまっているのだ。
相手がレイターであれば、バレて当然だ。
この展開も、頭に浮かんでいた。
しかし、こうなった時の指示を出す時間も余裕もなかった。
ここからは、コウヤの動き次第で決まる。
「………………お前、頭良いよな」
突然、レイターを追いかけながらコウヤはそんな事を言い始めた。
「? どうしたんだい急に」
「俺は頭良くないから、お前みたいに何手先を考えるとか出来ないし、金髪みたいに指示出したり作戦練ったりはあんま出来ない。けどさ」
剣を強く握りしめ、一呼吸間を置く。
そして、コウヤは諭すようにこう言った。
「こんな俺でも、今のお前が自棄になって馬鹿な事してるってわかる」
「………!」
「俺がお前をボコろうとしてるのは、ただ作戦のためってわけじゃない。手を差し伸べられる事が、どれだけありがたいかわかってるくせに、小さな意地でそれを振り払おうとする馬鹿野郎の性根を叩き直すためさ」
剣を納め、居合の構えを取るコウヤ。
いよいよ、『奥の手』を使うらしい。
「見誤ったな。この先のことも、俺たちのことも。振り切れるなんて思うなよ」
魔力を込め、加速するコウヤ。
僅かに距離を縮めるが、それでも距離が埋まり切ることはない。
だが、コウヤにはその必要がなかった。
「! あれは………………神威か………!!」
鞘が強く光り、水中を明るく照らし始める。
神威の光。
一応、これについては誰でも視認出来る。
しかし、レイターの視線はその光ではなく、光の発生源であるコウヤ自身に向いていた。
王の力を得たことで、どうやら神威を感じ取れるようになったらしい。
レイターは表情を一変させ、これまで感じたことのなかった未知の力に、全神経を集中させていた。
「なんだ、これは………」
ここは水中。
そしてその水は全て、レイターが掌握している。
敵は2人だが、その戦力差をものともしないほどの武器を携えていた。
だが、レイターの表情からは不安と困惑が滲んでいた。
それ程までに、神威というのは異質であり、異常な力を持った存在なのだ。
「さぁ、死ぬ気で止めてみろ。今からお前が喰らうのは、魔力よりも遥かに純度の高い力を纏った、百の斬撃だ」
「!!」
僅かに骨格が変わり、髪の一部が黒く変色する。
奥の手——————それは、ほんの一瞬だけコウヤに多く記憶を流し込むという荒技。
精神崩壊のリスクがある以上、俺もあまり多くの情報をコウヤに流す事は出来なかった。
だが、ほんの一瞬であれば、コウヤの自我には影響は出ない。
故に、今の状態では使えない大技も、一度だけコウヤでも使えるようになる。
「防御を——————ッ!!」
僅かに、レイターの体が硬直する。
ああ、“呑まれた” な。
ほんの一瞬、されどそれは確かに存在する。
今、この時のコウヤは、『激動の時代を生きた、百戦錬磨の剣士』そのものなのだ。
「——————」
全身の力を極限まで抜き、最高のタイミングに呼吸を合わせる。
『ここだ』
そのタイミングと共にスーッと息を吸い、柄に手を掛ける。
抜刀——————斬撃は瞬く間に散りゆき、視界を埋め尽くす。
触れればあらゆるものを断ち切るその小さな刃。
それは、舞い散る無数の花びらのようにも見える。
その数は、およそ百。
遠い昔、この光景を見た者から、この技は名付けられた。
「——————百乱」
無数の斬撃が、瞬時に放たれる。
これは、ラクレーや蓮のレベルでようやく満足に使えるほどの妙技だ。
万裂羅や千斬ほどではないが、この技も常人の技量では到底為し得ない。
「くっ………まさかこんなところで百乱を見るなんてね………けど、ボクを舐めるなよ………………!!」
ツーっと、レイターの瞳と鼻から血が滴り落ちる。
額には青筋が浮かび、魔力が異常なまでに活発化していた。
すると、
「がああああああああああああああアアア!!!!!」
その咆哮に呼応するように、レイターの周りの水が目まぐるしく変化し始めた。
水の中にその百すらもゆうに越える量の氷の礫が生まれ、レイターの周りに浮かんでいく。
だが、あのままではどうにもならない。
神威を纏った斬撃が、氷如きで止められるわけがないのだ。
ただの氷なら、だが。
「っ………あいつ………!?」
理論上不可能ではない。
王の力を得たことで、少なからずレイターも所有することになった。
だが、操作にはそれなりの修練を必要とするはずなのだ。
火事場の馬鹿力というが、それにしても異常だ。
恐らく、並外れた素養がある。
神威を操る素養が。
氷に僅かでも神威を纏わせるのであれば話は別だ。
「行けぇえええええッッッ!!!」
細かい操作は効かない。
だからレイターは、数に任せて無差別に氷をぶつけ始めた。
「なっ………」
聞こえてくる奇妙な破裂音。
氷が刃にぶつかる度に、小さな閃光と共に破裂し、僅かにだが威力を殺していた。
予想外の光景にひどく狼狽するコウヤ。
あれだけの威力を持った斬撃を、たかが氷に阻止されているのだから当然だ。
ぶつかれば物理的な妨害というより、神威同士で撃ち消しあっている。
故に、氷だろうが阻止は可能なのだ。
加えて、殺してはならないルール上、コウヤは神威を抑えているが、レイターは勝手がわからないせいかありったけを出している。
これは、まだ勝負はわからない。
「ボクはッ………ボクは負けらないんだ!! ああ、確かに愚かだろうさ。後悔だってしてる。でも、今更生後戻り出来ないんだよ!! ボクは王になって、ボクみたいな奴が生まれないような国を作るんだ!! そうすれば………そうしたら………!!」
「それが見誤ってるっつってんだ」
「!」
百乱を放った直後、コウヤはレイターの背後に回り込んでいた。
百乱自体はもう殆ど消されている。
しかし、時間稼ぎとしては十分役に立っていた。
「わかんねぇなら、一旦くたばれ!!」
流石に真正面から切らないよう、剣の側面で思い切り頭を狙ったコウヤ。
完璧な一撃。
レイターは避けようとするが、今のコウヤはセイレーン、水中にて最速を誇る種族。
追いつけないわけがない。
——————当たる。
そう確信を持って振った次の瞬間、
「ああ、来ると思っていたよ」
「なっ………!?」
手応え、なし。
コウヤは剣を振り下ろした場所を見たが、そこにはゆらゆらと揺れているレイターの残像が残っていた。
すると、
「!!」
レイターはコウヤを羽交い締めにし、水を使って自分ごと完全に固定させた。
「水を使って少し視界を誤魔化した。目の錯覚ってやつさ」
「チッ………!!」
水だけでは心許ないのか、レイターは自分ごと水で縛ることで完全にコウヤを捕縛した。
「今警戒するべきは君だ。その変身が解けるまで、君を押さえ込めば——————」
ズン、と。
鈍い音が鳴る。
「ごぼ………………なッ………んだと………」
水の中に血が混じり、じわじわと広がっていく。
背中から感じる激痛に耐えながら、今受けた攻撃の方へ、レイターは意識を辿っていった。
そして、
「………………!!」
ようやく、俺に気がついた。
手ェ、緩んでるぞ。
どうせ聞こえないだろうから、俺は口だけそう動かした。
「拘束が………!!」
「最後だ。思う存分喰らえ」
手に魔力を乗せ、コウヤは思い切り手を振りかぶった。
反射による目の錯覚はもう通じない。
コウヤはレイターの魔力と気配をたどりながら拳を振り、
「ッッッッッァアアアアアッ!!!!」
全力の乱打を、レイターに叩き込んだ。




