第1125話
「正体? ハッ………わざわざ暴くことでもないだろう? ボクは嘘つきのウンディーネ。かつての友人を目指して玉座を望むもの。それだけだよ」
表面上はそうだ。
こいつはそういう役回りになっている。
だが、それは所詮 “役” だ。
そうだと思い込もうとしているだけだ。
気持ちはわかると言ったが、ここだけはわからないし、理解もできない。
こいつは今、いかに自分が盲目なのかわかっていない。
だから、俺はこう言った。
「そんなものを目指したところで、お前の求めるものは得られないぞ」
「っ——————」
グッと拳を握り込むレイター。
だが、グッと堪え、表情を落ち着かせる。
大きく息を吸い、また無表情に戻って、寝転んだまま背を向けた。
今度こそ狸寝入りを決め込むつもりらしい。
しかし、そうはさせない。
「ハァ………もういいよ。所詮ボクらは敵同士だ。こんな話したところで、結局………」
「俺もガキの頃は孤独だった」
顔は見えない。
だが、見ずともわかる。
今、耳に入った。
「友人はおらず、母親は俺のことを見ようともしない。妹は両親から離されて話す機会すらなく、そして、親父は物心ついた時から十年近く、1日も欠かすことなく俺を拷問していた」
「………………!!」
「愛なんかもらっちゃいない。俺に押し付けられたのは、ガキの心なんぞ一瞬で消しとばすだけの孤独と痛みだ。まぁ、お陰で俺は腕がちぎれようとも眉ひとつ動かさないくらい我慢強くなったけどな」
俺は背を向けたレイターの肩を掴み、無理やりこちらを向かせて起き上がらせた。
同情と困惑の入り混じった顔をしている。
流石というべきか、嘘じゃない事は分かっているらしい。
しかし、俺が欲しいのはそんな同情の目ではない。
「俺を見ろ。確かに酷い目にあった。死にたくなった。でも、今は微塵もそうは思わねぇ。俺には、護らなくちゃならない仲間がいる。そんでそいつらは、俺の心を支えてくれてる」
拳を握り、レイターの心臓の上をトンと叩く。
「けど、お前はどうだ? 自分の望みから逃げてるお前の心の周りに、誰かが棲んでいるか?」
「!!………それ、は………………」
「確かに、お前が口にしてる望みは立派なもんだ。いろんな役が救われるだろうぜ。けど、それじゃお前は救われねぇだろ」
そんな事は許されない。
俺が言えた事じゃないと分かっている。
だが、こいつは俺とは違う理由で、弱音を吐くまいとしている。
その弱音こそ、本当の望みだというのに。
「よく見ろ。あれがお前の親友だった奴なのか? 違うだろ。ルージュリアにしたって同じだ。そんな形だけの結婚をしたところで、お前の孤独は変わらない」
そして俺は、まっすぐレイターを指差し、その正体を告げた。
「お前はただ、誤魔化してるだけだ。誤魔化して、かつての自分に目を逸らしてるだけの、嘘つきのなり損ないだ」
「!!」
掴んでいた肩から、スッと力が抜けていくのを感じた。
虚な目。
しかし、それは見ようによっては、憑き物が落ちた様にも思える。
どうやら、ようやく認めらたらしい。
「………ダメ………なんだよ。寂しいなんて言ってしまえば、ボクはかつてのボクに戻ってしまう………一人でどこへもいけなかった頃のボクに、戻ってしまうんだよ………」
そう。
自分がサバスだと、己に嘘をついたのは、人を助けられる人間になるためじゃない。
かつての自分に戻らないために、自分は大丈夫だと、己を慰めるためのものだったのだ。
「お前が人を救いたいと思ったのは、きっと本心だろうよ。けど、お前はそれ以上に、そうする事で皆に認められて、誰かの隣に居られる様な奴になりたかったんだ。でも、テメェで隠そうとしてるテメェの心を、一体誰が見つけてくれると思ってんだ。だから言ったんだよ。お前の求めるものは得られないってな」
味方は出来るだろう。
だが、いつかはきっと離れていく。
自分を信じない奴を、他人が信じるわけがない。
「じゃあ………ボクにどうしろって言うんだ………………」
「嘘つきをやめろっつってるわけじゃない。誰かの隣に居たいのなら、そいつを信じてみろ」
「けど………」
「分かってる。そりゃ怖いだろうな。お前は一度裏切られてるんだ。その恐怖を知ってまた同じところに向かうのは、どうやっても足が竦むだろうぜ。でも、これだけは覚えてろ。虚構じゃダメだ。親友の名を他人につけても、偽りの夫婦となろうとも、そこに繋がりは生まれない」
再び俺は拳を出した。
そして、今度は強く、レイターの心の臓を叩いてこう言った。
俺の言葉を、忘れないように。
「大事なのは誰かが近くにいることじゃない。お前の心の近くに、誰かの心がある事だ」
離れていようとも、繋がっている。
臭いセリフだが、これは真実だ。
心から信じられる友人がいる限り、そいつは孤独ではない。
だが、どれだけ人に囲まれようとも、それが上部だけの関係ならば、レイターが望むような繋がりは得られない。
寂しさは、拭い取れない。
それが理解できれば、きっとこいつは、自分のままで前に進める。
「………………なぜ?」
「ん?」
「なぜ、そこまでボクに気にかける? ボクらは、殺し合う仲のはずじゃないか。なのにどうして………」
まぁ、本来はそうなのだろう。
しかし、そんな事は関係ない。
俺はここ数日で、こいつと関わって思ってしまったのだ。
仲間にしたい、と。
「気に入ったからだ」
「………は?」
「殺し合う関係なんざどうだっていい。気に入ったから仲間にする。そんだけだ」
現にこいつは、無闇やたらに誰かを傷つけることはなかったし、それどころかこの戦いで他人に気を使うことさえした。
こんなレアな奴、殺すのはあまりにもったいない。
「………レッドカーペットがあるんだよ?」
「俺の仲間なら多分裏をかける」
「………人助けはどうなる?」
「奇遇だな。俺たちの目標はこのクソッタレの世界を元に戻して妖精どもを助けることだ」
「………あれだけ傷つけようとしたのに?」
「それに関してはおあいこっつーか、どっちかと言うかこっちの方が悪いっつーか………」
「ボクが裏切るとは思わないの?」
「裏切りに関しては一番ないだろ」
「………………………………」
お次はなんだ。
小さい抵抗にしても多すぎる。
そう思って少しため息をついた。
向こうも口が止まったので少しネタ切れかと思ったが、再び口を開いたので、俺は答えようとした。
すると、
「………………………信じても、いいのかな」
消え入りそうな声で、レイターはそう言った。
だが、その質問には答えられない。
その答えは、俺が決めるものじゃない。
「お前が決めろ。それがお前の、最初の選択だ」
躊躇いがちな手が伸びる。
差し出しはしない。
掴み取るのは、あくまでもレイター。
一歩を踏み出せばわかるはずだ。
今まで自分がいかに小さな事に対して怯えていたのかを。
「ボクは………——————」
『今更、信じられるわけがない』
「——————」
声が、聞こえた。
それは、レイターの声。
だが、決してレイターの口から発せられたものではない。
どうか別の場所から飛ばされた、音魔法だ。
声の主は——————
「………………………なんで………」
振り返ったそこには、見覚えのある男の姿があった。
妖精界にきたばかりの頃、リンフィアとミレアの前の現れて二人を殺そうとし、再び現れたときには、ミレアが最も気にしていた己の弱さを無遠慮に突きつけたあの少年。
緑髪のエルフの少年が、そこに立っていた。
声は聞こえない。
だが、小さな笑みを浮かべたまま、俺に向かってこう言った。
甘すぎる。殺し合え。
と。
最悪だ。
心が揺れきって、最も不安定な状態である今のレイターが、自分の声でそんなことを言われてしまえば………
「レイ——————」
目の前に、火球。
ギョッとした俺は慌てて体を逸らし、なんとかそれを回避した。
するとレイターは、少し離れた位置まで、足や体の拘束を解く事なく手だけで移動していた。
この状況、わざわざ言うことでもないが、俺は思わず口に出してしまっていた。
「………最悪だ」
と。
悪い意味で吹っ切れたレイターの顔を見て、俺はそう呟いた。




