第1121話
掴んだ肩は、ゆっくりと震えていた。
どうしようもない程の怒り。
しかし、それは途方もなく自分勝手なものだった。
らしくない。
たった一言これに尽きる。
これまでのミレアからは考えられない行動だった。
限界まで敵を追い詰め、更には罵倒までしようとするなど。
正直、かなり動揺している。
この鼓動の加速は、息を切らしているからではないと、はっきりわかる。
「………それ以上は、戻れなくなるぞ」
「………………」
ふと、ゆっくりと動いていた肩が小刻みに震えていく事がわかった。
少し安心して、冷静になった後は、少しだけ、腹がたった。
「ミレア」
「………ぁ、わた、し——————」
振り返ったミレアの頬を、俺は軽く叩いた。
ミレアは大きく目を見開くと、すぐに俯き、下を見つめていた。
「こいつは命懸けで戦ってるんだ。どんな望みだって、下らなくはねぇんだぞ」
「………………はい」
こいつが言おうとした事は、ともすれば何よりもミレアを否定する事になる。
下らなくない。
他人との繋がりを求めているからこそ、力を欲しているのはミレアも同じこと。
この暴走も、それ故のものなのだから。
「ぉ………ぇ………………ま………だ………」
凄まじい執念だ。
だが、理由はなんとなく察しがつく。
レイターが今抱えているものに近いものは、俺も少し知っている。
折れない筈だ。
「死なせるわけにもいかないしな。すぐに治療する」
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一方、ケン達のいた場所から少し離れた場所にいるルージュリアを護衛しているリンフィア達はというと、
「ハァ………ハァ………………くそ………………っ」
乗り込んできたレイターの守護者を相手に、苦戦する事はなくほぼ無傷で追い詰めてきていた。
「そんな口八丁だけが武器の弱虫くんが私達に挑もうなんて2兆億年くらい早いんだよ!」
「ちょっと何言ってるのわからないのです」
「あれ? エルちゃんホントに耳栓してる? 今チクッとしたよチクッと。あ、そうだ。チクッとしたといえばね」
「G・Rちゃん、また脱線し始めてますよ」
G・Rに至っては、軽口を言うほど余裕であった。
というのも、ケンが事前にエルには耳栓を持たせていたので、嘘を現実にする能力は完全に防ぐ事が出来たのだ。
後はどう足掻いても3対1に加え、圧倒的にステータスで優位なG・Rの存在が埋めることのない差を生んでいた。
が、
「はぁ………潮時か。じゃあ降参する」
と、敵が案外簡単に降参したのは、3人にとって意外だった。
「尋問には抵抗したというのに、随分とあっさり諦めるんですね」
不気味なほどの潔さに疑り深くなるリンフィアだが、敵の守護者はひらひらと両手をあげてさらに武器まで捨てたのだ。
「こうなったら勝ち筋が見えない。銀髪の君と子クジラはともかく、お嬢様とエルフの彼女ならわかるだろ。向こうでレイターが死にかけているって」
弱々しく、いつ消えてもおかしくない魔力。
妖精ならばここからでも感知できる。
それは、今感知しているG・Rやルージュリアにとってはあまり馴染みの深いものではなかった。
つまり、ケン達が勝利したのだ。
「あの男もアンタらの仲間と戦わずにぼやーっとしてるあたり、嘘は暴かれたんだろう。切り札の消えて、主戦力がやられ、とっておきの嘘を現実に変える能力の弱点も看破されてるし、どう足掻いても無駄だ」
この状況はひっくり返る事はない。
それはリンフィア達も理解していた。
だが、それがあまりにも——————
「薄情、だと思うか?」
「………当然です」
「そりゃそうさ。そもそも俺は別にレイターと仲が良かったわけじゃない。王の力に興味があったから付いてきただけ。それと………っていうか、分け前が欲しいっていうのが1番の理由だがね」
軽蔑するような目で守護者を睨むリンフィア。
しかし、男はそんなリンフィアには目もくれず、やれやれと手を広げながら空を仰いでいた。
「いいだろ別に。俺たちの利害は一致してる。レイターは目的のために協力者が欲しかっただけ………あ、とも言い切れないかな? あはは」
滑稽そうに笑う男。
それを見て、ルージュリアは少し眉を顰めていた。
しかしそれは不快感故ではなく、その発言に心当たりがあるが故のものであった。
「おお、お嬢様はどうやらレイターがどんな奴なのか少し理解しているらしいな。だったら、面白い質問をしてやる。アンタ、今まで奴からレイターから好意的な目で見られたり、言葉を受け取ったりしたか? 男女関係的な意味合いで」
「………………いえ、ありませんわ」
「けど、別に冷たかったり、騙そうとしているような様子もなかっただろう? 実は面白いことに、これは本心なんだよ」
ルージュリアは、グッと口を閉じた。
だが、事情を知らないリンフィア達からすれば、それは意味のわからない質問と答えだった。
「え………………でも、レイターさんって夫候補………あれ?」
「おかしい、そう思うよな。その通り。あいつはおかしい。何せ、別にアンタに惚れているわけでもないのに、結婚を申し出てる。でも、意味ありげなプレゼントまで送っている」
それに関しては、リンフィアもエルも心当たりがあった。
先日、ミレアが読んでいた、ルージュリアがレイターから渡されたという本だ。
「くっ………はははは! 傑作だな。あんな目に遭って、まだヒトとの繋がりを求めて………」
「皆さん」
ピリッ、と引き締まった声が、場を制した。
普段は聞かないような、感情をあらわにした声。
静かに、しかし激しい怒りを含んだその声で、ルージュリアは次の命令を皆に発した。
「そこのロクでなしの、ゴミを黙らせてください」




