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第1116話




 「“ロード”」





 ——————金髪の声だ。


 ロード。

 読み込み。


 たまに残っているどこの言葉かわからない言葉の記憶。

 それを唱えると、俺は本の力が扱える。

 この小さな世界の知識を引っ張り出し、己と同化させる事が出来る力だ。



 けど俺は、この力を使うことが怖かった。




 誰かもわからない奴が頭に入ってきて、ただただ俺を壊しては消していく。

 自分もろとも巻き込みながら、混ざり合って消えていく。



 そうして自分が分からなくなっていくのをただ黙って眺めるしかないのは、本当に怖かった。




 それは、俺が “何も知らない” ということがどういうことなのか知っているからだ。



 もう、ああはなりたくない。



 ()()()の俺は、見るものすべてが未知で、善悪も敵味方も分からず、ただただ疑心暗鬼になる自分を嫌悪した。

 そして、もがけばもがくほどに、泥の中へと沈んでいく。



 正直、今も怖い。

 けど、今の俺には、恐怖に向かう理由がある。



 ならば、喜んで剣を取って、その力を振おう——————









 「!!」




 本から吐き出された文字が、コウヤへと向かう。

 かつての記憶が、わずかに恐怖を呼び起こす。


 しかし、




 「あ………」




 そこには、もう “泥” はなかった。

 光の文字達は、コウヤを中心にいくつも円を描き、宙を舞っている。


 文字が行うのは、情報の供給。


 本から伝達された記憶は今、コウヤへと流れ着いた。




 「っ………来、たァ………………」




 流れ込んでくる、ありもしない記憶。

 だが、そこにいるのは他の誰かではない。

 例えかりそめでも、よく知った仲間の顔だ。




 「金髪………銀髪ちゃん………金ロールちゃん………自由人………………………イーボ………………」




 力みが消え、肩の力が抜けていく。

 恐怖が和らぎ、表情に落ち着きが戻っていた。


 そっと目を瞑り、大きく息を吸い、そして深く息を吐く。



 そうしてゆっくり開いたコウヤの目は、黄金へと変わっていた。




 「これは………厄介そうだね」




 そんな目に見えて驚異になり得る力を放っておくわけもなく、レイターはコウヤに魔法を仕掛けようとした。




 「キヒ………先手——————」




 すると、





 「ぅっ!?」




 レイターの頬を、小さな雷が掠める。


 間一髪で回避したが、虚を突かれたレイターは、魔力を霧散させてしまった。




 「慌てなくても、すぐに終わりますよ」




 杖を掲げ、ミレアはレイターを牽制した。




 「くっ………ははは………………そう、みたいだね」




 一歩、二歩と距離を取り、魔力のチャージを再開する。

 レイターの意識は既にコウヤに向けられていない。


 薄く細めた目でサバスを睨みつけていた。



 一方で、サバスはそれを気にする素振りはまるでなく、一切動く気配もなかった。

 意識は、まっすぐ目の前にいる獲物へと向いている。


 だが、先程までとは違う。

 淡々としていた筈のサバスはいつの間にか歯を剥き出しにし、これまで開かなかった口を、ここでようやく開いて声を発した。




 「………来た」




 声にこもる小さな期待。

 サバスの目に映るコウヤは、文字を取り込み、姿を変えていった。




 「待たせたな、馬鹿力」




 その様子は、一言で言えば、透明。

 派手さはないが、目立つはずの黒コートを纏うコウヤだが、どこか存在感が薄らいでいた。


 と、思っていた次の瞬間、




 「「「ッ………………!!!」」」



 周囲の目をあっという間に引き寄せるほど、これまでにない鋭い殺気を放っていた。



 「アサシン。今持ち得る最強の力の一つ」



 ゆっくりと、コウヤは歩き出した。


 片手には、剣ではなく短剣を。

 構えるというより、ただ握るような。

 気がつくと、先程の殺気も消え、再び存在感を弱めていた。



 穏やかで、のらりくらりとした歩き方だ。

 ゆったり………ゆったり………………ゆっ………たり、と。

 それはまるで、凪のような静けさだった。





 のろさに意識が引っ張られ、思考が僅かに鈍っていく——————







 タンッ、と。









 「!!」




 サバスの喉元に、刃と殺意が迫る。


 

 緩急——————速度、殺気、距離、全てを逆転させることで、意識はズレる。


 これも一種の混乱だ。

 緩みが残像を生み出し、誘われた無防備な背中を音もなくついて終わらせる。



 だが、




 「………………ちぇっ、惜しいなぁ」




 サバスの左腕を突き刺したコウヤの短剣だったが、腕を斬り落とす前に、外されてしまっていた。


 ギリギリのタイミングで、手を振り解き距離をとったのだ。




 「はは、素晴らしいな。本当に」




 乾いた笑みと共に、サバスはそう言い放った。




 「口はきけるんだ?」


 「()()、だがな」


 「?」




 意味深なことを呟き、サバスはハンマーを構えた。

 あの様子では、恐らくもう口は開かないだろう。


 だが、そんなことは関係ない。


 ここからようやく、戦いを始められるのだ。




 「なんでもいいけどね。さ、始めよう」


 「………」




 小細工はもうない。

 ここからが、この戦いの本番だ。

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