第1111話
「こいつは………あの時のコウヤか………?」
数刻前、レイターとの戦いでコウヤが見せた、グラディエーターへの変身。
その変身後の姿が、丁度あんな感じだった。
赤髪は黒く染まり、決して歯を見せず、虚な目でひたすら敵を見据えている。
だが、この本の魔法使いは間違いなくコウヤではない。
全く別の人生を歩んだ別人の筈だ。
やはり、ここがコウヤの能力によって存在する世界だからなのだろうか。
グラディエーターも同じ顔をしていたので、その可能性は高い。
が、今は無視だ。
いまいち引っかかるものの、ここで本の内容を書き換えればどの道頭には残らないのだ。
気にしても仕方あるまい。
「………今はこっち優先だ」
さぁ、ここからが本番だ。
俺の能力を使い、この本の内容を、可能な限り脳に負担をかけないものへ改変する。
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「帰りましたー………………あれ、誰もいないですね?」
「がらがらなのです」
日が暮れた頃、エルを頭に乗せたリンフィアが部屋に戻ってきた。
部屋が思ったよりもがらんとしており、心なしか残念そうにしている。
「居ますよ。見えていないだけです」
死角になっている場所からひょいとミレアが顔を出してきた。
紅茶を片手に優雅に読書中だ。
「おぉ………すっごい余裕そうですね」
「何もしてないわけじゃないですよ。“眼” を使って部屋の近くを通る気配をチェックしているんです。勇者のレッドカーペットを得てから、心なしか調子がいいので」
そう言っているミレアの瞳には淡い黄金が映っていた。
常時ではなく、休憩も挟みつつやっているが、その持続時間は以前よりはるかに多い。
以前まであったはずの負担が、勇者の力を得て以降格段に減っていたのだ。
「おー、流石ミレアおねえちゃん。あ、エルもお紅茶下さいなのです! ずっと飛んでいたからクタクタなのです!」
「私も!」
「ふふふ、少し待っていて下さい」
パタンと本を閉じ、そっとそれをテーブルに置いた。
すると、視界の端に映った赤い本を見て、ミレアはふとコウヤたちの事を思い出していた。
「その本、この部屋にあったんですか?」
ぼーっと本を眺めていたからか、ミレアはリンフィアにそう尋ねられた。
「ああ、いえ。ルージュリアから暇潰しにって渡されたんです。彼女、読書が趣味らしいですよ」
「………………………へぇ!」
「言いたいことはわかります」
一見お淑やかなルージュリアだが、その実かなりガサツで自由奔放。
リンフィア同様、とても読書家とは思えなかったのだ。
「だからかは知りませんが、これは元夫候補の方たちがルージュリアに向けて用意したものだって聞きました。敵の贈り物を受け取る気は無いって言って一冊押し付けられたようなものです。ただちょっと気になる事があるんですよ」
「?」
「ほら、プレゼントにしては、随分年期が入ってませんか?」
ルージュリアが読んでいた赤い表紙の本は、よく見ると紙が少し褪せていた。
大切にされていたのか、状態こそいいものの、人に渡すようなものとは思えない。
「わーほんとですね。それでも渡すって事は、よっぽど面白い本だったんですか?」
「どうでしょう。あまり万人受けするような内容ではなかったので………………………ああでも、」
ミレアが手に取ったのは、本に挟まっていた栞。
恐らく、元の持ち主もものだ。
これも、随分使い古されている。
「押しつぶされそうななくらい、寂しさが募っている人には、とことん刺さるような内容だったと思います」
無地の栞。
片側には、栞の挟まっていたページの一節が書かれていた。
『笑顔を貼り付け人を欺き、鏡を眺めて己を欺く』
「………」
端に書かれた持ち主の名前。
それは、いずれ殺すべき敵の名前。
ミレアは深く考えず、その栞をそっと本に戻した。
「そうだ、ジュリちゃんといえばどこに行ったんですか?」
「ルージュリアは、G・Rを護衛につけて自分の部屋に行きましたよ。今ケン君とコウヤ君が使い物にならないみたいですから」
「!………何かあったんですか?」
戦いでもあったのかと、リンフィアは声を低くして尋ねた。
「いえ、単に疲れただけらしいです。また新しいことをしようとしているらしいです」
「なんだよかった………私てっきり、またレイターさんって人がやってきたんだと………あ、新しいことって?」
「さぁ? 詳しく聞く前に寝てしまったので。けど………」
帰ってきたケンたちの顔を顔を思い出し、ふふ、と笑うミレア。
2人は、疲れ果てたような顔をしつつも、何処か達成感に満ち満ちていた。
何か掴んだのは、疑うべくもないだろう。
「あ、紅茶でしたね。お茶菓子もいかがですか?」
「食べます!」
二人の成果に期待しつつ、今はゆったりと過ごす事にした。




