第1105話
ぼーっと目線の先にある噴水を眺めていた。
なんとなく気まずい。
妙な息苦しさを感じる。
まぁ、俺が悪いんだが。
謝ったし、許してもらえたが、それでも何故か居心地が悪い。
何かを話す機会を窺っている自分に、こんな不器用だったかなと小さな疑問を浮かべるが、事実こうなのだから仕方ない。
そう思っていると、
「さっきのはさ、俺が封じた能力なんだよ」
公園でぼーっと座っていると、コウヤはそう言った。
ようやく口を開いてもらってホッとした、というのは一度置いて俺は話を聞いた。
その様子だと、さっきのは過去に使った経験のある能力だということだ。
「そん時もちょっとやらかして、暴走して、自分がわからなくなって………まぁ止めてくれる人がいたから助かったけど、やーっぱ怖かった。俺が俺だってわかんなくなる」
「記憶がなくなるのか?」
「いや、それがそう単純な話じゃないんだよね」
コウヤは本を取り出して、小さな文字を宙に浮かべた。
「これはさ、あくまでも文字の形だけど、一つ一つが情報………知識の結晶なんだよ。でも、これは俺の持つ知識じゃない。頭の中に入れたら、ごちゃごちゃして訳がわからなくなる。多分、記憶ってのもそこの含まれるのかなと思う」
なるほど。
消えるのではなく、見つけられなくなるということだ。
頭のどこかにあっても、それがわからなくなる。
簡単に言えば、混乱するということ。
「けど、それならせいぜい思考停止で済む」
「? でもお前………」
「うん。ああなったのはまた別の理由。俺はさっき、あの力で “グラディエーター” の情報を取り入れた。その能力と知識、そして経験………いや、記憶を取り込んだ。要するに、ヒト1人の情報が頭に入ってくるんだ。単体とは違って、入ってすぐはまだ情報はまとまってるけど、時間が経てば崩壊して、俺の情報と混ざり合う。その時の混乱は、今の比じゃない………………」
「!!」
肩をぎゅっと掴みながら、コウヤはそう言った。
自分がわからなくなる。
混ざって仕舞えばどれが自分かわからなくなるのだろう。
あいつはあの時、崩れゆく自我をゆっくりと眺めさせられていた様なものなのだ。
宙に舞う煙を掴むようなもの。
煙は掴めずに、ゆっくりとどこかへ消えていく。
コウヤは、それを眺めることしか出来ない。
それは、一体どれほどの恐怖だったか。
「そういや、外見が変わンのは?」
「わかんね。俺も前聞いたけど、結局それが誰なのかはわかんなかった。格好や武器は、さっきで言えばグラディエーターのものなんだろうけど、髪色とか表情はなんなのか全くわからん。前、別の変身をした時も同じ感じだったから、多分そこは共通してるんだろう………と思う」
まぁ、そこを突き詰めていったところでどうしようもないだろう。
多分、今はコウヤも知りたくはないと思う。
自分の中に溶け込んだ他人が誰なのか、なんて。
これは、落ち着いて気になった時にでも掘り下げよう。
「はぁ………これまで聞いた感じからして、やっぱ二度と使うな、って言いてーけど、正直使い様によっちゃ有用な分、いざとなったら必要になるかもな」
「はは、そこは正直だな」
「言っとくが、使っても自衛につかうか、マジで他のみんながヤバい時に………………っと、睨むなよ。優先順位の話だ。俺には隠し球があるから、お前やあいつらが優先ってだけだ」
俺のためを思っての威嚇という珍しいものを見た。
別に進んで犠牲になろうとしているわけではない。
ただ、あまり俺を庇うのに使って欲しくはない。
仲間の命を晒してまで自分を護ろうとは、まだ到底思えないのだ。
「勘弁しろ。この性格は、物心ついた時からのモンだ」
「………………ガキの頃、何かあったのかよ」
ガキの頃の話、か。
正直、あまり人に話す内容のものではない。
ろくに愛されず、痛みの孤独だけに囲まれて育った惨めなガキの話なんて、誰が聞きたいだろうか。
俺たちの中でも知ってるのは、蓮と琴葉、それにリンフィア達いつものパーティ3人とミレア。
それだけだ。
けど、
「おッッそろしくつまんねーぞ」
こいつになら、話してもいいと思えた。
「過去なんてない分、俺のトラウマ晒したんだ。フェアに行こうぜ」
「やれやれ………………」
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「あー………………クソッ」
森の奥。
レイターは、木に手をつきながら、凄まじい量の汗をかいて息を切らしていた。
「あの短時間で3回は無茶だったかな………………」
いつものポーカーフェイスも崩れ、辛そうな顔を躊躇なく晒している。
「………」
その一方で、サバスは一切口を開くことはなかった。
ただ静かに、逃した獲物のを思い出し、ニヤニヤと笑みを浮かべている。
「ふぅ………………とりあえず落ち着いたかな。助かったよ、サバス」
「………」
「はは………………無視、か。つれないねぇ………………本当に」
木の皮を剥ぐ様に爪をたて、ゆっくりと手を下ろすと、背筋を伸ばして服装を正すレイター。
その顔は、いつの間にかいつもの貼り付けた様な薄ら笑いに戻っていた。




