第1088話
「ぎもぢわりぃぃぃ…………」
俺は馬車の中で悶絶していた。
いい加減馬車には慣れたと思ったが、やはりこの揺れがどうにも苦手だ。
しかし、このままではダメだと思い、あえて酔い止めの魔法をかけずに走っていたわけだが、
「だから酔い止めの魔法使えばいいじゃないですか」
ダメだった。
「ぐぅぅ………い、いや………今度こそ俺は乗り物、をぅ………ぷ」
俺は窓から顔を出し、空っぽの胃から胃液だけを搾り出していた。
「ありゃまー、もう空っぽじゃんか。ほら、くじらちゃん」
誰もさすりもしない背中に、コウヤはエルを置いた。
グロッキーな俺の背中の上で、エルは背中をさする代わりのつもりか、スイスイと円を描いている。
俺はすごい間抜けな画を思い浮かべていた。
「ざ、雑………」
「我慢しろー。後2時間だぞー」
2時間。
3分のカップ麺40個分。
高校の授業2回分プラス休み時間2回。
合掌だ。
「景色でも眺めとけよ。っつっても、川と山ばっかりだけどな。あ、でも酔ってるお前には丁度いいんじゃね?」
水を司る種族であるウンディーネ。
しかし、住処は海ではない。
そちらは人魚………セイレーンの住処だ。
ウンディーネは、山奥の水が豊富な地域に水上都市を作って生活をしている。
白紙化後も、それに近い場所を選んで住んでいるらしい。
「………ん?」
ふと、遠くから音が聞こえた。
外に出ているせいか、リンフィア以外のみんなよりも早く反応できた。
「リフィ」
「はい、聞こえます」
次第に近づいてくる地響き。
音が大きくなってくると、流石に中にいたみんなや御者も気がつき始めていた。
そして、段々とその姿を見せ始めた。
「でっかい狼………」
巨大な緑色の狼。
雰囲気からして恐らくランクはDからC。
外界では遭遇したことのない種類なので、神の知恵を使えない俺の頭には知識として残ってはいない。
しかし、モンスターに詳しいリンフィアは、俺が尋ねる前にモンスターの正体を口に出していた。
「Dランクモンスター、フォレストウルフの親玉です!!」
フォレストウルフ………土の魔力を感じる。
少し厄介そうだ。
「仕方ねぇ………酔い止め使って………」
撃退するために一旦顔を引っ込めようとすると、ガタッと、大きく馬車が揺れた。
馬車の影を見ると、上に人が立っている。
「御者さん、そのままよろしくね」
「お、おう!! 本当に頼むぞ!!」
「よーし………久々にあっちで戦おうかな………」
上に乗っているのは、どうやらG・Rのようだ。
「ケンくん、ここは私が対処するから、酔い止めはいらないよ」
「………お前遠回しに酔い止め使うなって言ってない?」
そんな限界の俺を無視し、G・Rは槍を構える。
しかし、少し妙な持ち方をしていた。
接近用、投擲用としても妙におかしい槍の持ち方だ。
やたら端の方を、片手で握っている。
すると、
「ね、私がなんでG・“R” って名乗ってるか知ってる?」
突然、そう尋ねて来た。
以前聞いた話によれば、見た目のカラーと武器頭文字を取ったものをつけて名乗っていると言った。
しかし、それならスペルが違う。
この世界の言葉ではなく、向こうの言葉に訳せば、さしずめ「ジー・アール」となるだろう。
「実はこれってただの間違いじゃなくて………」
「そうなのか!? スペルミスじゃないのか!? マジで!?」
「………釈然としない反応だなぁ」
てっきり、間違えて引っ込みがつかないのかと思った。
「とりあえずじゃあ、見ててね。私がそう名乗った理由が、察しが良ければわかるからさ」
G・Rはそうやって、改めて構え直した。
やはり、妙な持ち方だ。
いくつか思いつくが、正直少し想像がつかない。
「………ん?」
武器に僅かに魔力を感じる。
やはり、武器の特性を活かして投げるつもりだろうかと思ったが、それも違っていそうだ。
考えている間に、フォレストウルフは馬車へ迫っていた。
遠距離ではない。
そんな事を考えていると、ついにG・Rは動き始めた。
「!」
勢いよく飛び出し、大きく槍を振りかぶる。
そして、隙だらけの一撃をフォレストウルフに向かって放った。
「!? あいつ………っ」
当然、大振りの一撃であれば簡単に躱され、宙に投げた無防備な身体が危険に晒される。
フォレストウルフは都合よく飛び出て来た外敵を噛み砕くべく、その巨大な口を開け、牙を剥き出しにした。
しかし、ここからが本番であった。
「起動——————」
ぐにゃり、と。
槍が鉄とは思えないほどにぐにゃりと曲がる。
勢い付き、G・Rの手首の動きに呼応したその“槍だったもの” は、グルンと先端を180度向きを変え、フォレストウルフを眼球を串刺しにした。
「あれは………鞭か!?」
「ご名答」
悶絶するフォレストウルフに深く刺さった鞭を引き抜き着地と同時に頭上へ飛び上がるG・R。
視界のフォレストウルフは、一旦体勢を立て直すべく、鞭の射程圏外へと外れた。
だが、無駄である。
あの巨体2つ分では到底足りない。
そこはまだ、“G・R” の射程圏内だ。
「これで、終わりッッ!!」
鞭はピンとまっすぐに伸び、槍の形状へと変化する。
持ち替えられ、構えは“投擲” に。
風を纏った槍は、遠く離れたフォレストウルフの虚をつき、頭を貫いた。
「おぉ…………あ、おっさん! 馬車止めてくれ!」
戦い終わったことに気がついた御者は、すぐに馬車を止めた。
「ちゃんと見てた?」
「ああ」
魔石を持ってのんびりと戻ってくるG・R。
心なしか、スッキリしたような顔をしていた。
「これがお前の本当の戦い方ってことか」
「うん。私ね、ネームレスになったせいでこれ以上経験値が得られない上に魔法が使えなくなったんだ。でも、幸いなのか傭兵時代にスキルポイントを貯めてたの。皮肉なことに領主の命令でね。こうなった以上、成長は見込めないし、その時ベストな振り方でポイントを割り振って決めたのが今の戦い方。この偽槍ぎそうも持ってたしね」
槍、投擲、そして鞭を中心に使った変則的な戦い方。
魔法に振れない分、集中して技量を伸ばしたというわけだ。
槍に見せかけ、鞭を扱うと思えば槍に戻す。
正に “偽装” ってことだ。
「一見槍使いに見えてそうじゃない。LじゃなくてRにしたってことか」
故にG・“R”。
案外捻ったネーミングであった。
「というわけで、先に進も。あ、後2時間がんばってねー」
「これで今更気づいたけど治る気しねーんだよなぁ」
そして、俺たちは2時間馬車に揺られ、アクアレアに向かうのであった。




