第1078話
「私が正しかった、とでも言うつもりか?」
「………」
何も言わずに首を振るG・R。
そこにはもう、当時の怒りはなかった。
彼女も理解しているのだ。
あの時、ベルドランドがメメスを殺したのは仕方のなかったこと。
誰もが抗えるわけではない。
流されることは、決して罪ではない。
そう思わせるほど、今の妖精界はあまりにも理不尽で、どうしようもないのだ。
「私は、間違ったことはしてない。でも、正しいとも言えないから、貴方を責めることなんて出来ない。私はたまたま抗う理由があったから抗ってるだけ。もっと要領よく生きられたら、多分そっちにいるよ」
「………………っ」
気に食わないと言わんばかりに、ベルドランドはG・Rをにらみつけていた。
今のベルドランドに忠義なんてない。
生きるために領主に仕えている。
だからこそ、あの時抗えなかったことへの罪悪感を未だ抱え、あの時逆らえたG・Rに嫉妬を抱いているのだ。
だが、
「…………もう、終わりだ。お前は失敗したんだ。逆らうべきじゃなかったんだよ」
今やベルドランドが圧倒的優位。
こうなった以上、ベルドランドは自分が正しかったと、G・Rに向かってはっきりとそう主張した。
「全盛期ならまだしも、ネームレスになった今、お前が俺たち全員に勝つことは不可能だ。名を失えば、身体能力が低下し、経験値が割り振れなくなる。そして、何かの機能を失う。お前は妖精として最も失ってはいけない、魔法を使う力を失ったんだ。そんな欠陥だらけの体で、ヒジリケンが護れると?」
しかし、G・Rはあくまでも動じない。
切り札があるから。
「そうだね。確かに、戦えば多分私が死ぬよ。けど、私の十八番を忘れたわけじゃないでしょ?」
「帰巣………か」
消えるのに1秒も要らない。
真後ろにいるケンに触れさえすれば、それだけで離脱できるのだ。
「帰巣で逃げて隠れて、それでケン君が起きれば領主は負けるよ。絶対にね」
はっきりと、G・Rはそう言い切った。
しかし、帰ってくるのは乾いた笑いのみ。
ベルドランドは戯言だと吐き捨てるように言った。
「たった1人の人間に何を期待しているんだ? この間手合わせをしてわかった。確かに技量は恐ろしいものだ。白紙化どころか全盛の最上位冒険者に匹敵する。だが、それだけだ。埋めきれない身体能力はどうにも——————」
「勝てるよ、彼なら。殆ど1人で領主をここまで落ちぶれさせたんだもの。今は確かにまだまだかもしれない。でも、彼ならきっと、この妖精界だって変えてくれる」
「………」
何を言われても動じることはない。
G・Rはもう決めたのだ。
この男を、ヒジリケンを信じる、と。
「………いい主も友人も選べなかった奴が、よくそんなに自分の見る目を信じられるな」
「いい主は選べなかったけれど、友達は選べてた筈だよ。でなきゃ、今頃きっと、ケン君は生きてなかったかもしれないからね」
領主の屋敷に乗り込んだ時、ベルドランドがケンを殺さないようにしていたと、ケン自身から聞いた。
それを聞いて、G・Rは心の底から安堵したのだ。
まだ、非情になりきったわけではない。
許されるわけじゃないけれど、償う余地くらいはあるのだ。
「今すぐとは言わない。だから、彼が領主を倒したら、その時は——————」
「残念だが、やはりそんな時は来ない。この男はここで仕留める。そして、お前も決して逃がさない」
そう言って、ベルドランドは仲間に何か指示を出した。
何かをするつもりなのは明らかだ。
何が起きてもいいよう、G・Rはすぐに武器を構え、ケンに所へ駆け寄った。
だが、ベルドランドが出した指示は、G・Rの想像を絶するものであった。
「………………………………………なん、で………」
武器も、駆け寄るのも意味はない。
何故ならそれは、G・Rに戦わせないための策だったから。
「悪いな。もう、なりふり構っていられない。指示を受けたんだ。ヒジリケンさえ倒せば、お前はもう放っておいていいって。俺はせめて、お前だけでも無事でいてほしい。だから、俺はどんな外道にも成り下がろう」
ベルドランドが仲間から受け取ったのは、意識のない妖精の少女。
特に誰かにとって特別な人物というわけではない。
何の特徴もない一般人。
ベルドランドは、その少女を、人質に取ったのだ。
「無関係な子供を巻き込みたくないのなら、今すぐ1人で消えてくれ」
G・Rは言葉を失っていた。
どう考えても、限度を超えている。
「何で………っ………何も関係ない子供を巻き込んでるの!?」
「言っただろう。手段は選ばない」
自分を助けるためという理由は、この際どうでも良かった。
G・Rは、今はっきりとベルドランドに幻滅した。
だが、どれだけ幻滅したところで、もうこの男は止まることはないだろう。
だから、もうベルドランドの善意に期待して動くことは出来ない。
G・R1人の力でどうにかしなければならない………が、戦力は圧倒的に敵が上。
それに、取り返すにしてもケンを護らなければいけない。
しかし、到底1人では処理しきれない——————
「うわっ、どういう状況!?」
「「「!?」」」
突然部屋に、先程やってきた鉄仮面の男が現れた。
「貴方………」
「あらまぁ人質かよ。クソ野郎じゃん恥ずかしくないの?」
ケラケラと馬鹿にするように笑う鉄仮面の男。
すると、図星を突かれたからか、ベルドランドは額に青筋を浮かべ、怒鳴り声をあげようとした。
「貴様に何が………」
しかし、怒りを向けるべき敵の姿がない。
後ろの扉も閉まっており隠れる場所もない。
「消えた………だと!?」
「よく覚えときなよ。ヒジリケンは、お前が思ってるよりずっと凄いやつだ。あいつはいつか世界を変える。そして、周りにはそれに相応しいすごい奴が集まってる。そんで、あんまりこんな事を言いたくはないけど、実は俺も結構すごい」
声だけががこだまする。
警戒を強めたベルドランドは、人質を仲間に預け、全神経を集中させた。
しかし、
「ぅぐ、ッ!?」
「!!」
攻撃が行われたのは、警戒の範囲外。
最も外にいる味方。
しかし、それでは終わらない。
声が聞こえた瞬間顔の向きを変えたベルドランドの目の前、それは突然現れた。
「おい、何が——————」
忽然と現れたナイフに、視点はぐっと集まった。
反射的に体を逸らし、ナイフはベルドランドの顔の横を通っていく、が、問題はそちらではないと、ベルドランドはすぐに気づく事になる。
「貰ってくぞ」
預けた仲間の目の前に、鉄仮面が現れる。
女児を抱え、敵が一瞬怯んでいる間に、鉄仮面はベルドランド達が入ってきた窓に向かっていく。
しかし、怯んだのはほんの一瞬、すぐに全員鉄仮面を追おうとした。
すると、
「………………ぇ、れ………???」
突然先頭に立っていた男がピタリと動きを止め、他のメンバーの邪魔を始めた。
「お前、何を………!?」
「ぁ………ぇ、えあ………ぁ………………………あ、れ?」
それも、ほんの一瞬ですぐに解けてしまった。
だが、鉄仮面が外から出るのはそれで十分であった。
窓に飛び乗り、着地地点を見据える。
すると、その隣に、突如人影が飛んできた。
「んー………この “権能” まだ扱いが難しいねー」
気の抜けた話し方をする女だ。
あまりにも唐突な登場に、皆唖然としている。
しかし、そんな中、鉄仮面だけは平然とその女と話をしていた。
そして、
「一瞬稼げれば十分さ。後は任せた」
それだけ言って、鉄仮面は早々に飛び降りていった。
「はーい」
気の抜けた声の主は、鉄仮面と入れ替わるように部屋へ入って来た。
それは、人間の少女であった。
桃色の髪で、どこか抜けた雰囲気のある少女。
しかし、身に纏っている魔力、面構え共に、只者ではないと、ベルドランドは一瞬で理解した。
「貴様………何者だ?」
「私?」
屈託のない笑顔を浮かべ、少女は答える。
「私は、ウルクリーナ。亡国ルナラージャの第三王女だったものでーす。そこで呑気に寝てる恩人を助けに来ましたー」




