第1074話
数日後、疲弊が取れたミレアは、ようやく目を覚ました。
どうやら、暴走中やその前後のことはあまり良く覚えていないらしい。
恐らく、サキュバスの能力の影響だろうとリンフィア達は推察していた。
それから簡単に説明し、ミレアに現状どうなったかを伝えた。
「そうですか………よく覚えていませんが、成功したと思っていいんですね?」
心配そうに尋ねるミレア。
すると、ルージュリアはやれやれと頭を振りながら呆れた様子で一言こう言った。
「はぁ………それはあなた自身が一番よくわかっているでしょう?」
「!」
ルージュリアにそう返されたミレアは、自分の中に在る新たな力の存在を改めて認識していた。
内側で蠢く慣れない力。
しかし、わかる。
まるで手足の様に、自然とこの力の動かし方がわかっていた。
不可思議な現象に戸惑いつつも、ミレアは安堵と達成感をいっぱいに感じ取っていた。
「………確かに、これはもう私のものになっているみたいです」
それでも、表情にかすかに翳りがあった。
歓喜の裏に、突き刺す様に感じる自責の念。
しかし、それは決して逃げてはいけないものであると、混乱の中でもはっきりと理解していた。
胸の痛みを受け入れたミレアは、くるりと身体の向きを変え、リンフィアの前に座り直した。
そして、
「迷惑をかけてしまった様ですね。一応、覚えているところは覚えています。………リンフィアには、迷惑をかけてしまいましたね。本当にごめんなさい………付き合ってくれて、ありがとう」
ミレアは心から謝罪し、礼を述べた。
すると、
「いいんですよ、気にしなくても。私も殴っちゃいましたし、おあいこです」
底抜けに明るい笑顔を見せてリンフィアはそう言った。
しかし、そうですねとは流石に言えなかった。
返せたのは苦笑のみ。
戦う以前のところは記憶にあるのだろう。
つまり、痛めつけ合う戦いに了承し、リンフィアを巻き込んだ記憶はあるのだ。
無事全て終了し、余裕が戻った今だからこそ、ミレアは自己嫌悪と罪悪感に囚われていた。
だが、それを察せない程リンフィアはミレアと浅い付き合いではない。
浮かない顔をしているミレアの肩に手を置いてリンフィアはこう言った。
「気にするんだったら、その分すごい王様になればいいんです。ミレアちゃんならきっとなれますよ。誰よりも期待してる私が言うんですから間違いないです!」
「………………ええ。必ず!」
気持ちが完全に晴れたわけではない。
だが、ミレアは今喝を入れられたのだ。
誰よりも期待していると言った者から、前を向けと言われたのだ。
だから、こんなことで止まってはいけない。
時間を潰してはいけないと、己を戒めた。
「へぇ………」
「大物だな、銀髪ちゃん」
人の心を変えるのは、そう容易いことではない。
工夫した言葉や、話術を用いず他人の心に入り込めるのは、そう言った才能なのだろう。
と、感心しているコウヤ達であったが、すぐにミレアに伝えなければならないことがあるのを思い出した。
「金ロールちゃん。起き抜けにわるいけど、急いで欲しい。緊急事態だ」
コウヤはそう言いながらリュックを出してミレアの方に向けた。
中には、鼻ちょうちんを膨らませながら爆睡しているエルが入っていた。
「見てくれ、クジラちゃんこの前から起こしても動かないんだ。ずっと寝てる。こいつはマズイ………」
「フガフガ………」
「そんなシリアスな雰囲気で言われても」
だが、冗談抜きでこれが異常事態だと言うことは、ミレアも良くわかっていた。
魔法学院の生徒は、ある程度の学年になると使い魔を持つのは必須になる。
それ故に、使い魔についての学習も済んでおり、これが何を示しているのか検討はついていた。
「フガフガ言っていますから、昏睡ではないです。睡眠だったら、主従ともに健康状態に問題はありません。ただ、こうなっていると言うことはケン君の意識も恐らくありません。主人が重度に疲弊すると、使い魔も強制的に眠ってしまうんです。まぁ弱っていないのを見るに、敵に捕まったり拷問を受けた可能性は低いと思いますが………多分、無茶をしたんでしょうね」
外界にいた頃は、無茶なんてしようのない程圧倒的な強さを持っていたケン。
しかし、そういう事態になったら、自分の身を一切顧みずに動くことを、先の戦争でよく学んでいた。
「急ぎましょう。起き抜けでも問題はありません。今すごく、体が軽いんです」
身体に魔力を流し、全身に喝を入れる。
「起動」したミレアは、明らかに以前のミレアとは様子が違っていた。
「今度こそ、私がケン君を助けます。やっと………私にも恩返しをする時が来ました」
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泡沫の栄光は影もなく、ただ暗闇だけが渦巻いていた。
一寸先は闇というが、どこまで行っても暗闇であるという未来は、すでに見えていた。
たった2人。
そう、たった2人に、権力は負けてしまったのだ。
当然、“上” はもうこれ以上の成果を期待することはないだろう。
それを自覚しているからこそ、領主はやけになっていた。
それだけではない。
勝ち戦で大敗を喫したのだ。
ミッション失敗によるデメリットは計り知れない。
今回でこの座を引き摺り下ろされるばかりか、凄惨な未来も十分のありうるのだ。
当然、分岐の先には死が待っている。
だから、せめてここでミッションだけは終わらせる必要があった。
命だけはと、領主は必死になった。
もう領主として返り咲けるとは思っていないが、罰を免れるために、彼はもうなんでもするだろう。
残り数日。
限界近い患者がいることは知っていた。
ケンは全ての患者を助ける様なことを言っていたので、間違いなく、その患者がデッドラインだ。
「………………お前も道連れだ………ヒジリケン!!」




