第1073話
「終わった様ですね」
少し場所を移動し、眠っているミレアの様子を見ているリンフィアたちのところに、あばら屋にいたルージュリアとコウヤがやってきた。
「お疲れ様です、リンフィアさん。大変だったでしょう?」
「私は、大して動いてないですよ。体力も魔力もずっと残ってますし」
そう言うリンフィアだが、どこか覇気のない様子であった。
体力というより、気力がない。
口数も、心なしか減っていた。
理由は、皆察している。
「まぁ、目覚めさせるためとはいえ、えげつない攻め方してたからな」
割とバッサリと、コウヤはそう言った。
身も蓋もない言い方だが、それが真実であり、リンフィアはそれを悔やんでいる。
コウヤの言う通り、少しばかりミレアには酷な戦い方をしていた。
それを自覚しているからこそ、能力が開花しても手放しに喜べる気分ではないのだ
「………なるほど。追い込むのはどうやら肉体的にだけではなく、精神的にも追い込む必要があった、と。だからあなたは、彼女の自尊心を煽るような戦いをしていたのですね」
「はい」
「でも、よくあそこまで上手く引っかかりましたね。彼女はそう単純な性格ではないと思ったのですが」
「ですから、ちょっと戦う前に手を打たせてもらいました」
そっと手を出すリンフィア。
ミレアに使った時はしていなかったが、わかりやすく、威力を強めて “それ” を手に向かって吹き出した。
その桃色の煙を見て、ルージュリアは相槌を打っていた。
「桃色の吐息………………なるほど、サキュバスの能力ですか」
「はい。あらかじめ幻覚の作用のあるサキュバスの吐息を散布していました。ミレアちゃんは元々少し精神状態が良くなかったですし、能力とそれに加えて私が意図的に誘導したんです。全て噛み合った結果、作戦自体は成功しました。けど………」
暴走を起こし、襲われる結果になった。
そして、あの岩場の現象が起こったのだ。
「ジュリちゃん、あれは一体………………あれ!?」
指をさそうとしたリンフィア。
しかし、例の岩場がすっかり消えて無くなっていた。
「え………あれ? 見間違い………?? でも絶対あそこに………」
いよいよわけがわからなくなり、混乱し始める。
すると、ルージュリアが頭を抱えたリンフィアの肩を叩き、大丈夫分かっていますと一言言った。
どうやらルージュリアはあれが何なのかわかっているらしい。
徐に歩き出し、ルージュリアは岩場だった場所に咲いていた小さい花を摘み取り、戻ってきた。
「これ、何かわかりますか?」
「これは………クレマキバナですね。人間界ではあまり見ないですけど、妖精界によく生えてるって聞きます………けど?」
藪から棒にそう尋ねられ、首を傾げるリンフィア。
コウヤもポカンとしていた。
「ええ、その通りです。しかしこれは、白紙化後に生まれた花。つまり、管理者が生み出したもの」
ルージュリアは、花を顔の前に持っていき、花の匂いを嗅いだ。
「見た目も、匂いも本物そのもの。しかし、あくまでこれは虚像。本物の上に据え置かれたハリボテです。先ほどの現象は、そのハリボテが剥がれた状態への変化なのでしょう。要するに、ここには本来の妖精界ならば岩場があり、その上に白紙化によって森が作られた、という事です」
「! ………じゃあ、さっきのは………」
「ええ。ミレアさんの得た力………少なくとも先程見せたものは、そのハリボテを剥がす力です」
ですが、とルージュリアは付け加える。
今のは、この能力の説明としては不足している。
これだけ聴くと、対管理者用の能力にも聞こえるが、元々この力は白紙化や管理者が現れる以前よりあった力。
太古存在したと言う神が持っていた力。
「それは、あくまでも『副次的なもの』。その本質は、裁定。善悪を見定め、罰する力。あるいは、正常・異常を見定め、異常なものを正常な状態へと帰す力」
そして、次にルージュリアが言い放った言葉に、リンフィアは驚愕した。
「『罰の神』の権能です」
「——————!!」
罰の神。
それを聞いて、リンフィアはある人物を思い出した。
それは、今はここにはいない仲間の顔。
迷宮を宿した、小さな子供。
罰の神は、ラビが縁を結んだ神である。
「………罰の神」
しかし、気が付いた以上の反応はなかった。
この時のリンフィアはまだ知らないのだ。
この妖精界は、生物迷宮にとっても故郷であり、縁のある場所だと言うことを。
「なぁ、お嬢様。その裁定の能力ってのが疫病患者を助けるんなら、大方体の異常除くってとこなんだろうけど、それで体が消えちまうってことはないよな?」
コウヤの懸念も当然だ。
この妖精界にいる者は皆等しく管理者の生み出した擬似的な肉体に入っている。
疫病の正体は、詰め込まれた魂がその肉体に反発して起きる現象だ。
コウヤの言い分としては、異常を消す際に、先程の原っぱの一部と同様に、管理者が作った肉体も異常として消えてしまうのでは、というものであった。
しかし、その心配はなかった。
それは既に証明されている。
「大丈夫ですよ。証人が隣にいるでしょう?」
「………ああ!! 確かに!!」
そう、リンフィアだ。
攻撃を真正面から喰らったリンフィアは、何も問題がなかったのだ。
「雑草や土が消えたのは、あくまでも管理者の作り出した虚像だからです。推測ですが、肉体は実在する魂を入れるために実在するものでなければいけないのだと思います。だから、消滅の対象からは外れたのでしょう………少なくとも今は、ですが」
「?」
意味深なことを言い残すルージュリア。
その意味はわからない。
だが、ひとまず心配事はもう何もない。
ミレアは無事能力を手に入れた。
後は、ミレアが目を覚ませば、事は動き始めるだろう。
しかし、よほど疲弊したのか、ミレアが目を覚ましたのは、この日から数日のちになるのであった。




