第1071話
半端とはいえ、力を得たミレアに対して圧倒的な力の差を見せつけるリンフィア。
それも仕方のない話であった。
ステータス、武器の性能面に大きな違いはない。
しかし、能力面………持っている固有の力に大きな差があった。
ミレアは、妖精王の羽の力で各ステータスを上昇させ、相手の感情を視認する能力を得た。
そこに泉で得た力を加え、ステータス面はさらに向上した。
だが、ミレアの本分はあくまで魔法。
ステータス強化とは、少し相性が悪い。
対して、リンフィアの能力はあらゆる生物の能力を兼ね備えた『進化』の力。
進化に従って自由に戦闘法を変えられ、魔法が無くとも属性攻撃・特殊攻撃が可能になる反則の様な力だ。
特に、覚えて数ヶ月も経たない内にその力を使いこなせる様になったリンフィアを、ケンは天才だと称していた。
ミレアの敗因はただ一言、相性が悪かった。
それはミレアの持ってしまった能力に対しても、相手がリンフィアであることに対しても言える事であった。
故に、この一方的な展開は、必然だったのかもしれない。
「ハァ………ハァ………」
残った体力で必死に向かっていくミレア。
勝負はもう付いているが、これはあくまでも試練。
ミレアが目覚めるまでは、追い込み続けなければならない。
「………」
だが、リンフィアの手数は明らかに減っていた。
じわじわと削ってはいるが、先程の様に大きな攻撃を繰り出すことはもうなかった。
しかし、その手加減が、一層ミレアを焦らせていた。
もはやそこに戦法などなく、見つけたら魔法を放ち、追いかけるの繰り返しになっていた。
いつもの冷静さは面影すらない。
目も当てられない状態になっていた。
「目覚めませんか?」
「………!!」
リンフィアに向けられた憐憫の目。
それはもう、敵に向けるものではなかった。
くっきりと“上下” を目の当たりにされ、ミレアは一層正気から外れていく。
空に向かって叫ぶその声は、悲鳴の様に聞こえた。
奮い立たせるためではなく、己を保つためのもの。
これまで表に出せなかった焦りや自身の無力に対する怒り、ここ戦いで垣間見た己の醜さへの恐怖は、この数分でミレアの心を瞬く間に決壊させた。
手に雷を纏い、思い切り振りかぶってリンフィアに向かうミレア。
ガードもなく、大きすぎる予備動作と握りの甘い拳。
格闘にポイントを振ってないので当然だが、動きは素人のそれであった。
リンフィアは細かく足を動かし、防ぐまでもなく全てその場で躱した。
当たらない。
届かない。
勝てない。
拳を振るい、魔法を放つたびに “負” が積もりゆく。
だが、何よりミレアを追い込んだのは、この戦いの中でもたびたび見せていたリンフィアの思いやりであった。
ブレスを使う時、わざわざ攻撃を宣言し、煽る事で警戒させ、致命傷にならない様配慮していた。
必要以上に “進化” を使わず、明らかに温存をして戦っていた。
自爆後も手加減をし、痛めつけない様むしろ気を使われていた。
それらは肉体的にはミレアを守っていても、精神的には大きくミレアを追い詰めていた。
これならば寧ろ徹底的なまでに叩きのめしてほしいと思うまでに、その慈悲が、思いやりが、やはり差を見せつけられている様で我慢ならなかった。
「立ってください。まだ手はある筈です」
「ぅ………ぐ………ぅぁあああああ!!」
大振りの右フック。
勢い任せのそれは簡単に躱され、耐えきれなくなった膝が折れ、バランスを崩したミレアはその場に倒れた。
呻き声を上げながら、地面に両手を付き、肩で息をしていた。
なんとか立ち上がろうとするも、片膝を立てるのが限界なのか、そこから動けずにいる。
「………………………!!!!」
肉体はもうボロボロ。
戦う意思だけが残り、意欲に負けた肉体は意識を遠ざけようとしていた。
しかし、執念が眼を閉じることを許さなかった。
杖を握りしめ、今度こそはと立ち上がろうとする。
だが、
「ぅ………あっ………」
緩んだ手が杖から離れ、再び倒れ込む。
目の焦点がだんだん合わなくなっている。
ぼやけた視界の中、微かに自分の手と、草の緑が映る。
ぼやーっと動く自分の手をなんとか認識して、力を入れる。
緑と肌色。
代わり映えしない視界。
そこに、影が差した。
「………」
少し視線を上げると足が、ゆっくりと見上げると、人である事がわかった。
影が誰なのかは明確。
ぼーっとしていても、この後どうなるのかは想像出来ていた。
覚悟を決め、せめて目を背けないでいようと上を向く。
だが、やられると思って見上げたそこにいたのは、
「 」
手を差し伸べる、リンフィアの姿であった。
視界が、クリアになっていく。
朦朧とする意識は冴え、たった一つの感情を動力源に、再び動き始めた。
上と下。
下は誰だ。
弱いのは、役に立たないのは誰だ。
亀裂は更に大きくなっていく。
——————ああ、そうだ。
この通りではないか。
手を差し伸べられているのは、情けをかけられ、手加減までされ、力を得たのに無様に這いつくばっている役立たずの弱者は——————私だ。
「————————————」
ふわりと、身体が宙に浮かぶ。
自覚していないのか、虚な目でどこかを見ているミレア。
しかし、意識ははっきりしている。
弱い………弱い………弱い、弱い、弱い、弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い
「ぁ——————ぁ、あああ、ァぁアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」
「!!」
無力への憎悪に呼応した亀裂は、これまで破れなかった殻を一周した。
生まれる。
眠っていた力はようやく開花し、世界に放たれる。
目覚めの時だ。
「………………これが……」
ミレアの背に現れる、8つの黄金と虹色の羽。
羽の中心は黄金に、外は虹色に染まっていた。
それはどの種族のものとも違う。
唯一無二の羽であった。
「目覚めたんですね、ミレアちゃ………………」
ミレアを見上げるリンフィアは、ふと違和感に気がついた。
依然、目が虚なままであった。
しかし、魔力も神威も次第に高まっていく。
そして何より、これまでは感じなかった明確な殺気を注がれていた。
そう。
暴走している。




