第1053話
「………………」
追手は来たが、少数。
素早かったが、本気で走ったらなんとか捕まらずに済んだ。
メモの表にあるアドバイス通り、人混みに混ざった途端、敵はどこかに逃げていった。
これまでの敵とは違い、黒服の連中は中々の戦闘力を持っていた。
恐らく、まともに戦えば、たとえ勝っても少なからず負傷したことだろう。
逃げて正解だった。
お陰で死なずに済んだし、そもそも無傷だった。
でも、また独りになった。
いい加減慣れたと思ったが、長時間………それもずっと話しかけてくれるような人と一緒だった事はあまりなかったので、気がつくとふと凄まじい虚無に襲われる。
耐えられないほどではないが、それでもやはりあまり心地の良いものではない。
逃げ延びた先もまた、人のいない暗がりにある倉庫。
余計に寂しさを感じていた。
(メモ…………)
ふと手に握っているメモに目を通す。
表には、領主に課せられている制限と、それをうまく利用する方法が。
裏には今後の作戦の概要が書かれていた。
本来ならば、今頃明日からの動きに備えて休んでいる事だろう。
しかし、進めようにもあの状況でケンが生き残っている可能性は、あまりにも低いと、G・Rは半ば諦めてしまっていた。
戦い方を見るに、確かに凄まじい技量はあるが、圧倒的にステータスが不足している。
あれでは黒服相手に勝つのは難しいし、ワープ系のスキルでもない限り逃走も困難を極める。
G・Rの頭の中には、もういくつもケンの死体が転がっていた。
メモの内容は、とても一人でこなせるものではない。
どちらが欠けても失敗する。
握っているものは、もうゴミも同然の代物であった。
——————しかし、
(………でも、ここでやめていいの………かな)
諦める気にもなれなかった。
死体は、あくまでもただのイメージ。
現実はまだわからない。
「………行かないと」
まだ奮い立つ意思が残っている以上、せめてそれが擦り切ってなくなるまでは動き続けたいと、G・Rは再び前を向いた。
ケンが生きているかはわからない。
しかし、G・Rは間違いなく生きている。
まだ動くことができる。
だったら、わざわざ止まる必要はない。
それに、元々は一人の戦い。
お膳立てがあるだけマシというもの。
(説明を聞く前に逃げちゃったから中身はよく知らないけど、とりあえず指示通りに動けば何か領主にとってよくないことが………起こる。うん)
全ては気の向くまま。
何が起ころうとも対処するのみ。
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翌日。
なんとか敵の目を掻い潜って里の外に出たG・Rは、ケンの指定した場所と時間の通りに近隣の森に向かった。
(ついた………けど………)
モンスターの出現割合が多くなっているというだけあって、異様に濃い魔力が漂っている。
それと、調査した際にケンに言った通り、やはり日中はモンスターは当然として、冒険者や領主の持つ兵隊がモンスターの討伐を行なっていた。
モンスターはかなりの数いるが、どうやら冒険者は固まってモンスター討伐をしているらしい。
わざわざ効率の悪い方法をとっているのを気にしていたG・Rだが、今はとにかく別れる際ケンに渡されたアイテムを設置するのが先決。
………しかし、
(多い………)
思わずゲンナリするほど、兵隊の方目的地を囲っていた。
しかも、稀に黒服も混ざっている。
言うまでもなく面倒な状況。
それでも、ここを進まなくては——————
肌が、粟立つ。
「ッ——————」
直感とともに起こる脊髄反射。
上体を瞬時に後ろに倒した目の前を、矢が通り過ぎていった。
身体の温度が一瞬で下がったのを、G・Rは肌で感じていた。
やけに冷たい汗を拭い、敵を確認する。
「………………貴方」
「………お久しぶりです。それと、残念です」
「!!」
飛んでくる矢を、今度はしっかり正面から槍で弾いた。
森に金属音が鳴り響いたその瞬間、その音源に殺意は集まった。
久方ぶりの元同僚との再会を味わう暇もなく、G・Rは思わず眉を顰めた。
「多勢に無勢です。苦痛を感じる前に、潔くここで——————」
多勢に無勢。
そんなことは百も承知。
メモにすら書いている。
だから、こうなった時の決まり事を、ケンはメモに示していた。
「ばいばい」
「!?」
全力で逃走。
面を喰らったのか、敵も一瞬固まるように動きを止めた。
とはいえそれも一瞬。
視界から突然消えたわけでもないので、当然兵隊達は逃すわけがない。
すぐ様追手を出そうとする。
が。
「「「!」」」
ある一定の地点でピタリと動きを止めた。
それも、一人残らず。
それを確認したG・Rは、小さく笑みを浮かべていた。
これも全てメモの通り。
実証も済んでいる。
「うふふ………………すごい………便利」
——————敵方のルールとして、G・Rの存在………というか、敵対しているという素性を明かしてはいけないというものが存在する。
それを調べるために、ケンはある実証実験をした。
それは、わざと敵に見つかり、人混みに向かっていったらどんな反応をするのかというものだ。
結果は、まさに今のように人に見つかる前に逃げるというものになった。
別宅のある里でG・Rが火事で起きた煙の中逃げ回っていた時、ウンディーネの能力を使って鎮火しなかったのは、恐らくこのためだとケンは当たりをつけたのだ。
他の要因も見受けられたので実験をしたわけだが、見事なまでに的中した——————
そう。
つまり敵は、冒険者にこの状況を見られないように、止まる他なかったのだ。
そして、こんな便利な手札とワープ能力を持ったG・Rを止められるわけがなく。
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包囲網は虚しいことに、
——————
意味を成さず
———
瞬く間に
—
「よし…………うん。これで………いい」
突破した。
そこは、謎の血痕が残った不思議な場所であった。
そして、異様なまでに魔力が濃い。
普通ではないことはG・Rにもすぐにわかった。
それでも、目的はわからない。
取り付けたのもG・Rには特に機能がわからない謎の装置。
聞く前にバラバラになったから、わからないこと尽くめだった。
しかし、G・Rはそれでも構わなかった。
敵はこんな少数では正攻法じゃまず勝てないほどの大きな敵。
少しぐらい訳がわからない方法の方が、G・Rにとってはかえって安心できた。
だから、
「どうか………無事で………ありますように………」
そう願いを込め、G・Rはその場を後にした。
——————ケンの渡した装置が、すでに動き出したことも………この異常な魔力がさらに膨れ上がり始めたことも知らずに。




