第1019話
——————やれやれ、無茶をしおるのう。
神威を得て、時々聞こえる老いた声。
聞き覚えは、あるようでない。
でも、不思議と危険だとは思わなかった。
——————老いたこの “番人” を一体どれだけ働かせる事やら。
誰かはわからない。
でも、ラビは知っている。
いくら文句を言っても、この老人は絶対に手を貸してくれると。
——————さて………まぁ力を貸すとするかのう。あんな野蛮な巨漢如きにやられるのは業腹じゃろうて。そんな恥は晒させんよ………………万物に罰を下す、この天秤に誓ってな。
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黄金へと色を変える瞳。
神威が、体を駆け巡る。
頭に浮かべるのは、力のイメージ。
縁の繋がった、罰の神のもつその力を、強くイメージする。
「………………」
しかし、集中など待つはずもなく、獲物を捉えたトロルは、のそのそと遅い、しかし巨漢故に大きな歩幅でラビに迫っていった。
そこにあるのは、純粋な敵意。
恨みや怒り、快楽といった感情ではなく、食すため、生きるためというただ純粋な欲望だけがラビに向かって走っていた。
だが、退かない。
そして、臆さない。
ただまっすぐ、真正面から向かっていく。
そしてトロルは、うめき声と共に腕を振り上げ、格好の餌であるラビに狙いを定めた。
「まだだ………ビビるな。まだちかづける」
まだ間合いの一番外。
だが、裏を返せばギリギリでもトロルにとっては届く範囲——————と、いうそのギリギリの距離すらも一瞬であり、ラビはもう、トロルにっとって最も良い間合いに入っていた。
『!! っこれ以上は………』
何かをしようとするのが明らかな声の主。
そんな声の主を制するように、見守っているニールは大声で遮るようにこういった。
「待てッッ!! 来るぞ!!」
そしてニールの視線は、ラビとトロルに向く。
「——————ゥゥウウウ!!!」
ビキビキと、棍棒を握る手に力が入る。
腕に浮かぶ筋と、肥大化していく二の上からは、圧倒的な危険が纏っていた。
喰らえばひとたまりもないであろうその一撃。
技術も何もない、ただの全力の振り下ろしの照準は、たった今、ラビの脳天に向いた。
その、刹那——————
「——————しんぱんだ。デカブツ」
天秤は、傾きを正すべく、動き始めた。
「!!」
瞬間、鎖のようなものがふと現れ、トロルの体を縛り、そしてすぐさま消えた。
一見何が起きたかわからないこの現象。
しかし、効果はすぐに現れた。
「ぅ、ゥウ、う………っ!!!?」
突然膝を曲げ、振り下ろしていた腕から力が抜ける。
振り切れず、自重と勢いだけ残ったその腕は、本来ラビに当たるはずだった場所より、少し手前に落ちた。
何が起こったか分からず、目を回しているトロル。
だがラビは、ぼーっとする隙を与える事なく、おあつらえ向きと言わんばかりに前に落ちた腕の上を一気に駆け上がった。
『今のは………!?』
「罰が降ったんだよ。あのデカブツに」
見慣れたニールが、ラビに代わってそう答えた。
『罰?』
これこそが、罰の神の権能。
【平等の秤】
この能力の効果は、対象と自分の戦力を比較し、釣り合いの取れていない部分を、強制的に自分のランクまで引き下げる能力。
その力は、“弱いモノいじめ” を決して許さない。
罰は鎖となり、力を縛りつけ、そして最後には没収する。
今のラビでは、精々半減もできないだろうが、トロルの力が大きく下がったのには変わらない。
突如として衰えるという体の変化についていけず、トロルは攻撃に失敗し、膝をついたわけだ。
この秤の前で、卑怯は許されない。
時に自分すら貶め、神の力は平等に罰を下す。
だが、この能力の効果は、まだ終わっていない。
「お、見ろ。あの速度を」
『………………!!』
トロルの上を駆け上がるラビの速度は、坂道でも衰えるどころか、更に増していた。
そう、効果は縛るだけでない。
その力は、少しでも力を平等にするため、縛った力を術者に取り込ませるのだ。
故に、あの小さな肉体では本来出し得ない力であっても与えてしまい、そしてラビは、与えられた力によって、もうトロルの目の前に来ていた。
手に握っているのは、先程割った木の枝。
ダガーを構えるように握られたそれは大きく振りかぶられそして、
「ぶっつぶれろ」
ブスリ、と。
「ゥ————————————」
その、次の瞬間であった。
耳を破らん限りの絶叫と共に、トロルの目から凄まじい量の血と液が溢れ落ちる。
ラビは叫び声に僅かに顔を顰めさせながら、暴れるトロルの腕を避けつつの足元に降り立った。
「きんきょりせんもんのトロルは、しかいをつぶしてしかくをえれば、いくらかこっちもらくになる。というわけで………」
『まっ、し………っ、終了っ!! 試練は終了です!! 見たいものはもう見れました!!』
と、飛びかかろうとしたラビを止めるように声が入った。
「む………おわりか? はぁ………………よかった。いたいめにあわずにすんだ………」
ラビはそうため息をつくと、肩をすくめて猪の元へ戻っていった。
本人は気づいていない事だろう。
ため息をつきたいのは、むしろこの謎の声の主だという事を。
⦅想定外がすぎる………………いくら王の血脈でもこれは………⦆
それが彼ないし彼女にとって幸か不幸かを知るのは、もう少し先になりそうである。
ともかく、ラビは無事試練をクリアし、先に進めるようになったのであった。




