第1015話
「ふんふんふーん」
良い感じの棒を振り回し、ご機嫌な様子で森を探索するラビと、その後ろをついてくるニール。
いつも通り探索して数分しか経っていないが、ラビの持つ “生物迷宮が生まれ持ってあらかじめ得られる知識” のお陰で、常識より少し多い程度には食用植物やキノコがわかるので、すでに何食分かのそれらは手にできていた。
生き物を数匹確認できたので、先程まで2人がいたあの真っ白い空間のような、完全に人工の空間ではない事はわかった。
まぁ、それ以外はさっぱりなわけだが。
「ふふふふーんふーん、きっのこのこのこきんきろりーん」
「どうしたラビ。頭が悪そうな歌だな」
「アンタにゃいわれたくないわッ!!」
と、自分でもテンションがおかしいのを自覚するのと同時に、キレキレのツッコミをしたところで、ラビはピタリと止まった。
「なんかここ、なつかしいかんじがするんだ。なんでかなぁ。まえまえからそうおもってるんだよ」
「まぁ、安心したくなるのもわかる。今のままじゃ何も………待て、あれは………………」
バッ、と手を出して静止したニールを見てハッと気がついたラビは、すぐさま頷いて気配を消した。
2人の視線はまっすぐに伸び、それは1匹の標的に刺さった。
それは、
「………………肉だ」
「ああ。肉だ」
偶然発見した、猪であった。
2人の視線に気がついたのか、猪もゆっくりと2人の方を向き、パチパチと瞬きをしたのち、フンと鼻息を鳴らした。
そして、
「ぶ、ブゴオオオオオオオオオオオオ!!!!?」
本能的に、全身全霊で森を逃げ回り始めたのだった。
だが、2人は既に助走を始め、見つかったが故に殺気も隠さず、食欲と殺意を丸出しのまま奇声を上げ始めた。
「追えーーッッ!!! 肉が来たぞォオオ!!」
「ころせぇえええええ!!!!」
実は、既にここへ来て1週間ほどが経過していた。
つまり、1週間サバイバルをしている訳だ。
当然、食事は以前のようにまともな食事ではなく、生か焼くかの二択になっている。
ケンの料理に餌付けされ済の2人は、野草だけの味気ない食事で耐えられるわけもなく、せめて肉や魚がなければと、肉動物を見かければ、それはもうハイエナの如く食らい付いていくようになっていた。
「血祭りだあアアアアア!!!」
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「………まぁ、責任がどっちにあるかと言われれば、先を走ってたラビだな」
「ようじょにつみをきせるとはなにごとだ。どうざいだバカヤロー」
猪とギリギリの競走をしているうちに、いつの間にか森の奥深くに来ていた。
特にこれと言って困るわけではないが、湖に囲まれ、わかりやすいシンボルの大木のある原っぱだった元の拠点と比べれば少しばかり不便になってしまった。
しかし、ここでふとニールは思い出した。
「………ん?木?………おお、そうか。あの木があるんだから木に登って調べれば良いのか」
もとより目印として有用であると見て、文字通り宿木にしていた木だ。
何メートルも抜き出たあの木であれば見つけられるであろう。
ニールはこれで帰られると安堵した様子で木を登り、そして——————
「………………………………は?」
目の前に広がる、想像とはかけ離れた景色を目にして、思わず息を呑んだ。
そこには目標である大樹も無く、しかし代わりに海や、火山や、岩山や、花畑や、砂漠や森が広がっていた。
「ん? どした、ニールねえ。なにかへんなものでもあったのか?」
「いや………何か変………というか、何もかもが変と言うか………」
頭にハテナを浮かべるニール。
確認のためもう一度登るが、結果は変わらず。
先程までいた森はどれだけ探しても完全に跡形も無く、まるで別世界に迷い込んだような感覚であった。
「不思議だブフ。きっとそう思ってるブフ」
「!?」
「誰っ………だ………………………あ」
突然聞こえた声に反応した2人の視線の先には、先程まで追いかけていた猪がいた。
パチパチと瞬きをしたり目を擦ったりしたものの、どうやらそこには猪しかいない。
つまり、声の主はあの猪ということになるわけだが………
「それについてはこのオイラが…………うぉおッ!!?」
地面を抉る程強い一撃を放ったニール。
チッ、と舌打ちをし、再び手に持った岩を振りかざした。
「何しとるんだアンタ!?」
「喋るんじゃない!! 食べるのに抵抗がでる!」
「出ろよ!! 喋る猪だぞ!!」
「喋るな!! そして、出来るならこのあと丸焼きになる時も喋るな!」
「治安が悪すぎる!!」
依然食べるのをやめるつもりはないらしい。
ニールの目は爛々としていた。
すると、
「まぁまってよニールねえ。このブタ、ここのことをよくしってそうだぞ。だったら、ひとのいるとこもわかるかもしれないし、そうしたらまともなりょうりとやどがとれる」
「!………確かに! お前天才か………!?」
ラビの案によって、とりあえず猪は丸焼きを免れ安堵の息をこぼした。
「よし、ブタ」
「猪ですブフ」
「そうか。ワタシたち、ここにきたばかりなんだ。できればはなしを………」
姿勢を直す猪。
後ろ足を曲げ、前足をついて頭を垂れた。
わかりにくいが、なぜか伝わってくる。
それは、礼を尽くす姿勢であると、ラビ達は理解した。
「存じておりますブフ。我が王。迷宮の主よ」
「………王?」
訳のわからない話だが、一つだけ確実なことがある。
この猪は、ラビが生物迷宮だということ、そしてそもそも失われた存在である生物迷宮のこと自体も、なぜか知っているということだ。
「はい。数年前、最後の王の決闘であるメイズ様より、その力の片割れを引き継いだ実の娘。貴女のご帰還を心待ちにしておりましたブフ」
「片………割れ………………………!!」
それを言われ、普段は心の奥にしまっている、自分が生涯をかけてでも倒そうとしている敵のことを思い出した。
そう、数年前のこと。
自分の出生の際、母メイズの迷宮を攻略し、その力を奪った黒髪の男。
それこそが、ラビにとって自身の片割れであった。
「なにか、しってるんだな」
「はい。ですので、どうかここは一つ、おいらついて来て頂きたいブフ」
振り向くラビ。
ニールの顔を、何かを言いたげな顔でじっと見つめていた。
「………行こう。大丈夫だ。私がついている」
「………!! うん!」
この猪は、一体何者なのか。
ここはどこなのか。
いろいろな謎も、不安も抱えつつ、2人は謎の猪についていくことにしたのであった。




