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第1010話



 「止せよ………過去の話は。今の俺は一介の冒険者に過ぎないんだぜ?」


 「フン………名を失って弱った酒飲みには丁度いい肩書きじゃないか」


 「ああ。おかげで毎日楽しく過ごさせて貰ってる。名前なんぞなくたって意外と生きていけるんだぜ?」





 他愛のない会話の端々から感じる凄まじい敵意。

 魔力が、威圧が、矢の様に鋭く感じる。

 慣れていない者は、近くにいるだけで凄まじく息苦しさを感じることだろう。





 「そのボウズども、どうする気だ?」


 「仕事でヘマをしたッピからね。俺手ずから処刑をする」




 ピクリと眉を顰め、ノームは棍を構える。

 既に臨戦態勢。

 隙を見せれば、ピクシルとて、ただでは済まない無いだろう。




 「この里は俺のお気に入りなんだ。暴れるのはやめてもらおうかァ………」




 そしていよいよ、最強同士がぶつかるか………と思った、その時であった。





 「………待っ、てくれ………!!」


 「!!」





 声を出したのは、ガージュであった。

 捕まって痛めつけられていたが、どうやらまだ気力は残っているらしい。

 だが、





 「ここは………退いてくれ………」




 なんと、ガージュは折角の救出を拒んだのだ。




 「俺が………死ねば………………“レッドカーペット” は………消える。お前なら理解………出来、る………だろ」


 「テメェまさか………」




 俺は思わず絶句した。

 人間嫌いのはずもこいつは、最後の最後で人間の仲間を救う道を………レッドカーペットから解放する道を選んだ。




 「駒………………おれは………駒にした………つも、り………だった………………………でも、結局非情には、っ………なりきれなかったな………半端なんだよ、俺もお前も」


 「!」




 それは、俺に向けて言った言葉だった。


 きっとガージュは、非情に徹しようとしたのだ。

 何があっても俺を殺し、誰がどうなろうと王になって、人間を滅ぼそうとした。


 でも、それは結局叶うことがなかった。




 「………ああ、死にたくない。この先も犠牲が出るとわかっているのに………こんな奴を野放しにして、死にたくない………!!」


 「………」





 これだけ後悔を口にしたが、もう戦意はない。


 俺にも、ピクシルにも。



 しかし、目は最期まで死んではいなかった。

 口惜しそうに未練を残し、未だ恨みを絶やすことない目が、こちらを向いていた。


 何かを言おうとしている。



 そしてそれを、口にした。




 「お前はきっと、この先も誰かを巻き込み、俺のようなものを生み出す。俺にはもう、どうすることも出来ない。だから俺は、地獄でお前を見ているぞ。俺は決してお前を許さない。未来永劫、俺はお前を呪い続ける。お前がやっていることでいかに人が救われようが、全てが正しいとは、夢にも思うなよ………………ッ!!」


 「っ——————」





 それは、死に際に全ての恨みを込めて吐いた、最期の呪詛であった。


 何もかもが正しいとは思っていない。

 しかし、いざ俺のせいで失った者を前に、何も感じないかと言えば嘘になる。



 俺は、この言葉を二度と忘れてはいけない。



 これまで背負った罪も、これから背負う罪も、そのあらゆる十字架を背負い続けろと、たった今宣告されたのだから。

 しかし、恨みでいっぱいだった顔は一瞬で消え、何処か後ろめたさを感じている様な表情になった。




 「………けど、俺も同罪だ」




 ガージュはそう言うと、目だけをギリーに向け、最後に一言何かを言おうとした。




 「………………ギリー。すまなかっ………」




 しかし、ギリーはそれを遮ってこう言った。





 「言うな………巻き込んじゃいないさ………!! これは、俺の意思だ!! だから、やめてくれ………死のうとするなよ………!!」






 祈る様に、声を絞り出すギリー。

 しかし、ガージュはフルフルと首を振った。





 「俺は、あいつとは違う。巻き込んでおいて、平然と生きていくなんて出来ない。だからせめて、ここで終わる………お前達はせめて生き残れ。死ねば出られるというのも、眉唾だからな」




 腕に掴まれたガージュは、ピクシルを一睨みする。

 そして、この様に懇願した。





 「虫けらが………潔く自分の首を差し出そうとしてるんだ。最期くらい、願いを聞いてくれないか?」


 「ふむ……………まぁ、俺はあくまでも間接的に関わってるだけだッピからね。その酔っ払いも出張ってきたことだし、言い訳の余地はあるだろうから………………いいだろう。聞き入れてやるッピよ」





 ピクシルは、土魔法の腕から剣の様なものを生やし、ガージュの首に当てた。





 「おい………止せ………やめろ!!」





 ギリーは身を捩って暴れるが、その抵抗も虚しく、この現状を変えることはなかった。



 ギリーだけで無い。

 誰も、ここを動けない。

 特に俺たちは、ここで動く義理もなければ、必要もないのだ。



 ——————だが、俺は別だ。


 俺はまだ動ける。

 動かなくては。



 俺は止まっていいわけがないんだ。

 巻き込んだ罪も、アレ復讐心を作ってしまった責任も、まだ残っている。


 命を使わないと。




 俺が、俺が、俺が——————












 「!」




 そう思いつつも俺は結局無策で飛び出そうとしたのだが、ノームに腕を掴んで止められた。



 「止せ。無駄だ」


 「けど俺は………………!!」


 「聞き分けろ。お前らの中で、この場で最も強い俺は、お前を守る義務がある。みすみす死ぬなんぞ許さん」




 その手は、振り解こうにもあまりにも強固であった。


 いや、固いのは手だけではない。

 絶対に離さないというその意思が、何より固かった。


 これでは振り解けない。


 意地があるのは俺だけではないと言うことだ。





 「お前がいくら深い因縁があろうとも、力の前では意味をなさない。いいか、よく覚えておけ。白紙前それだけお前が強かったとしても、今のお前は………………弱いんだよ」



 「——————」






 胸に、突き刺さった様な気分だった。

 それは、動けなくなるほどに、強烈な一言であった。


 何より強くあろうとした俺にとって、その一言は、凄まじく重いかった。







 「ではな。ガージュ」






 止められない。


 そう悟っても、身体は勝手に動いた。

 わかっている。

 どうせガージュは死刑だ。


 刑がなくとも、カーバンクルたちによって捌かれるべきだ。



 でも、少なくとも今死ぬべきではない。

 そう思い、手を伸ばす。


 しかし、






 「………………ああ、やっと終わりだ——————」






 この手が届くことは、もう、なかった。

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