第1001話
「わかっただろ? あの男は悪だ」
そこに、もはや悪意はまるでない。
男にあるのは、ケンに対する苛烈なまでの蔑視と怒りだけであった。
「異世界人風情がよそ様の土地で他人を巻き込みながら大暴れして、結果大勢を死なせた。人間ならまだいい。しかし妖精達はどうだ? 本来であれば関わることもない戦争だぞ? お陰でガージュは妹を失ったんだ。許されるわけがない」
「………許されるわけが………………」
男の言ったことをそう繰り返すルージュリア。
すると、反応があったことが嬉しかったのか、途端に笑顔を見せ始めた。
「そうだ! やっと聞く耳持ってくれたか………」
感激した様子で詰め寄り、ドーム状の防壁ギリギリにいるルージュリア顔を近づけ、防壁にへばりついた。
気味が悪いほどの笑顔。
眼が明らかにおかしい。
何かに酔っている者の眼だと、ルージュリアは瞬時に察知した。
それはきっと、『ガージュに』 なのだ。
しかし、これでは止まらない。
男は、さらに詰め寄りながら、まるで刷り込む様に『ケンの悪事』を語り続けた。
「よく考えろ。あの男がしたのはそれだけじゃない。自国が生き残るために他国を完全に滅ぼしたんだ!! 明らかにやりすぎだと思わ——————」
トン、と。
ルージュリアは、もう待てと言わんばかりに手を前に出し、ドームに触れながら男を制止した。
「おっと………すまない。つい悪い癖が………」
「あたしの見立ては間違っていなかった………………」
「………え?」
考え込む様な表情をしていたルージュリアの顔から、表情が消えた。
妙にスッキリとした様な表情だ。
腹の中で決めあぐねていた何かが、今決まったのだ。
「人間界が統一したのだとすれば、死んでいない貴方は、彼の護った国の国民ということになるのですが、そのあたりはどうお考えで?」
「——————!」
今の言葉の裏には、わかる者にはわかる別の意味が存在する。
そして、そのわかる者というのは、この場においてはエルのみである。
事実、エルはそれを聞いて、これ以上なく眼をかっ開いていた。
エルは知っている。
人間界が統一すれば、他国が消えるということを。
そして、それをルージュリアも知っているということは、彼女も【代理戦争】のことを知っているのだ。
だが、それは裏であって、あくまで発言した質問に関しては、まだ問答は続いていた。
「国民だが、それがどうした?」
「いえ、もう十分です。その様子だと、貴方ロクに戦争に関わっていないでしょう?」
「ああ。それは………」
ピシッ、と。
ガラスの割れる様な音が鳴る。
「はっ………!? なっ、そ、そんな!?」
ルージュリアが当てた手を中心に、ヒビが広がる。
あまりにも簡単に破られそうになり、男の焦りは刹那のうちに加速した。
すると、
「他人を巻き込んだ云々といいつつ、あなた方はカーバンクルを平然と殺し、そしてその肉体までも利用した。死者を冒涜した恥ずべき愚か者が、どの口で彼を非難すると?」
「っ………………」
男には、反論する言葉が見つからない。
それはそうだ。
ガージュはケンに妹を殺されたのであって、他の者は関係ない。
客観的に、第三者から指摘され、彼はようやくやっている事に目を向け始めた。
「気づいていますか? あなた方の理論で言えば、所詮はやっている事は同じ。一方を………妖精を活かすために、僅かな犠牲を強いる。彼をクズだというのであれば、貴方やガージュさんとやらも同等のクズです」
「違っ…………」
「もっとも、恐らく初めから全て守ろうとしたケン君と違って、犠牲ありきで行動しているあなた方の方が、よほど救えませんがね」
「この女………っ………言わせておけば………」
今にも割れそうな防壁を叩き、男は再びルージュリアに迫った。
図星を突かれて頭に血が上っているのだろう。
高尚な思想の正体が、ただの独りよがりだと気付かされ、そのショックでお門違いな怒りを向けている。
その様子を見て、ルージュリアは余計に救えないと思った。
「………百歩譲って、俺たちはクズかも知れない。だが、ガージュがヒジリケンより救えない? 冗談を吐かすな!!」
「あらあら………本当に愚かですね………………彼がそんな血も涙もない男なら、貴方の友人はとっくに土に還っているでしょうに」
「土、に………………ガージュが死んでいたとでもいうのか!?」
そう。
彼らはわかっていない。
ケンの持つ神の知恵が、このゲーム序盤に於いてどれほど凶悪なのかを。
「本当に王になりたいのであれば、あなた方は一番やってはいけない失敗を犯したんです。大将首を引っ提げてわざわざ一人死地に赴くなど言語道断。断言しましょう。近いうち、あなた方は後悔する」
心当たりのある様な顔をしていた。
恐らく、彼も知っているのだ。
ヒジリケンが、どんな男なのか。
仮にも人間界全土を巻き込んだ戦争にて英雄と呼ばれた男。
ミラトニア人であるこの男が噂すら聞かないなんてことはないだろう。
しかし、
「………………だとしても、俺たちは引くわけにいかん。俺たちは、拾われた恩を返さなければならないのだ!」
「………そう。でしたら、止めませんよ」
ヒビは、さらに広がる。
決死の覚悟も、どれほど耐えられるか分からない。
だからこそ、男は必死に抵抗する手段を考えていた。
それが、彼女にとってどの程度意味があるのかも知らずに。




