第998話
「よしっと………………さ、早く避難を」
コウヤは、抱きかかえたフードの女をおろし、敵を警戒しつつそう言った。
「もうお役御免ですか?」
「戦いには参加させられないからね。んじゃ、気をつけて、ララーナさん」
そう、現場でガージュ達を迎えたフードの女は、ララーナであった。
「そちらこそ、気をつけて下さい。どうも、今のでも生きてるみたいですから」
「大丈夫だから、ほら急いで」
コウヤがそう急かすと、心配そうに窓の方を見ながらララーナは去って行った。
どうやら、ケンの身を案じていたらしい。
「あの野郎、意外とモテるのか? ま、俺はセルビアさんがいればなんでもいいけどね」
軽口を叩きつつ、上を見上げる。
窓から出た瞬間を狙ってリンフィアが吹き飛ばしたあの敵だが、まだ弱っている気配はなかった。
ここで戦闘終了、というわけにもいかないだろう。
「攻撃、一応通りましたね」
すると、コウヤのいる場所まで、リンフィアがやってきた。
「どう言う仕組みです?」
「レッドカーペットでプレイヤーの衝突が決定してる時は攻撃が可能になるんだよ。けど、通知が入ったら例えばこっそり動く側が不利になったりするだろ? だから基本ウィンドウにからの通知はなしで、いつの間にか攻撃可能になってるって形になってるわけよ。ま、お前らが異常なペースでレッドカーペットとの戦いをしてるせいでこうなってるだけで、しばらくすれば街中での戦闘は解禁されるよ」
「………なるほど」
そもそも、街中での戦闘禁止は、召喚してしばらくのみのシステム。
数十日もすれば、運要素以上に実力が伴い始めるので、戦闘の制限はなくなるのだ。
しかし、話を聞くリンフィアだが、どこかいまいちそうな顔をしている。
というのも、この話にではなく、先程の手応えが無かったことにムッとしているのだ。
そして、その手応えのなさの通り、敵はまだピンピンしていた。
「お、見てみ」
コウヤが指を刺した方を見ると、丁度降りてくるギリーの姿が見えた。
衣服はボロボロだが、肉体の損傷は想定より小さい。
何より、今ので相当頭にきているのがはっきりわかるほど、怒りは表に現れていた。
しかし、キレているのはコウヤも同じ。
今からでも掴みかかっていきそうなほど、怒気に満ちた目。
わずかに荒ぶる呼吸。
ルビィの友人であるラルドを痛めつけ、人質に取り、他のカーバンクルを殺した恨みは、相当なものであった。
「よぉ、クソ野郎。俺のダチのダチを痛ぶった礼の味はどうよ?」
「ハァッ………ハァ………………あァ?」
まさに、一触即発のこの状況。
状況的には2対1だが、どうやらコウヤは2人で戦うつもりはないらしい。
「銀髪ちゃん。銀髪ちゃんは先にゴーレムの処理だよ。あれが一番の目標だからね」
「………気をつけて。ケンくんの予想では、あの人は私やコウヤくん同様、神威を使ってくるみたいですから」
リンフィアはそれを言い残して、ゴーレムの核を持って逃げた2人組のところへ向かうのだった。
「決めた。あの時のエルフとウンディーネとクジラを殺そうと思ってたが、先にお前から殺す。ぶっ殺してやる!」
「こっちに来たばっかの初心者が、勝てると思ってんの? 悪ィけど加減はしない。お前に同情の余地はなしだ」
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「こっちだ。こうなった時のための逃走ルートがある」
「ええ、わかってるわ」
ゴーレムの核を持って逃げる2人。
今は重要な任務を負っている。
それは、一刻も早くゴーレムを起動させること。
それも、可能であればフルパワーで、だ。
男が手に持ったこの核に一定以上の魔力を注ぐことで、ゴーレムと使用者がリンクし、よりパワーを引き出すことが出来る。
しかし、
「けど、気づいてる?」
「ああ。誰かが来ているな」
当然、人数を把握していたケン達は追っ手を用意しており、今まさにこの2人に仕向けていた。
そしてそれは、すでに2人を射程内に捉えていた。
「………仕方ない。止まろう」
目立つ場所に出る前に、いっそ迎え撃つことに決めたようだ。
背中を合わせ、気を張り巡らし、敵の出方を伺う。
緊張を思わせる面持ちの2人。
息を飲み、加速する鼓動を全身で感じとっていた。
当然だ。
これは最重要任務。
この2人がトチれば、ミッションどころか、レッドカーペットそのものがダメになる。
それほどに、男の手にあるものは重かった。
すると、
「覚悟が決まったようですね」
「!!」
声と共に突然降ってきた、1人と2つのシルエット。
それは、2人を追跡していたケンからの追っ手。
「それを、渡してもらいましょうか」
「んだ!」
「なのです!」
ルージュリア、エル、ルビィの3人であった。
「………やはり邪魔をするか」
「当然でしょう? こんな街中であの巨大ゴーレムを呼ばれでもすれば、どれだけの被害が出ることか………」
暴れずとも、倒れ込むだけで相当な被害が生まれるだろう。
ここは始まりの里。
フェルナンキアのように屈強な戦士が集っているわけではない。
なんとしてもここで食い止めねば。
「絶対に食い止めるという顔だな………………あの男が………ヒジリケンが何をしたのかも知らずに」
「そういえば、あなた方の頭の方は彼に恨みがあるそうですね」
まぁ、そんなことは関係ないのですがと、ルージュリアは一蹴した。
ケンのことは関係ない。
重要なのは、街が危険だということ。
その一点だ。
「いい機会だ。聞かせてやろう。奴が一体なんの罪を犯したかをな」
「ええ。聞いて差し上げます。塀の中でゆっくりと、ね」
深く腰を落とし、拳を構えるルージュリア。
意識を深く集中させ、拳に、足に、魔力を集中させ、攻撃と機動に特化させる。
恐ろしいまでの希薄と集中力に、エルやルビィも息を飲む。
目の前の2人も、相応に緊張を感じていた。
しかし、それでも男は、どこかに余裕を隠していた。
「いいや、お前はここで俺の話を聞く。聞かなければならない」
「!!」
男から漏れ出る奇妙な力。
僅かにしか感じ取れないそれを、直感で危険だと判断したルージュリアは、咄嗟に身を引いた。
「っ………………」
「ほぅ? これを感じ取るか………………だが安心しろ。危害は加えない。ついでに、お前ももう、俺たち事危害を加えることは出来ない」
男女2人を中心に、妙なドーム状の膜が広がる。
魔力ではない何か。
はっきりと感じ取れない何かを、ルージュリアだけが感じ取っていた。
しかし、その力を感じ取れないものの、存在については知っているエルは、その正体に気づいていた。
そう、その力というのは、
「神威——————ですか………」
「!………なるほど。流石は同じ力を持つ男の元にいるだけはある」
神威を知っている者だけで通じている会話。
神威を知らない他の者からすれば、会話の意味もわからないだろう。
ともかく、ここで言えることは状況は男達の方に傾きつつある、ということだ。
「何をごちゃごちゃと………………ッッ!!」
「あっ………!!」
会話の一切を振り切り、突然飛び出すルージュリア。
上げた拳を下ろす気は一切なく、闘志を剥き出しにドームに包まれている2人の元へ飛び出す。
十分な助走と勢いがつき、魔力による補強の済んだ拳。
お膳立ては済んだ。
後は、攻撃あるのみ。
そしてルージュリアは、全身全霊の一撃を、そのドームに向けて放つ——————
——————が、
「………………………!?」
ドームは、ビクともしなかった。
舌打ちをしつつ、引き下がるルージュリア。
そして再び飛び出し、一撃、もう一撃と打撃を加えるが、以前ダメージはない。
「硬い——————!!」
そして、男は不敵な笑みを浮かべ、ルージュリアにこう言った。
「やるだけ無駄だ。だから言っているだろう? 話をしよう、とな」
どうやら、この場は提案を飲まざるを得ないらしい。




