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最終章 血

「ただいまー」

「あっ、お兄ちゃん!」

 石原敬二が玄関の戸を開けた途端、家の奥から弟――悠太(ゆうた)が急いで駆けてくる音がした。

 そしてすぐに、悠太は姿を現した。

「おかえりなさい!」

「うん、ただいま」

「ねーねー、また埼玉の方の家に行ってたんでしょ?」

 埼玉の方の家とは、敬二の別宅だ。

「ああ。民泊で人を泊めたんだが、中々面白いお客さんでね」

「あっ、また民泊させてあげたんだ。じゃあ今回もその人の事、おもちゃにした?」

 おもちゃとは、敬二の『実験』に使われるモルモットの事だ。弟の悠太もその1人なのだが、彼は何故か自分を特別だと思っていて、自分の事はおもちゃと言わなかった。

 だが悠太は、敬二にとって一番素直で優秀なモルモットだ。だから敬二も、悠太の認識を改めさせる事無く、彼を特別扱いしている。

「いや、今回の人はおもちゃにはしてないんだけどね。まぁゆっくり話すとして、とりあえず部屋に行こうか」

「うん!」




「悠太は、埼玉の家に住んでたすみれの事は知ってるだろ?」

「あぁ、あのおじさんになったおもちゃの事だよね?」

「そうそう」

『すみれ』と敬二との出会いは、彼がまだ若い頃――法を破り、危険な実験をする科学者へと堕ちていった、丁度その頃の事だった。

 敬二はその時、新しい実験の為の被検体を探していた。なるべく幼い女子の方が良かったが、安全なルートでのモルモットは中々見つからなかった。

 そこで彼は仕方なく、ごく普通の家庭で暮らしていたすみれという幼子を誘拐し、埼玉の別宅で管理する事にした。

 彼は実に様々な実験で彼女を使用した。彼女はそれについて特に何も思わず、むしろ敬二と過ごす日々が楽しくてしょうがないという様子だった。

 そして、彼女が10歳になった時――敬二は、それまでで一番技術を要する実験を行った。

 すみれの脳と他の被験者の脳を、入れ替えたのだ。実験はなんの問題も無く成功した。

 すみれの肉体を手に入れた被験者は異常に喜び、第二の人生でも送ろうと考えたのか、脱走を試みていた。敬二はそちらを殺処分し、肉体は腐らせない様に保管する事にした。

 一方、40代の男へと変貌させられたすみれは少し悲し気だったが、あまりそれを重く捉えていないらしかった。だから敬二は今までと変わらず、すみれを別宅に住まわせていた。

 これが、17歳で生涯を終えたすみれの人生だった。

「あのすみれがね、民泊をしにきたお客に話し掛けたんだよ。そんな事、前まで絶対にしなかったのに」

「うわぁ、悪い奴だ。お兄ちゃん、お客さんには話し掛けちゃ駄目って、すみれにちゃんと教えてたんでしょ?」

「あぁ。だからおかしいなと思ったんだ。すみれは素直な子だったからな」

 敬二の脳裏に、本来の姿のまま生きていたすみれの姿がふっとよぎった。

 幸せそうに微笑むすみれ。俺の胸に顔を埋め、抱き着いてくるすみれ。

「……それで、すみれにどうしたんだって訊いたんだ。そしたら、『あれはすみれのお姉ちゃんなの』って言うんだから驚いたよ」

「お姉ちゃん?」

 悠太は訝しそうな目をした。

「だって、すみれはちっちゃい頃からお兄ちゃんと一緒に暮らしてたんでしょ? それならあいつの家族だって大分歳食ってる筈なのに、見ただけでそんな事が分かるの?」

「俺もそう思ったよ。でも、あの子は時々鋭いところがあるからな。それに記憶力も良いし」

「ふぅん。馬鹿なくせに」

「まぁ、頭は悪いけどな」

 すみれに嫉妬している悠太をなだめる為、敬二は同調した。

「それで、折角の姉妹水入らずを俺が邪魔するのもどうかと思ってさ。とりあえず1日、2人っきりにしてみたんだ」

「えー! そんな危ない事するなんて、お兄ちゃんチャレンジャーだなぁ」

「そうだよな。俺が誘拐犯だって事をバラされて、逃げられて、通報されたらそれで終わりだったもんなぁ」

 それでも敬二には、姉と2人で話したいというすみれの願いを無下にする事が出来なかった。今まで散々酷い目に合わせてきたが、彼女にはそれなりの愛情を持って接していたのだ。

「で、次の日の朝、あの子達どうなってんだろうなぁって楽しみになって家に戻ったら、唖然としたよ。すみれが刺し殺されてた」

「え? ……すみれ、死んだの?」

「あぁ。多分すみれは、あの女性に急に姿を見せて迫ったんだろう。迫られた方は、声から想像していた姿と違って気が動転しただろうな。それで調理用ナイフを突き刺したと」

 すみれの声が元々のそれと変わっていないのは、声帯を入れ替える手術も行ったからだ。これを成功させるにはかなり苦労したが、敬二はすみれの幼くも綺麗な声が好きだから、そこにはこだわっていたのだ。

「ふーん。……そうなんだ。でも自業自得だよね。なんにも考えずにおじさんの姿のまま出ていくなんて」

「そうか? じゃあ、お前がすみれの立場だったらどうする?」

「僕がすみれで、お兄ちゃんがその姉だったら、って事?」

「あぁ」

 悠太はにっこりと笑った。彼は童顔だから、その表情にはあどけない少年らしさが宿る。

「僕らなら問題無いよ。だって僕らは真実の愛で結ばれた兄弟だもの」

 そう言って、悠太は敬二に抱き着いてくる。

「……そうだな。きっとそうだ」

 そういって、敬二は彼の頭を撫でた。

 ……敬二は別に、悠太を愛してなどいなかった。むしろ気持ち悪くて反吐が出そうなくらいに嫌っている。ただ、自分に従順なモルモットだから養ってやっているだけだ。

 敬二が本当に愛していたのは、多分すみれの方だった。育てていく内に、彼女の素直さや時折見せる地頭の良さを見つけ、どんどん惹かれていった。

 しかし、彼女が求めていたのは血の繋がった家族だったのだろう。敬二の事も慕ってはくれていたが、事あるごとに彼女は『本当の家族に会いたい』と漏らしていた。

 すみれも悠太も、求めているのは結局血の繋がりだ。そう考えると、敬二は悲しくなる。

 けれど、彼らが激しく欲した『血の愛』を、敬二は捨てたし、あの美しいすみれの姉も大切にしてはいなかっただろう。

 まぁ、愛情なんてそんな物だ。そんな物を持っていたって、誰も報われやしない。

 ――敬二は自嘲的な笑みを浮かべてから、愛おしそうに悠太の背中に腕を回した。

「悠太。愛してる」

最後までお読みいただきありがとうございます。

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