1 - hide-and-seek
全員が机の陰に身を隠してから程無くして、魁斗たちが入った戸が開けられた。
「なんなんだよもう……やめてくれよ……」
姿は確認できないが、相当怯えている様子だった。懐中電灯の光がかなり震えているのが見えた。
見回り役の男はなかなか一歩を踏み出さず、至る所を懐中電灯で照らしている。
出口に一番近い場所に隠れている啓も身動きが取れないまま、時間だけが過ぎていく。
誰も音を立てなくなって初めて、非常灯だろうか、電気的な音がどこかで鳴っているのが聞こえた。
ジーッという無機質な電気の音に、微かに虫の声が混じる。
静粛の中に佇む。何十分も経ったような気がする。
「……だ、誰もいないよな……?」
漸く、見回り役の男が動き出した。
緊張なのか恐怖なのか、男は足音を大きく立て、一歩を踏みしめるようにしながら歩みを進めていく。
男が机の一列目に差し掛かる。
足音に合わせながら、啓が少しずつ身体をずらしていく。
男が机の一列目と二列目の間を照らす。
誰もいない。
何も落ちていない。
男はそのまま、二列目と三列目の間を目指し歩いていく。
男の視界に入らないよう、啓が廊下側に回り込む。
それに続くように、二列目の机の間に隠れていた拓も動き始める。
魁斗と駿は男が回り込んでこない限りは見つからない場所にいるため、息を殺してじっと隠れている。
男が二列目と三列目の間を照らす。
誰もいない。
何も落ちていない。
「……っ、すぅーっ、ふぅーっ……」
男は相当緊張しているのだろう、わざとらしくも聞こえる大きな深呼吸をした。
同じ場所から至る所をひっきりなしに照らし続けている。
啓がその隙に出口側に近づいていく。拓は今列を移れば照らし出される危険があるために動けない。三列目の陰に隠れている駿が身をずらす準備をしている。
息を殺す。
空気が止まっている。
光だけがちらつく。
男がゆっくりと動き出す。間隔の空いた足音が響く。
三列目に差し掛かる。駿が身体を徐々にずらしていく。
三列目と窓側の間を照らす。
誰もいない。
……書類が落ちている。
「……これか」
男が大きく息を吐く。安堵したのだろう。
それでも歩みはゆっくりとさせたまま、書類に近づいていく。
啓が少しずつ出口に近づいていく。男は気づいていない。
そのまま、するりと出口から抜け出した。
拓がそれに続こうと機を窺っている。男は書類を掴もうとしている。
駿が列を移ろうとして身を乗り出す。
魁斗がそれに気づく。
(気が逸れてるとはいえその距離はまずいだろ……!)
机の横から低めに手を振って駿に合図を送る。
男はまだ書類を集めている。
(気づけ……!)
手を振り続ける。男にバレれば終わりだ。
紙の束を整える音が響き続ける。
駿が動き出そうと足に力をいれる。
その瞬間、駿が合図に気づき動きを止めた。
駿のいる場所を指差し、掌を見せて「そこにいろ」と合図を送る。
理解したのか、駿は机の裏に回るだけで動きを止めた。
男が紙の束をまとめ終わったようだ。
拓はいつの間にか脱出していたようだった。
「勝手に落ちたのか……?まあ良いか……」
そんな独り言を呟きながら、男が資料を机に戻す。
懐中電灯で壁に掛かっている時計を照らす。9時45分を指していた。
「もうこんな時間か……一回りしないと……」
男はそう言いながら出口へ向かって歩き出す。
服の端が擦れる音を男の足音に紛れさせながら、駿が男の死角に回り込む。
そのまま、男は魁斗達の存在に気づかぬまま職員室を出ていった。
「「……はぁ」」
緊張の糸が緩み、二人同時にため息をつく。
正確にどれ程時間が経ったかはわからないが、啓と拓の二人は外で待っているはずだ。
「……とりあえず、外出るか」
「ああ」
魁斗は机の引き出しに資料をしまって閉め、ゆっくりと立ち上がった。
「あー怖かった!」
「ヒヤヒヤした……」
帰り道。啓と拓とも無事に合流し、四人は夜道を歩いていた。
「でもこれでテストも無くなったし。めでたしめでたしってな」
そう笑いながら拓が握り締めていたテストの束を振る。相当きつく握り締めていたのだろう、テストはくしゃくしゃになっていた。
「しかしまあ、よくあれだけ頭が回るな。合図が無ければ見つかってたかもな」
「そうそう、『見つからない、気付かれないことにだけ気を付けろ。職員室は出なくても良い』なんてすぐ決めちゃってさ」
「まあ俺一番安全なところにいたしな。その作戦は始めから考えてたことだし」
学校は普段から自分達が通うところだ。そこに「侵入者がいた」という事実が見つかるだけでも大きな問題がある。
ならば「始めから誰もいなかった」ことにしなくてはならない。見つかることはおろか、誰かがいたという形跡を残すことも避けなくてはならなかった。
その為今回は隠密行動を徹底し、見回りをやり過ごすことを決断して指示を出したのだった。
「何はともあれ上手く行って良かったな!それじゃ!」
気分上々に拓が十字路を左へ曲がっていく。
「……お疲れさん」
満足げに駿も右に曲がっていく。
二人に手を振り、魁斗と啓はまっすぐ歩いていく。
「そういえば魁斗、教頭先生の机見てたけど、なんか目当てとかあったの?」
「いや別に、なんか重要そうな資料とかあるかなとか思って」
「へえ、結果は?」
「うーん、よくわかんなかったわ!」
「あはは、何それ」
分かれ道に差し掛かる。魁斗の家は右、啓の家は左の方だ。
「んじゃ、おやすみ」
「おう、じゃあな」
分かれ道を曲がり、二人も別れていく。
春先の温い風が二人の背を押す。
少年達の遊びは、始まったばかりだった。
次回は2018/07/12(木) 19:00に投稿します。
とても短い後日談と設定ファイルの投稿になります。