1 - mischief
「し、失礼しま~す……」
「いや、誰もいないから」
「お前めっちゃ呼ばれてるし癖ついてるんじゃねえの」
拓が小さく「うっせえ」と返す。
職員室にもやはり物静かな空気が流れていた。昼間でさえそう騒がしくない部屋だというのに、時間やら雰囲気やらも相まって余計に重々しく感じられた。
「さて……陽葵先生の机だから……」
職員室には教員の机がずらりと並んでいる。全ての机が綺麗に整頓されており、同じ机を大量に複製した列にすら見えた。
「拓ならすぐわかるでしょ」
「クソッ……わかりたくなかった……」
しぶしぶ拓が歩き出す。3列あるうちの入口側、魁斗たちが入ったドアに近い位置に『青井』と書かれた小さな名札の貼ってある机があった。
「あるならこの中だろ……」
金属製の机の引き出しを、音が立たないよう慎重に開ける。
プリントが大量に積まれていたが、一番上に算数のテストが置かれていた。
「これだな」
テストの山を掴み、机の上に置く。
「っしゃあこれでテスト無しか……!」
「でもこれ拓しか得しないじゃん」
拓以外の3人は、小学校の範囲の勉強については何の問題もなくついていけている。拓のみがテストの点数が悪く、テストを忌避しているのも拓のみである。
「じゃあ拓これ持って帰れ」
「え、やだよ」
「お前が一番良い思いしてんだからそれぐらいはしろ」
駿がテストの山を拓に押し付ける。
「……ちぇー、しょうがねえな」
拓がテストの山を渋々受け取る。
「……で、どうすんの?もう帰る?」
「そうだな……」
三人はまだ物足りないといった顔をしているように見えた。
「……もう少し、いろいろ探ってみるか」
そう告げた途端、三人が笑みを浮かべる。やはり皆、まだ満足しきっていなかったようだ。
「……あっ、こいつこんなところにチョコ隠してやがる」
拓が探っていた机の引き出しの奥からチョコを取り出し、自らのポケットにしまう。
「いや、別に隠してたわけじゃないでしょ……」
「生徒には持ってくるのすらダメって言っておいて自分はここで取り出して食ってんなら隠してるようなもんだろ」
「そういうものかなぁ、まあちょっとずるいとは思うけど」
そう言いながら啓も別の机の資料を漁っている。
「そういうもんだろ。それより、これ皆で食っちまおうぜ」
「俺はいらないからな」
いち早く魁人が教頭の机の裏から返答する。
「はいはい、どうせ妹さんだろ」
魁人は以前にも夜食を断ったことがあった。一度だけ夜食を取ったことがあったのだが、歯を磨き直しているところで海にバレてしまいうるさく言われてからその後の誘いは断り続けている。
「まあそうだけど、歯磨き直すのもめんどくさいしな」
「んじゃ、啓、ほい」
拓が引き出しからいくつかのチョコを追加で取り出し、啓に向かって山なりに投げる。
「うわ、暗いんだからやめてよ」
何とかチョコをキャッチし、ポケットにしまった。
「駿も、それっ」
同じように拓がチョコを山なりに投げた。
「……」
「おい、駿」
「っ!?」
呼びかけられていたことすら気づいていなかったらしい駿がとっさに振り向く。
暗闇の中を舞うチョコを捉えきれず、一瞬見えた残像に向かって勢い良く手を伸ばす。
チョコは掴めたもののその手は机に立てかけられていた資料に当たり、資料はバサバサと大きな音を立てながら床に落ちていく。
「あっ……!」
「やっべ……!」
「しまった……!」
咄嗟に駿が資料を拾い集めようとする。
「待て、拾うな!それはそのままにして皆机の間に隠れろ!」
抑えつつ出せる最大限の声で魁人が抑制する。
「えっ……?」
「いいか、よく聞け。すぐ見回りが来るだろうから一回しか言わないからな」
魁人が口を開く。
宿直室のドアが開けられる音が聞こえた。
次回は2018/07/10(火) 19:00に投稿します。