6 - kids
リアル暫く忙しいので遅刻癖(?)はどうにもならなそうです。テヘペロ。
その顔は一切笑っていなかった。
室外だというのに、空気が凍ったように感じた。
「爆発……って……」
「なんでそんなことを……」
「ああ、そうだ」
男の子は彼らが唖然としていることも気に留めず、何かを思い付いたようにまた口を開いた。
「これで俺は宿が無くなっちまったんだよなあ」
また悪戯っぽい笑みを浮かべつつ、一度逸らした目線を再び魁人たちの方に向ける。
何となく次に続く言葉が分かった気がして、魁人は思わず顔をしかめてしまった。
「実質、俺はお前らを助けたわけだよな?そのお礼とか無いのかねえ」
「は?」
「そんな、いきなり言われたって何も……」
困惑し出す啓や拓に愛想を尽かしたかのように、男の子はわざとらしい溜め息を吐いた。
「ちょっと泊めるだけで良いんだぜ?命を救ってもらった礼がそんぐらいで済むんだ、こんなに良い話そうそう無えぞ?」
そこまで黙って聞いていた駿が、耐えきれず口を開いてしまう。
「……さっきから一々、わざわざイラつかせるような言い方するな」
「おっと癪に障ったか?それは失礼」
「……何なんだお前」
駿自身はそこまで怒りを露にしていなかったものの、その話題を切り出してしまったことに、それまで苛ついていた拓が反応してしまう。
「そーだそーだ、さっきからよくわかんねえ言葉ばっか使いやがって」
「いや、それはお前の問題だろ」
「うるせぇ!第一、お前俺らより年下じゃねーのかよ!」
その言葉を聞いた男の子は一瞬固まった後、フッと小さく吹き出した。
確かに、男の子は身長以外をとっても魁人達と同学年には見えない。下手をすれば海よりも年下かもしれない程だ。
「……まあ、そうだよな。急にクソガキがこんなこと言い出したって受け入れられないことなんか分かってたさ」
ドッキリのネタばらしでもするような、呆れてはいないものの何かを諦めたような雰囲気を醸し出しつつ、男の子が続ける。
「悪かったな、久々にまともに話せる相手だったからちょっとからかっちまっただけだ。宿も元から期待してねえし、気にすんな」
そう言うと男の子はそのまま工場から離れる方向へ歩き始めてしまった。
「……え、結局宿とか言うのは?」
海が思わず聞いてしまう。
「んあー?どうにかなるだろ、最悪野宿だけどな。ハハッ」
適当に答えつつ、そのまま男の子は歩いていってしまう。
このままで良いだろうか。
男の子の後ろ姿が、やけに感傷的に見えたのは。
手放して良いのだろうか。
俺は――。
「おい」
決心する前に、口が動いた。
「……ん?」
明らかに自分に向けられた声だったことに気付き、男の子は歩みを止め振り返った。
勝手に口が動くような気がした。
いざその言葉を口に出そうとすると自然に動いてはくれないもので、結局自分の意思で口を動かした。
「……うち、来いよ」
「……え」
声を漏らしてしまったのは海だった。
海以外の皆も、男の子までもが目を丸くして驚いていた。
「ちょ、ちょっと、お兄ちゃん、本気?ほんとに?」
「お前マジか?こんな奴を?」
「うちならまあ使ってない部屋もあるし……まあ、別にいいかって」
「そんな軽く決めたのか!?」
違う。
だが、それを口に出すつもりはない。
「……本当に良いのか?」
男の子の方が困惑したかのように聞き返してくる。
「ああ。来いよ」
魁人に意思を変えるつもりがないことを悟ったのか、男の子はさっきまでよりは悪戯っぽくない笑みを浮かべた。
「……じゃ、お言葉に甘えて」
……これで、良かったのだろう。
きっと。
ぎこちない空気のまま帰路につき、男の子を連れていくため魁人と海は自転車を押して歩いて帰ることにした。
先に帰っていった啓達を見送り、3人は歩き出した。
「……色々、聞いてもいいか」
歩き出して早々、魁人が切り出した。
「答えられることなら」
聞きたいことは山ほどあるが、いざ聞こうと思うと整理がつかない。
「えっと……まず、名前は」
「お前らから名乗るべきなんじゃねえの」
男の子は冷たく突っ返してしまった。
「そんな言い方無くない!?ねえお兄ちゃん、こんな奴に名前なんか教えなくて良いよ」
「う、うーん……」
海が激昂するが、魁人は男の子が突っ返した意味がやけに気がかりになり、海に微妙な反応を返してしまった。
この男の子の正体は全くわからない。
だが、魁人達が不正に工場に侵入したことを男の子は確かに知っている。
そんな相手に、易々と本名を伝えて良いのだろうか。
「……じゃあ、偽名でも良いから」
魁人がそう言うと男の子は少し考えたあと、ゆっくりと口を開いた。
「……神谷 渚」
渚と名乗る男の子は、その名を独り言のように呟いた。
「それ、偽名なの?」
渚は海の問いには答えず、ただ俯いて何かを考え込むようにしていた。
「渚、ね。それで呼ぶよ」
偽名とはいえ呼び名ができたことはありがたいことだった。
「渚はなんであそこにいたの?」
「あー、まあ雇われてたみたいなもんか。開発手伝うから住むとこくれとか、そういう感じ」
「住むところって、あの部屋以外に?」
「いや、あそこで合ってる。流石に頭に来るよなあ」
話から察するに、渚は諏訪製薬に利用されていた、ということだろう。
「じゃあ、あそこを爆破しようとしたのって」
「んーまあ別にそこまでしなくても良かったんだけどな、なんかムカついたから」
話をすることに意識を持っていかれていて忘れていたが、今こうして歩いている後方から突然爆発音が聞こえてもおかしくはないのだ。
その元凶が隣を歩いている。冷静に考えれば凄まじい状況であるはずなのだが。
「……ま、上手くいかなかったみてえだけどな」
「え?」
「後ろ見てみな」
渚に言われるがまま後ろを振り返ると、先程自分達が抜け出した工場から黒煙が上がっていた。
「えっ……!?」
「あの煙な、空気に触れ続けると少しずつ黒ずむんだ。実験室は地下だから、外に出る頃には黒煙に変わる。それを事情をなんも知らないやつが見たらどうするんだろうな?」
「あっ……火事だと思って、通報したら……」
「あそこも隠してること一杯あるからなあ、消防とはいえ外部の奴等に入られたらたまったもんじゃねえだろ」
そんな話をしているうちに、遠くから消防車のサイレンが聞こえた。
「そういや、逆にお前らはなんで居たんだよ。追いかけられてたし」
「あっ……えっと……」
言って良いのだろうか。
素性もわからない渚に、自分達の活動内容を言って大丈夫だろうか。
そんな葛藤をしているうち。
「遊びで入っただけ」
海が答えた。
「ふーん?遊びでこんな物騒なところにねえ」
「そういう遊びだから」
そうだ。自分以外は皆この事を『遊び』だと認識しているのだ。
なんなら全て『遊び』であってほしかった。
全て『遊び』なら――。
そのうち、家についてしまった。
自転車も片付け、家に入る。
海は自室にさっさと向かってしまった。
渚を連れ、書斎に向かう。
父が使っていた部屋だった。
書斎という名前をしているが、本で埋め尽くされた部屋ではないということは、海も知らない。
扉を開く。
「……へえ?」
「暫くはここで過ごしてくれ。他に部屋が用意できたらそっちに移って良いから」
「いや、ここで良い。寧ろここにしてくれ」
部屋には、科学者であった父の残した実験器具が溢れかえっている。
櫻木家の実験室に、一人の小さな科学者がその身を置いたのだった。
次回は2018/12/08(土) 19:00に投稿する予定です。
できたらいいな。




