1 - beginning
夜の住宅街の静けさの中に、虫の声が寂しく混じる。
午後9時前後とは言え、既に人気のない夜道は、彼らのスリルを高めるのには十分だった。
点検されていないのか、弱々しい街灯が照らす闇の中に、4人分の足音だけが動いていた。
彼らの住む新泉町は、都会とも田舎とも形容しがたい中途半端な発展を遂げた。
設備こそしっかりしているものの、従業員が明らかに不足している工場。
見映えだけなら大企業のようでも、ネット検索では11件目以降でしか引っ掛からない程に無名の企業。
一概に小規模とは言えずとも、決して大規模とは言えない病院。
そして、此処――新泉町立新泉小学校は、生徒数も設備も大したことのない、小さな学校である。
「そういえば魁斗、どこから入るつもりなの」
校門の近くまで来たところで、啓が思い出したように訊いた。
「あれ、言ってなかったっけ」
この遊びをスパイごっこと称するのなら、非常口とか窓とかから侵入するのだろう、と3人は考えていたのだが、
「職員玄関」
期待と好奇心のみが、空回りするだけだった。
少し重い扉を、音を立てないように慎重に開く。
明かりの無い校舎から漏れだした空気は冷たく、休み時間や昼時の騒がしさなど微塵も感じられない程だった。
「……近くにはいないみたいだな」
「というか居なくない?外からライト見えなかったけど……」
「宿直室にいるんだろ。見回りって言ったって一日中やる訳じゃ無いだろうしな」
出来る限りで掠らせた小声を発する。
足音を立てないよう、一歩ずつゆっくりと入っていく。
「靴はどうするの?」
「下駄箱の裏に隙間があるから、そこに隠そう。あ、その板踏むなよ、すげえ音鳴るから」
魁斗の指示を受け、靴を慎重に脱ぎ、下駄箱の裏に隠す。
魁斗も靴を隠したところで、駿が口を開く。
「……で、どうするんだ」
「そうだな……」
魁斗が考えていると、拓が一足先に階段の前に立った。
「当てがないならとりあえず俺らの教室行こうぜ」
「めっちゃやる気あるね」
「教室……まあここにいても面白くないし、とりあえずそうするか」
4人は自分達の教室を目指し、登り慣れた階段を登り始めた。
なるべく音を立てないよう、慎重に引き戸をずらしていく。
引き戸の上方に『6-1』と書かれたプレートがついている。魁斗達のクラスだ。
ある程度戸を引き、身を滑り込ませる。
騒がしかった昼間とは違う、静まり返った教室だった。
「うわ、こわ」
「何ビビってんだよ」
拓が教室の入り口で立ち止まった啓の背を軽く押す。
魁斗が近くにあった机に触れる。今の拓の席だ。
「……お前こんな前の席なのに落書きしてんのか」
机には、お世辞にも上手いとは言えない画力で何らかのキャラクターが描かれている。
「良いじゃねえか別にどこでしたって」
「いや、バレたらどうしようとか……」
「平気平気、バレねえって」
「……そういうところは感心するよ」
駿がいつの間にか教室後方にある自分の席に寄りかかっていた。
「しかもこいつ、落書き消さないままだからな。ほら」
そう言って駿が自らの机を指す。拓の机に描かれているものと同じ様な絵が描かれていた。
「ええ……せめて席替えの前に消しなよ……」
「良いじゃん、次の人が消してくれるし」
この学校の机は床に固定されており、椅子だけが自由に動かせるようになっている。
その為生徒たちは席替えをするとき、自らの机の道具箱を持ち移動することになる。
前にその机を使用していた者が何らかの痕跡を残せば、それは次にその席に座る者に受け継がれるのだ。そうしたシステムを利用し、生徒同士で『秘密のやり取り』を交わすものも少なくないらしいが、彼ら4人には無縁だった。
「俺は消してないけどな、面倒だし」
「えー消してくれよ」
「自分でやれ」
そんなやり取りをよそに、魁斗は教員机を漁っていた。
啓が興味を示し近づく。
「なんか面白いものあった?」
「うーん、あんまり良いものはなさそうかな……大事なものは職員室にあるのかもしれない」
そう言いながら魁斗は引き出しを閉める。
「そっか……でも職員室って宿直室すごい近いよね……」
「ああ、それに何を探すのか、それがどこにあるかわかってないで探そうとするとバレるかもしれないしな」
「そういえば具体的に何探すとか、今回決めてないもんね」
過去に彼らが行ってきた遊びには、所謂『ミッション』のようなものを設定していた。
例えば前回の遊びであった廃墟探検なら、奥の特定の部屋に到達したという印をつけるというような、何らかの目的を達成することを楽しみとしていたのだ。
だが今回はまだその目的を設定していない。普段は魁斗の口から宣言されるから、他3人はそれを待つのだ。
「……あっ、やべ、明日の支度終わらせないで来ちゃった」
拓が思い出したように呟く。
「大丈夫なのか?明日はお前のだーいすきなテストの日だぞ」
駿がわざとらしく「大好き」の部分を誇張して冷やかす。
「はぁ!?大嫌いだわあんなん!出来るなら受けたくねえよ!」
「ちょ、ちょっと拓、声抑えて……」
苦笑しながら啓が拓を宥めようとすると、魁斗が何かを閃いたように顔をあげた。
「……それじゃ、そうするか」
そう言ってニッと笑う。3人はキョトンとした顔で魁斗を見ていた。
次回は2018/07/08(日) 19:00に投稿します。