5 - report
遅刻です。皆さん風邪にはどうかお気を付けください。
「……そうですか」
郁は至って冷静に魁斗の報告を聞き届け、話を聞きながら飲んでいたコーヒーを丁度飲み干し机に置いた。
「情報をその場で聞き出せなかったことは少々手痛いものですが、1つ糸口が見つかっただけでも大きな進歩でしょう」
あくまで優しい口調で郁が言う。その言葉に喜ぶ者は居なかった。
「しかし何はともあれ、お疲れ様です」
「……はい」
力無い返事を1つ返す。怒られているわけでもないのに、萎縮してしまう。
それ以上会話は続かず、誰も何も切り出さずに沈黙だけが生まれていた。
結局その後、何度か諭しはしたものの漣は絶対に今は答えないの一点張りのまま事が動かず、ついには漣の方が部屋を出ていってしまったのだった。
魁斗達も必要以上に漣を追うことはせず、ただどこかへ消えていく漣を、まるで見逃すように見送ったのだった。
そのまま魁斗達も『ムーンサイドポート』を離脱し、前もって伝えられていた場所に向かい用意されていた車に乗り『喫茶RaveN』戻って来ていた。
待ち受けていた郁に事の顛末を、漣から事情を訊き出せなかったことまでも含め全てを話した。
何時だったかに流れた過重な空気に近いそれが、その空間を取り囲んでいた。
その様子を見かねたのか、奥から店員の男が出てくる。
「……郁さん。もうすぐ夜ですし、家に帰した方が宜しいのでは」
「……そうですね。皆さん、今日は本当にお疲れ様でした」
郁がそう言うと魁人達は揃わないテンポで席を立ち、トボトボと出口に向かい歩き始めた。
郁は何かを考えるような顔つきで斜め下を見つめ続けている。
そしてそのまま拓がドアノブに手を掛けようとした、その時だった。
「……すみません、やはりもう少しだけ待っていただけますか」
郁が彼等を呼び止めたのだった。
「もう一度席についていただけますか。少々お待ちください」
そう言うと郁は厨房の方へ向かって行ってしまった。
魁人達は大人しく元の席に戻り、黙ったまま席に着く。
だがいい加減静寂に耐えられなくなった拓が、まるで何者かの制止を振り切るかのように口を開いた。
「あのさ、魁人」
「ん?」
「『C.T.』って何なんだ?」
その話題は全く苦し紛れの物でも何でもなく、純粋に気にかけていたことだった。
「あっ、それ私も気になってた!」
「……俺もだ」
拓、海、駿の3人は漣が何故か発した謎の言葉だと思っている。
「うん、僕も気になってた」
「え?啓は知ってるんじゃないの?」
「いや、魁人が急に言ったから」
啓は特に打ち合わせもないままにその名を聞いているのだ。
「急に言ったって、しかも魁人がかよ」
「何かの名前なのか?」
「あー、いや、えーと……」
こうなることなら、出発する前の名前決めの段階で提案しておけば良かったのかもしれない。流れのままに却下されていた可能性もあるが。
「……俺らのグループの名前」
「は!?いつ決めてたんだよ!?」
「そういうことだったのか……」
「わ、悪い、沼尻に聞かれたから咄嗟に答えちゃったんだよ。嫌だったら無かったことにしてくれ」
必死に弁解しようとするが、返ってきた答えは意外なものだった。
「いや、別に嫌でもないというか……かっこよくて俺は好きだぞ」
「うん、なんか面白そうな名前だよね」
「お兄ちゃんがつけた名前なんだから当たり前でしょ!私もその名前好き!」
「良い名前なんじゃないか」
全員がその名前を持つことに賛同したのだ。
「ほ、本当に良いのか?」
流石に綺麗に事が進んでしまっていることに動揺を隠しきれず、思わず訊いてしまう。
「うん、良いと思うよ」
「これから『C.T.』って名乗ればいいんでしょ?」
彼らの意思は変わらないようだった。
だが。
「あっ!一つだけいいか?」
「お、おう」
拓が声をあげる。何か名前について修正が入るのだろう、と予想していた。
「『C.T.』ってどういう意味なんだ?」
しかし名前に修正が入ることは無く、名前の意味を問うものだった。
「確かに」
「なんかの略?」
他の皆も拓の問いから意味を気にし始めている。
だが――。
「……何だと思う?」
魁人は敢えてそれをはぐらかした。
「えー、英語とか?」
「CTスキャンってあるよね」
「流石にそれじゃないでしょ」
「おい俺英語分かんないんだから勝手に話進めんなよ!」
「いや僕らもそんなに分かんないから……」
あれやこれやと話しているうちに、気づけば郁が厨房の入り口に戻ってきていた。
「おや、どうやら私のいない間に明るさが戻っていたみたいですね」
そのまま郁は魁人達のいる机に近づいていく。
「あ、ええ、はい。ところで郁さん、なんで引き止めたんですか?」
「その話をこれからしようと思いまして。皆さん、これからも『C.T.』として活動を続けるつもりなんですよね?」
そう訊きながら郁が皆の顔を見る。誰一人として首を横に振ることはなかった。
「……でしたら、今後活動を続けていく上でもやはり、様々な技術を必要とする場面が出てくると思います」
語りながら郁が一番端に座っていた拓に近づいていく。
「例えば今回。少々強引な手段を使えば、もしかすると沼尻さんは情報を吐いたかもしれない。そう――」
ごく自然に席に近づいたかと思うと、急に郁が拓の胸倉を掴む。
驚いた拓が身を逸らせて逃げようとするが、その前に額に固い何かを当てられ、怯んで動けなくなってしまう。
郁の右手に握られているのは――拳銃だった。
「例えばこんな風に」
冷徹に笑う郁が、瞬間的に不気味に見えたのだった。
次回は2018/10/05(金) 19:00に投稿します。




