5 - contact
確かにその声は『沼尻』と言った。
啓と顔を見合わせる。啓も流石に気が付いているようだ。
会話は続いている。
「ええ、まあ……でも、こうしてここに居られるだけでもまだ幸せな方ですけど」
「そうですか……また何かあれば気軽に言ってくださいね」
「すみません、本当にありがとうございます」
「いえいえ。では」
扉が閉められる。
会話をしていた男がどこか遠くへ歩いて行き、また別の扉を開け消えていった。
「どうしよ……どうしたらいいかな……」
このような状況、そうそうあるものではない。啓は動揺していた。
だが、此処で動かないわけにもいかない。
確かにこれは依頼だが、自分にとっても重要な事なのだ。
「……中、入るぞ」
「えっ、本当に?」
「ああ。話を聞く」
「ねえ、ちょっと、いきなり過ぎない……?」
啓にはまだ覚悟ができていないようだ。どうにかして引き止めようとしている。
「嫌なら俺一人で行く。ここで待ってろ」
「えっ、いや、僕も行くけど!」
「なら来い。ほら、これ」
ポケットからマスクを取り出し、啓に渡す。
「服にフードは……ついてるな、じゃあそれもつけて」
「う、うん」
偶然にもフードのついた服を2人とも着ていた。フードを着用し、マスクをつける。
「……行くぞ」
トラックの陰から離れ、扉に近づく。
啓もしっかりとついて来ている。
扉の前に着く。
一度深呼吸してみる。少しだけ震えは治まった。
この中だ。この先に答えがある。
扉に握った右手の甲を向ける。
ゆっくりと2回、ノックした。
「沼尻さん」
声のトーンを一回り下げ、声をかける。
「……どなたですか?」
部屋の中から声が返ってくる。先程聞いた声と同じだ。
「入ります」
質問には答えず、扉を開く。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
無視して中へ入る。
郁から預かった写真と同じ顔の男が、そこにいた。
こいつが、沼尻 漣か。
「ほ、本当に誰なんですか!何なんですか!」
「あなたに聞きたい話があります。危害を加えるつもりはありません」
あくまで冷静に、落ち着いた調子で話す。
だが相手は味方になるとも限らない。慎重にいかなければ。
「まさかここまで追ってきたんですか!?もう僕に用は無いでしょう!?」
「追う……?どういうことですか?」
「惚けないでください!」
漣は怯えているようにも怒り狂っているようにも見えた。
「俺らはあなたに『倉木総合病院』にいた時の事について訊きに来ただけです」
「やめろ!思い出したくない!」
そう叫ぶと漣は耳を塞ぎ蹲ってしまう。
「何なんだよ!どこまで卑怯なんだよ!こんな子供まで利用して!どこまで陥れたいんだよ!」
相手が耳を塞いでいることはわかっている。
啓が既に扉を閉めていることを確認し、漣に近づき応戦する。
「あんたの過去に何があったかこっちは知らないんだ!それに、俺は別に誰かの手下とかじゃない!」
「そうやってまた騙そうとするんだろ!そんなに言うなら名前の一つでも言ってみせろよ!」
そう言われ、言葉を続けようとした口を噤んでしまった。
名前を明かす訳にはいかない。
名前。
このグループには名前がない。
だが、漣の警戒を解くには、自分達が漣の恐れている『何か』と違うことを証明しなければならない。
その時、一つの名前が頭を過った。
この名前は漣の恐れているそれの警戒を解くのに役立つかもしれない。だが、若しくは――。
「……俺らは」
言うしかない。
言わなければ進まない。
どんな反応が返ってくるかはわからない。
これも一つの手がかりになれば。
そう願って、口を開く。
「俺らの名前は――
――『C.T.』だ」
次回は2018/10/01(月) 19:00に投稿します。




