1 - constellation
夜。
食事を終え、皿洗いをしている魁斗の元に、海が近寄って来る。
「……今日は私も手伝う」
少し頬を赤らめながらそう言うと、兄の横に体を寄せた。
「へえ、珍しいじゃん。何か良い事でもあった?」
「いいじゃんたまには」
乾いた布巾を手に取ると、洗い立ての食器を綺麗に拭いていく。
その様子を、魁斗は微笑みながら横目に見る。
「ありがと。けど、朝の分の食器ならまだあるし、今拭かなくても大丈夫だよ?」
「だからっ、別にいいじゃん」
少し強めに吐き捨てると、また黙々と皿を拭く作業に戻る。
水の流れる音だけがキッチンに響く。
そこまで来てようやく魁斗は、妹がただ自分の手伝いをしたがっていただけだと気づいた。
「ご、ごめん」
「……別に」
頬の赤らみが消えないまま、皿を拭き続ける。
何故、とまでは、魁斗には理解できなかった。
皿洗いも終え、魁斗は二階の自室で待機していた。
ほぼ無音の空間に、無機質な時計の秒針の音だけが鳴り続いていた。
今回の『遊び』に、大した道具は必要ない。むしろ空手の方が都合が良いくらいだ。
(今朝の時点で身軽な服装を選んだのは正解だったな、明日の洗濯物も減るし)
そんなことを考えていると、一階からドアを閉める音がした後、シャワーの音が聞こえ始めた。
魁斗はベッドから勢いよく立ち上がり、一階へと向かう。
海は勘が良い。企みに気づかれないよう、足音を抑えて階段を下った。
風呂場の近くまで来る。海の愛用しているシャンプーの香りがした。
入っているのが妹であることを確認すると、
「海ー!ちょっと外行ってくるからー!!」
と、風呂に向かって叫び、すぐに玄関へと走った。
すぐにシャワーの音が止まり、後方から怒声ともとれるような声が聞こえたが、無視して外に出る。
少し靴の揃えが乱れてしまったが、まあ後でいいだろうと自分に言い聞かせ、ドアを閉めた。
「……毎回大変そうだな」
ドア付近の壁に寄りかかって待っていた駿が、腕を組んだまま魁斗に話しかけた。
「こうでもしないとまたついて来ちゃうからさ」
「そうか」
「他の二人は?」
「まだ見てない」
「なんだつまんないな」
魁斗は玄関前の小階段に腰を下ろし、夜の空を見上げた。
まだ少し青みがかっている黒の中に、点々と星が輝く。
全てが一つ一つ繋がりを持って生まれたわけではないのだろう。
全てが何かの期待に応えて生まれたわけではないのだろう。
バラバラに、散り散りに、夜空に星が浮かぶ。
その散在した星たちを、誰かがありもしない線で結んだ。
人々が、結ばれた星たちを見て話をする。
星たちは、結ばれたことなど知らないだろうに。
結ばれた相手のことすら、知らないかもしれないのに。
「……どうした、上見たまま固まって」
駿が訝しげに声をかける。
「いや、星見てただけなんだけどさ」
魁斗は空を見上げたまま答えた。
少し温かいそよ風が吹く。温かいはずなのに、魁斗はどこか不安を感じた。
「……俺らってさ、いつから一緒に遊んでたっけ」
少し細めな声で、魁斗が呟くように言った。
「2年生のときじゃないか」
「いや、それは分かってるんだけど……もっと細かく」
「もっとって……日付までは流石に覚えてないぞ」
「2年生になって2回目の金曜日だよ」
唐突な第三者の声に、魁斗と駿は揃って驚き、声のした方を見た。
いつからか家の門の前に立っていた啓が、得意気に顔をほころばせていた。
「よくそんな細かいところまで覚えてんな」
啓の後ろに拓も立っていたようで、感嘆よりは呆れに近い感想を吐いた。
「忘れるわけないじゃん、その日僕誕生日だもん」
「……そういえばそうだったな」
「そっか……そういや、お祝いから始めたんだったな」
そう呟くと、魁斗はまた夜空を見上げた。
星は変わらず、1つ1つが煌めき続けている。
やはり線など見えやしない。それでも何故か、繋がっているようだ。
「その頃から、繋げられてたんだな……俺らって」
「は?どういう意味だよ」
他の2人の気持ちを代弁するように、拓がすかさず突っ込む。
「いや、何でもない」
魁斗は目を瞑って下を向いてから、踏ん張るようにして勢いよく立ち上がった。
「さて、皆集まったことだし。行こう」
魁斗が歩き出すと、3人もそれに続いて歩きだした。
またそよ風が吹く。その温もりに、魁斗は心地よさを覚えていた。
次回は2018/07/06(金) 19:00に投稿します。