5 - unnamed
6人、いや、店員の男を入れれば7人もいる空間が静寂に包まれた。
1人は話を聞いていたのだろうが、ただ淡々と事務をこなしている。
1人は思いがけず訪れた沈黙に困惑しつつ周りの様子を窺っている。
そして5人は何を話していたかも忘れているかのような間抜けた顔で1人を見つめている。
静寂を破ったのは困惑した魁人の声だった。
「え、団体名……?」
確かにしっかり聞こえていたのだが、郁の醸し出した深刻な気配とは裏腹に聞こえた単語が聞き間違いであることを疑わずにいられなかった。
「あ、はい……いや、その、皆さん『スパイ』という単語を出すものですから、決めてるのかな、とか」
何か弁解するように焦りつつ郁が言った。
「……確かに、決めてなかったな」
駿が納得するように言ったが、それでもその表情から困惑は抜けきっていない。
「っていうか、名前決めようとか一度も思ってなかった……」
啓は意表を突かれ、気の抜けたような顔で斜め下に視線を向けている。
「言われてみれば確かに無かった……全然気づかなかった」
海は思いもよらなかった事実に気づき驚いていた。
魁人は考え込むように下を向いて黙ってしまった。
拓も皆と同様に困惑して黙っているのかと思われていた、が。
「そういえば決めてなかったな!ここで決めちまうか!!!」
立ち上がりそうな勢いで机に手を突き、拓が叫んだ。
「えっ、今!?」
「おう!名前決めるぐらいすぐ出来んだろ!」
「えぇ……そんな簡単にできる……?」
「出来んじゃね?多分いけるっしょ」
拓が啓や海の不安げな問いかけに適当に返して笑う。
「そんなに自信があるならお前が案出してみろよ」
駿が拓を横目に見ながら煽るように言う。
「うーん、そうだな……」
少し拓が悩んだ後、ポンと手を打ち閃いたような素振りを見せた。
「『スニーカー』とか?」
「なんで?」
「皆スニーカー履いてんじゃん」
「拓にしては思ったより悪くなかった」
「拓、スニーカーって言葉知ってたんだ……」
「いくら何でも馬鹿にし過ぎじゃね?」
「待って拓、私今日はスニーカーだけどいつも履いてるわけじゃないから」
「横から口を挟むようで申し訳ないんですが近い名前の映画がありますね、スパイ映画ではないですが」
「それだと色々とまずそうだし、それはダメだな」
「えー、じゃあ『スパイキッ」
「待てそれ以上は言うな、絶対ダメだ」
「ええ、なんでだよ!語呂も良いし良い名前じゃんか!」
「完全に被ってんだよ!!!」
「そんなに文句言うならお前らが言ってみろよ!」
「え……しゅ、駿、パス」
「いやなんでだよ」
「お前煽ったじゃん」
「いやまあそうだけど……じゃあ、『少年諜報団』とか……?」
「まんまだね」
「普通」
「面白くない」
「急に辛口になりやがって……啓」
「え、僕!?うーん……『ビショップ』……いや、ダメか……『ナイト』……語呂悪いなあ……」
「考えこんじゃった」
「啓はダメだな」
「海は?」
「えっ私!?私はほら、後から入ったし……」
「逃げんのかよー」
「うっさい!!!」
「ひっ、ご、ごめんって」
「……じゃあ、魁人か?」
「まあ順番的に回ってくるとは思ったけどさあ……」
そんなやり取りをしていると、郁がわざとらしく咳ばらいをした。
「……あの、すみません、私から振っておきながら申し訳ないんですけど今決まらないようであればまた別の機会で構いませんから」
「……助かった……」
魁人が小さく呟く。
「それでは、今回は交通手段はこちらで手配させていただきますので。調査の方、よろしくお願いします」
「え?手配?バス代とか出してくれるってこと?」
「いえ、車を手配させていただきました」
「ええっ!?いいのか!?」
先程座ったばかりの拓が驚き、また立ち上がりそうになる。
「それぐらいはさせてください、本来私の方がやるべきことですから」
「なんか至れり尽くせりって感じだな」
「それだけの仕事なんだろ」
店員の男が奥から出て来る。前回のエプロン姿とは違い、黒いスーツを着ている。
「……では、こちらへお願いします」
「今から行くのか!?」
「不都合でしたら日を変えますが」
「い、いや、別に……みんなは?」
拓が周りを見渡すが、誰も首を振らなかった。
「では、よろしくお願いしますね」
郁がそう告げると、魁人は返事代わりにニヤリと笑いかけてみせるのだった。
次回は2018/09/22(土) 19:00に投稿します。




