4 - memory
気付いた誤字をちょっと直しました。
どこ直したかはもう作者自身が覚えてないので書けません。
喫茶店を出ると既に日は落ちかけていた。
元々人通りの少ない閑散とした路地を抜けていく。
普段なら4人揃って歩くときはたわいない雑談を交わしながら楽しげに帰るのだが、この日はそうもいかなかったようだった。
かと言って、全員、雑談を振られれば返すつもりがないというわけでも無いのだが。
「……」
魁人だけが、目に見えて落ち込んだような、何か考え込むような様子を見せたまま黙って歩いていた。
普段と違う魁人の様子に、3人は違和感を感じてしまい自重してしまっていたのだった。
だが帰り道は思ったよりも長く、沈黙は重なれば重なる程にその身にすら感じられる程に辛くなっていく。
まるで誰かの策略に嵌められたかのように、他人の会話すらも聞こえない。誰ともすれ違わない。
ただ虫の声と鴉の嘲笑だけが、彼等の耳を刺激し続けていた。
やがて、その拷問に耐えられなくなった拓が口を開く。
「……えっと、結局あれいつになるとか、言ってたっけ」
誰かの発言を待ってましたという様に、啓が続く。
「い、いや、言ってなかったと思うけど、郁さんいつも仕事早いから、多分そんなに時間はかからないと思うよ」
流石にこれまでの空気には耐えられなかったのか、駿も続いて口を開く。
「……しかし、あんな人が現実にいるとは思わなかった」
「な!映画の中だけだと思ってた!」
「前から知ってたんだけどね……あ、皆も言っちゃだめだからね、郁さんの事」
徐々に普段の調子に戻り始める。
だが、魁人はずっと斜め下を向いたまま何も喋らない。
「しかしあの人もすごそうだよな、なあ魁人!」
拓が何気なく魁人を会話に引き込もうとしてみるが、魁人は返答しない。
「魁人……」
啓が不安そうに声をかけようとするが、その先の言葉が見つからない。
解っている。魁人が気にしている事はあのカルテじゃない。
「何だよ魁人、らしくねえな!もしかして、郁さんが――」
「拓、よせ」
駿がその言葉の続きを察し、拓を引き止める。
そこまで来て、漸く魁人が口を開く。
「……悪いな」
気付けば帰路を随分と進んでいたようで、ここから先は彼らそれぞれの帰路が少しずつ分岐していく地点だった。
この分岐点は魁人と啓、拓と駿のペアに分かれる地点だった。
「な、なんかごめんな!じゃあまた明日!」
「……じゃあな」
拓と駿はそのまま分かれ道を歩いて行ってしまった。
「じゃあねー!」
「……」
残された魁人と啓も、ゆっくりと自らの道を歩き始めた。
また、沈黙が訪れた。
啓は何と声を掛けたら良いのかも分からず、結局何も言わないまま帰るのが最善策か、などと考えていた。
しかし、その沈黙を魁人が破る。
「……俺の事は気にしないでくれ。これは俺の問題だから」
「魁人がそう言うなら……うん……」
申し訳なさと無力感だけが啓の胸を強く突く。
鴉の嘲笑が煩かった。
啓も拓も駿も、魁人の事情を知っている。
郁が、魁人についての情報を持っていて、それを渡さなかった理由も、なんとなく気付いている。
魁人の両親は、魁人の幼少期に行方不明になっていた。
詳しい事情は魁人も話さないが、恐らく覚えていないか、知らないだけだろう。
たとえ知っていたとしても、軽々しく他人に話すような出来事ではない。
そんなことは皆分かっているのだ。だから話さない。口にしない。
郁が情報を持っていたのはきっとそれ絡みの話だろう。
魁人自身が一番よく分かっている筈だった。
結局沈黙が再来し、また分岐点まで辿り着いてしまった。
「……じゃあ、また明日、ね」
「……ああ」
あまりにぎこちない別れの言葉を告げ、そのまま二人は別れて帰っていった。
家に着く。
何も言わず、何も書かず家を出た事を妹が叱りに来るが、明らかに普段と違う兄の様子に気づき労わってくれる。
妹の親切を素直に受け入れ、今日あったことをそのまま全て妹に話す。
当然、自らの事も。
微妙な空気のまま食事を終え、自室に籠る。
ただ無気力に、ベッドに寝転がり天井を見つめる。
時折、当時の光景が脳裏を過る。
その度に頭を振って記憶を振り払う。
今は。
今は違う。
今思い出す事じゃない。
やめろ。
俺をその時に連れ戻すな。
次回は2018/09/10(月) 19:00に投稿します。
まだ未定ですが後日譚になると思います。




