4 - doubt
一瞬、場が凍り付いた。
拓と駿はただただ唖然と魁人を見つめ。
啓はどこか諦めの感情を含ませた表情で透を見つめ。
透――いや、透と名乗った男は、口元だけを笑わせたまま目つきを変えて魁人のことを見つめていた。
挑戦的なその表情のまま、男が話す。
「何を仰っているのでしょう?私は東探偵事務所の東 透ですよ」
その言葉を聞いた魁人が再びニヤリと笑みを浮かべ、男の方へと身を乗り出す。
「貴方こそ何を仰ってるんですか?『東探偵事務所』なんてありませんよ」
「「……!?」」
拓と駿がさらに驚いている。
魁斗が続ける。
「最初からおかしいと思ってたんですよ。最初っから」
「最初っから」の言葉をやけに強調させる。
「私が、貴方の家を指定した時からですか?」
「いいや、啓があんたの名前を出さなかった時からだ」
啓の方を一瞥する。啓はただ下を向いて黙っていた。
「たかがカルテの中身を見るだけで身元をバラせないような奴なんてそうそういないからな。啓から連絡がある前に裏社会とかそっちの方に関係のある人物だろうなとは予想してた」
「……ほう」
男が感嘆するような息を漏らす。
「俺の家を指定してきたのは……色々考えたけど、俺が逃げられなくなる立場になるようにか、俺についての情報を手に入れようとしてたかどっちかじゃないかと思った。だが啓が言うには俺の事を知らないはずの人……だから前者の方が可能性が高いと考えた」
ピクリと男の口元が動く。一瞬笑いかけたようにも見えた。
男の事をじっと見つめながら、魁斗は続ける。
「ただその理由がまだ分からないんだよな。さっき名刺を出す時、まるで何か選ぶように財布の中を見てたし、偽名はいくつか持ってるんじゃないのか?そうだとすれば毎回探偵を名乗るわけにもいかないだろうから、本当の職業も関わってくる理由じゃないのか?」
「気づかれていましたか。いやはや、流石です」
魁斗が冷徹な目つきに戻る。
「……わざとやったくせに何言ってんだ」
その言葉を聞いた男はその顔からわざとらしい笑みを消し、代わりに驚いた顔になった。
「故意であったことも見抜くとは。これはもう隠す必要も無さそうですね、啓君?」
男が啓の方を見る。啓はまだ下を向き続けている。
「だから、魁斗相手じゃ無理だって言ったじゃないですか……」
「……どういうことだ、啓」
睨むかのような目線を啓の方に送る。啓は下を向いていて気付いていない。
「それについては私からお話ししますよ」
男が割って入るように魁斗を制止した。
拓と駿はただただずっと唖然とし、言葉を発せずにいる。
「まずはここまでの無礼、御詫びしますね。啓君が絶賛する魁斗君の事を試したくなっちゃったんですよ、興味本意で。だから啓君にちょっと協力してもらったんです」
改まって男が言う。先程までのどこか作ったような笑顔とは違う、何か裏に隠したような微笑みを浮かべていた。
「推理はほぼ完璧ですね、貴方の家を指定した理由以外は。まあしょうがないですよ、ここまでの情報でそれを推理するのは不可能に近い」
同情するような物言いに少しムッとしたが、特に何も言わずやり過ごす。
「でも候補の中にあったのは惜しかったんですよ?啓君に裏切られてたら見破られてたかもしれませんね」
思い返してみれば、その部分の推理の決定打は啓の発言だった。その発言すら操作されていたということか。
「実は私、貴方の事知ってるんですよ。それは啓君には嘘吐いてもらってたんですよね。啓君、ごめんね?」
「い、いえ……」
啓は下を向いたまま申し訳なさそうに言う。
「……さて、あんまりここを長く話してもつまんないですよね。お教えしますよ。私、本物の名刺は財布にはしまってないんですよね」
そう言いながら男は自らの服の内側を探る。恐らく中に名刺入れか何かが入っているのだろう。
そして男は一枚の名刺を机に置き、それを魁斗達の方へとスライドさせてこう言った。
「西山 郁と申します。
――皆さんは、『情報屋』って、御存知ですか?」
次回は2018/09/04(火) 19:00に投稿します。




