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4 - liar

魁斗が名刺を受け取り、そのまま流れで透と名乗った男が座っていたテーブルに座った。

「あれ、啓君からは5人と聞いていましたが」

「一人都合が合わなかっただけです、気にしないでください」

海は学校帰りにそのまま友人と遊んでいるため普段から帰りが遅く、今日の出発には帰宅が間に合わなかったのだ。

「そうでしたか。ええと、魁斗君というのは貴方のことですか?」

「……はい」

一回り声のトーンを落として応える。

「で、そちらの二人は……」

「あっ、えっと、俺は――」

「あの」

魁斗が強めの口調で拓の言葉を遮る。

「今回の事情って啓から聞いてるんですよね」

「ええ、カルテを見てほしいだとか」

「その入手経路は?」

「聞きましたよ。年齢の割に大層なことを仕出かしてますねぇ、流石です」

煽っているのかよく分からない笑顔で透が話す。

「でしたら、余計な詮索は止めてくださいませんか。不利になりたくないので」

「ちょ、ちょっと魁斗……」

啓が不安そうに魁斗の方を見る。

「そう言われましても、依頼者様の最低限の情報はこちらでも管理させていただきませんと」

「なら依頼者は俺一人にしてください」

「そう言われましてもねぇ……」

啓も拓も駿も、どうすれば良いのか分からずただ黙っていた。

そこへ、店員の若い男が注文を取りに向かってくる。

「……ご注文、お決まりでしょうか」

「ああすみません、この子達まだメニューも見てないので。もう少し後でお願いできますか」

「……かしこまりました」

「すみませんね」

店員は静かにその場を去っていった。

透がメニューを拓に渡す。

「この場に居る以上、情報を共有していることと同義ですので。無関係とは言えませんしね」

「俺か啓に連絡がつけばいい話でしょう。こいつらの情報は捜査にも必要ない」

強く言い放つ。

「強情ですね……仕方ない、そこまで言うなら諦めますよ」

やれやれと言った顔で、透は諦めてくれたようだった。

言い合いから逃げたいのか、拓と駿はメニューを凝視していた。


「……さて、気が済んだのならファイルを……」

「あっ!」

突然、魁斗が大声をあげる。

「なあ啓、今スマホ持ってるか?」

「えっ何、持ってるけど」

「今日帰り遅くなるかもしれないって書き置きするの忘れてた、う……い、妹が多分もう帰ってるから電話させてくれ」

ギリギリで『海』の名前を出さないように回避し、慌てたように言った。

「良いけど、カルテは?」

「悪いけど啓が話を聞いといてくれ、すまん!」

啓が戸惑いながら差し出したスマートフォンを受け取り、魁斗は小走りで店の外へ出ていった。

その様子を何も言わずただ見ていた透は、フフッと小さく笑った。

「……すごいですね、魁斗君は」

「なんか、すいません……」

啓が魁斗の代わりに謝るように言う。

「いえいえ、お気になさらず」

「えっと、それで、このカルテなんですけど……」

そう言いながら啓がファイルを透に渡そうとした。

「……その前に、やはりそちらのお二人からお名前をお訊きしておきたいのですが」

「えっ」

啓だけでなく、拓も駿も驚いて透の顔を見ている。

「さっき諦めるって……」

「申し訳無いですがこれも仕事上必要な事なんですよ。魁斗君の前ではそう言うしかなかったんです、すみません」

透が申し訳なさそうな表情で苦笑いを浮かべる。

それに同情してしまった拓が、メニューを駿に預けた。

「ま、まあそういうこともありますよね」

本音を言えばよく状況が分かっていないのだが、とりあえず共感した素振りだけ見せておく。

「仕事柄上そういう人にもよく出会いますから。慣れっこですよ」

「そうなんですか……」

先程までのやり取りと、透の表情を見ているうちに、だんだんと透のことを不憫に思えてくる。

だが魁人が必要以上に思えるほどに透のことを疑っているのも事実であり、魁人の味方であることもまた事実だ。

「ではすみません、お名前、お聞かせ願えますか」

いざそう言われてしまうと、魁人に加担するべきなのか、透に同情して打ち明けるべきなのか揺れてしまう。

拓は俯いてしまい、ずっと押し黙っていた。

そして暫く誰も一言も発さず、沈黙が流れた後。

拓が口を開いた。

「……えっと、名前でいいんですよね」

「出来ればフルネームでお願いいたします」

丁寧な口調で透が答える。

「あ、はい……えっと、俺の名前は、佐原――」


その瞬間、店のドアが勢いよく開き、ドアベルが煩く鳴った。

「ごめん、お待たせ!!!」

十分すぎるほど大きな声を上げ、魁人が戻ってきた。

「うわっ、びっくりした!」

葛藤の末に名前を言いかけていた拓が驚きのあまり身体を飛び跳ねさせた。

「ははっ、ごめんごめん」

朗らかに笑いながら魁人が席に戻ってくる。

「いやー、ちょっと時間かかっちゃったよ」

啓にスマートフォンを渡し、先程まで座っていた場所に座り直す。

「妹さんは平気でしたか」

笑顔を崩さず、透が言う。

「ああ、全然大丈夫ですよ。だって――」

魁人が不敵な笑みを浮かべた。

「――あれ、嘘ですから」

「は……?」

啓たち3人は訳が分からず、ただ唖然としている。

透は笑顔を崩さず、魁人の言葉の続きを待っていた。

「まあ色々やってたから遅れたんですけど。それを言う前に、一つ訊かなきゃいけないんですよね」

一瞬のうちに魁人がその顔から笑みを絶やし、冷徹な目で透のことを捉えた。


「あなたの、『本当の名前』を、教えていただけますか」

次回は2018/09/02(日) 19:00に投稿します。

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