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1 - lure

「ああーっ!!またハイスコア逃したぁ!!」

「最近そればっかりやってるけどよく飽きないよね」

「…………」

ある家のリビングにて。三人の少年達は、各々の趣味に没頭して暇を潰していた。

「別に何やってたって良いだろ、自分が楽しけりゃ」

そう言って佐原(さはら) (たく)は、一度テーブルに投げ捨てたゲーム機を拾い直す。

「いやまあ良いんだけど……あ、これここの方が良いかな」

岩本(いわもと) (けい)が独り言を呟きつつ、チェスの駒を動かす。

「…………」

寡黙を保ったまま、古川(ふるかわ) 駿(しゅん)は読んでいる本のページをめくる。

そしてまた彼らは各々の趣味に没頭し始め、部屋には沈黙が訪れた。

その場に小学生特有の無邪気さは無いが、重たい空気が流れているわけでもなかった。

それなりに明るく、それなりに広いリビングに、拓がボタンを押すカカカッという音だけが響いていた。


数分が過ぎ、拓はもう一度ゲーム機を放った。

「あー駄目。今日これ無理だ」

拓は椅子をテーブルに戻すと、玄関に向かって歩いていた。

「あれ、どっか行くの」

「流石に遅すぎるから見てくる」

彼らは、一人の少年を待っていた。

「……あまり遠くに行くなよ」

「親かお前は」

駿の冗談に突っ込みつつ、拓が玄関のドアの鍵を開け、取っ手に手をかけた。


瞬間、

「ただいまー!!」

ドアが勢いよく開き、家中に大音声が響いた。


「うわああぁぁぁ!?」

「あ、おかえり」

「遅かったな」

尻餅をつく拓をよそに、啓と駿は大音声の主に声をかけた。

「わりいわりい、目の前で鍵開いたからびっくりさせてやろうと思って」

無邪気に笑いながら、彼――櫻木(さくらぎ) 魁人(かいと)は、三足揃った靴の横に自分の靴を並べ揃えた。

「……ったく、あまりに遅いから俺が親切に探しに行ってやろうと思ったのにさぁ」

「なんだ、迷子にでもなってた方が良かったか?」

「自分の住んでる街でそれはないでしょ」

啓が突っ込みつつチェスの駒を動かす。魁斗と拓はリビングへと戻った。

心なしか、部屋には明るみが戻り、三人に活気がついたようだった。

魁斗はランドセルをテーブルの傍に置き、荷物を整理し始めた。


「遅刻癖はいつもの事だが、今日はやけに遅かったな」

駿がふと思い立ったように聞く。

「ああ、先生とちょっと話してて」

「何お前、呼び出しでもくらってたのか?」

「悪いけどお前と違って成績悪くないから」

拓が「うるせえ」と返したが、ゲーム機を叩く指を止めることはなかった。

「前も聞いた気がするけど、魁斗ってなんであんなに成績良いの」

「どんな勉強するのか、もう中身知ってるからじゃねえかなあ……あと、それ初めて聞かれた」

体育着を洗濯カゴに入れつつ、思い出すように魁斗は答えた。

「えっ、予習なんかするんだ」

「するしかなかった、の方が正しいけどまあそれはいいや」

啓はその言葉に疑問を覚えたが、深く追求するのはやめておくことにした。


少しして、魁斗が「よし」と小さく呟き、ランドセルの蓋を閉じた。

「さて、今日は皆に提案があるんだけどさ」

三人は各々の手を止め、魁斗の方を見た。

「提案?遊びか?」

「まあ……今はそう思ってもらっても構わないかな」

拓は首を傾げる。

「……またロシアンルーレットとかじゃないよな」

「もしかして駿、前回ハズレ引いたの根に持ってる?」

「別に」

駿は下を向くが、本は既に閉じていた。

「で、どんなの?」

啓の顔は好奇の色に染まっていた。

魁斗は啓の顔を一瞥して小さく微笑むと、ゆっくりと口を開いた。


「今日の夜……学校に、忍び込んでみないか?」


三人は固まっていた。魁斗は過去にも、この集まりで遊びの提案をしたことが何度かある。

そのどれもが、普通の小学生なら中々実行しないであろう、興味を引くものだった。

「お前……マジで言ってんのかよ……」

しかし、今回の提案は、

「お前の提案とは思えないな」

散々刺激を与えられてきた彼らにとって、

「なんだ、期待して損しちゃった」

あまりにベタで退屈で、無価値なものに感じられたのだ。

「ちょ、待って、まだ全部話してないから」

「どうせ暗い所探検しようぜってそれだけだろ?」

「それだったら僕この前の廃墟探検の方が良いなあ」

拓と啓が魁斗の話を遮り、勝手に話し始める。

「だから待てって、そんなつまんねえ話なわけねえだろ……よく考えてみろよ」

駿が本を読み直そうと伸ばしかけていた手を止めた。

「……今日、見回りだからか」

「あっ、そっか今日金曜日だ」

彼らの学校では、週末のみPTAの有志の者が夜間の校舎を見回る制度があった。

誰が何故そう決めたのかはPTAの役員ですら知らない者がいる程だが、本来知るはずのない生徒たちが知っている程に有名な制度でもあった。

「そういうこと。だから、気づかれないように――」

「スパイってことか!?すげえ!!!」

拓が魁斗の話を遮る。

「どうしたの、急に乗り気になっちゃって」

「いやぁ、スパイってかっけえじゃん?憧れてたんだよ」

「……お前もしかして、この前テレビでやってたスパイ映画見たのか」

「ばれた?」と照れ笑いを返す拓に、駿は呆れていた。

啓が何かに気づいたように、はっとして魁斗の顔を見る。

「……あれ、でも、今日の夜、ってことは」

「ああ。だから今は、一旦解散だ」

魁斗のその一言の直後、三人は揃って片づけを始めた。

彼らが帰る支度を整え外に出ると、夕陽はもう沈みかけていた。

「それじゃ、また後で」

啓は振り返って律儀そうに会釈をすると、先に家を離れた二人を追いかけて走っていった。

魁斗は、帰っていく三人を見送ると、啓に返却された合鍵をはがれたレンガの裏に隠した。

家に戻ろうとする魁斗に、鈴のような音と一人分の足音が近づいてくる。

「あ、お兄ちゃん。ただいま」

「おかえり、海」

魁斗の妹、櫻木(さくらぎ) (うみ)は兄の姿を確認すると、嬉しそうに駆け寄る。

魁斗は海と共に家に入ると、二人分の夕食の用意に向けて腕まくりをするのだった。

次回は2018/07/04(水) 19:00に投稿します。

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