3 - deceive
3階。
此処は殆ど病室のみで構成されている階であり、入院患者や見舞いの者が多く見られる。
代わりに医師や看護師など従業員はあまり見られず、監視の目という意味では他の階に比べて甘いものだった――
――筈なのだが。
「ねえ君たち、もしかして迷ってるの?」
声を掛けられることなど、予想だにしていなかったのだ。
唐突に後方から声を掛けられ、驚きつつ振り返った。
「えっ」
突然で上手い対応ができず、声にならない声を漏らしてしまう。
海は魁人の左手を強めに握っている。
「どなたのお部屋を探してるのかな?」
「あっ、えっと……」
そうだ。相手はあくまでこちらを『ただの子供』としてしか認識していないのだ。
相手が何かを隠していようと、俺達は何の脅威でもない。
適当にごまかせばこの場はやり過ごせるだろう。
「わからないけど親を待っている」と口に出そうとした。
その時、拓の顔が頭を過る。
そういえばあいつにも同じ事を教えた。
あいつと駿は2階にいる。あそこも病室のあるところだ。
あいつは多分同じ状況に陥れば全く同じことを言うだろう。
仮に、その事情をこの人が、もしくは拓が話した相手に聞かれたらどうだ?
確かな証拠がないとはいえ多少は怪しまれるかもしれない。
できるだけ避けた方がいいだろう。
ならどうする?
適当に近くに見えた名前を言うか?
いや、それでその部屋まで付き添われてしまったらどうするのか。
此処にいる相手に血縁関係はない。それは相手からばらされてしまう。
だからと言って他に保護者代わりになる者がいるわけではない。
誤魔化しきれるわけがない。
どうする……?
目の前で看護師が心配そうにこちらを見ている。
最善策も思いつかず、適当な言葉を返してしまおうかと口を開きかけた、その時――
「……ねえ、お兄ちゃん……ちょっと……」
海がぐいぐいと服の裾を引っ張る。
いつの間にか手を離し、看護師から隠れるように魁人の後ろに立っていた。
「ど、どうした」
「だから……」
語調を曖昧にしつつ、何かを訴えるように魁人を見ている。
左手で魁人の服の裾を引っ張り、右手は下腹部の方を抑えるように……
そこで魁人はハッと気づく。
「す、すいません、妹がトイレに行きたいって言うんで探してたんです」
看護師の方を向き、咄嗟に答えた。
「あらそうなの。トイレならあっちにあるからね」
「すいません、ありがとうございます!」
「ねえ、早く……」
海はその間ももじもじとしている。
すぐに海の手を取り、看護婦が指差した方へ駆け出した。
「危なかった……」
「ビックリした、急にお兄ちゃん黙っちゃうから」
2人はトイレの前まで来たが中には入らず、物陰に隠れて一息ついていた。
「拓も同じ事言ってたら後々困るからな……ってかお前入んなくていいのか」
「……ふふっ、お兄ちゃんも気づかなかったんだ」
海が小悪魔のように笑う。
「まさかお前」
「あんなの演技に決まってるじゃん!騙されてやんの」
「……やるな」
魁人の脇腹をつんつんとつつく。くすぐったさに思わず手を払い除けた。
「……とにかく、階段の前までは来れたな」
「トイレの目の前で良かったね」
トイレと反対側の壁、突き当りに近い方に階段の入り口があった。
「……ここ、監視カメラ見えて無さそうだな」
監視カメラは反対側の突き当り付近に一つ設置してあるが、若干下を向いている。
恐らくこの突き当りまでは映っていないだろう。
「じゃあ、入るならここ?」
「ここまで来るのにカメラに映りにくいルートもありそうだし……選択肢の一つとしてはありだな。後で皆と相談して決めよう」
「そっか。……ねえお兄ちゃん、お手柄だよね、私」
海が改まって魁人の方を向く。
「ああそうだな。まだ終わってねえけど」
「褒めて」
「直球だな……はいはい」
海の頭を撫でてやる。
「がんばったなーえらいぞー」
「もっと感情込めて!」
「めんどくせえなお前!」
2人が同時にプッと吹き出す。
暫く、海の頭を撫で続けてやった。
「さて、そろそろ行くか。時間も近いし」
「行き方も分かったしね!」
「ああ。とりあえず戻って、皆と話そう。あと、その前に階段も調べないとな」
2人は階段の入り口へ向かって歩き出した。
次回は2018/08/17(金) 19:00に投稿します。




