1 - resolution
下校のチャイムが鳴り響いた。徐々に慌ただしくなる校内から、わらわらと生徒たちが出ていく。
我先にと群衆を走り抜け下校する者、友人と談笑しながら帰路につく者、
校内から中々出てこない友人を待つ者、1人黙々と帰宅する者……。
この世界は物騒だ。
人の手に作られたものが、人を殺す。
殺し道具になり得るものが、世界中に転がっている。
彼らはそれに気づいていなくても、世界は変わらず回り続ける。
彼ら自身が異常でも、世界は普通であり続ける。
彼らのうち何人が気付いているだろうか。
何人が知らずに生きているだろうか。
彼らはそれを知った時、何を思い、考え、生きていくのだろう――。
少年は、窓の外に見える生徒たちの観察をやめ、ため息をつく。
「あれ、魁斗くん、まだ帰らないの?」
資料の整理を終え、職員室へ向かおうとした教師が、少年の存在に気づいた。
魁斗と呼ばれた少年は、机に座ったまま窓から見える空を見上げていた。
「……先生は、自分が次の瞬間死んでいるかもしれないって、考えたことありますか」
「またそういう話?」
教師は呆れたかのように軽く笑みを漏らすと、持っていた資料を教卓に置いた。
「嫌でしたか」
少年はなおも空を見上げている。
「ううん、ただ、よく思いつくなあって」
教師は近くにあった椅子を引き寄せ、ゆっくりと腰掛けた。
「それに私、こういう話好きだから」
「そうですか……。それで、思います?」
「うーん……」
教師は少し考え込んだ後、空でも見るかのように天井を見上げた。
「さっきこうしたら死んでたかも、はあるけど、次の瞬間っていうのはないかなあ」
「そう、ですか……」
少年は机から降りると、窓に寄りかかって俯いた。
「魁斗くんはあるの?」
「なかったらこんな話始めませんよ」
「あ、それもそっか。えへへ」
少年は呆れたように息を吐く。その頬は微かに緩んでいるようにも見えた。
「………………。」
暫し、沈黙が流れる。
「……あれ、何で思ったとか聞かないんすか」
「いくら私でも一人の教師なんだから。生徒の秘密には踏み込まないよ」
教師はしたり顔をしてみせた。彼女の癖である。
「なんだ、意外とちゃんと教師してるんですね」
「なにそれ、馬鹿にしてるの?」
少年は頬を緩ませ息を漏らす。教師もつられて笑った。
初めに漂っていた過重な空気は既に流れ、過ぎ去ってしまったようだった。
「……よし、決めた」
少年は机の上に置いてあるランドセルを手に取り、慣れた仕草でそれを背負った。
「え?決めたって、何を?」
「さっき秘密には踏み込まないって言ったばっかりじゃないですか」
笑いながら教室の出口へ向かう。
「秘密だなんて聞いてないもん」
教師は茶化したようにそう言いながら、座っていた椅子をしまった。
「言わないから秘密なんですよ」
少年はそう言って微笑みながら軽く一礼すると、そのまま前を向き走っていった。
教師はそれを見送ると、何気なく少年が外を見下ろしていた窓に近づいた。
「……ほんと、面白い子」
先程まで少年がしていたように机に腰かけ、同じ窓から空を見上げる。
その日の空は、日が暮れるまで雲一つない快晴だった。
次回は2018/07/02(月) 19:00に投稿します。