2 - behind
壁にじっと張り付き、極力体を動かさないよう注意しながら耐える。
足音が近づく。手が震えていた。
ふと、自分が来た方に視線をやる。
3人は不安そうにこちらを見ているが、恐らく今のこの状況には気づいていないだろう。
「向こうへ行け」とサインを送ろうと手を振ろうとするが、大きく振ることができないため3人は気づかない。
最大限の範囲で手を振る。サインを送ろうとしていることに気づけばいい。
振りながらも部屋の内部の変化を必死で感じ取る。
横目に見た窓から漏れる光には影は映り込んでいない。それ程近くない位置なのだろうか。
足音は近くに動いてきてから止まった。壁のすぐ反対側というわけでもないだろうが、近いことは確かだ。
今更、踏み締めている床が金属製であることに気づく。余計に動けなくなった。
3人の方に目をやる。まだ動いてはいないようだが。
啓がもぞもぞと動き出したのが見える。ポケットに手を突っ込んでいるようだ。
(……双眼鏡か)
手を振るのをやめ、「向こうに行け」というサインに変えようとする。
その瞬間。
足音が動き出した。
こちらに近づいている。
窓枠に影が映った。
影が少しずつ大きくなっていく。
咄嗟にサインを「そこでじっとしてろ」と変える。
その間にも足音は近づいてきている。
啓が双眼鏡を下した。2人に何か伝えているようにも見えるが、暗い上に遠くてよくわからない。
3人は動かない。恐らくサインが伝わったのだ。
後は全てをやり過ごすだけだ。
足音が止まった。
壁の裏だ。
今俺がいる壁の。このすぐ裏だ。
紙が擦れ合うような音が聞こえる。
書類か何かを整理しているのだろうか?
此処の裏に何かあるのかまでは確認できなかった。
作業をしているのはわかる。
しばらくここからは離れないだろう。
万が一外に出てくるようなことがあれば逃げ出すしかない。
ならばどこを通るべきだ?
あの日は説明会が終わった後、正門を通された。
ここから正門に向かって走るのか?
ダメだ。その間に子供の体格だったことがバレる。
体格程度なら、とは先程発言したが、だからと言って簡単にバラしてもいい情報ではない。
そうなればこの周辺で全力で撒くしかない。
姿を確認される前に身を隠すしかない。
できるか?
参ったことに、中に入れば構造を確認できるという思考に支配されていたせいで事務所周辺の構造が分からない。
身を隠す場所など、そう簡単に見つかるか?
あの日に見ておけばよかった。
今更悔やんでも仕方ない。
最悪、そうなったらどうにかするしかない。
そうならないことを祈るしかない。
手が震えている。
やるしかない。
時間が長く感じる。
学校に忍び込んだ時とは大違いだ。
あの時俺は安全な場所にいたから冷静な判断ができたのだ。
3人が「怖い」と発言した理由が、今身に持って理解できた。
俺の番か。
やるしかない。
体感ではもっと長く感じるが、恐らく5分程経過した。
足が痺れていないか不安になるが、それを確認しようと動くこともままならない。
身体が持ちこたえてくれることを祈りながら、じっと耐える。
漸く、足音が動き出した。
中へと戻っていく。
影も小さくなっていった。
ゆっくりと身体を動かし、窓にそっと近づく。
相手は後ろを向いているはずだ。窓を覗いてもバレることはない。
中を覗く。
(……あの日の奴だ)
説明会の担当者。確実にそいつだった。名前は忘れたが。
他に誰かいるだろうか?いや、それを確認する暇はない。
足音を殺し、ゆっくりとその場を離れる。
音が立ってしまっているような気がする。
頼む。
バレるな。
なんとかその場を離れ、金属製の床から身体を離した。
作戦を変えなければ。
3人の元へ走り出した。
次回は2018/07/23(月) 19:00に投稿します。




