2 - ennui
多少日常が解れようと、変わらぬ顔をして日は巡る。
凄惨な事件が起きようとも、不可解な現象が起きようとも。
準備していたはずの算数のテストが1枚を除いて全て消え去っていても。
解れは誰も気付かぬ間に消え去るか、世界のどこかに残されたまま息を潜める。
不完全な世界が今日も回り続ける。変わらぬ日常と思い込む。
「――このようにして、この部分は成型されます」
スライドの画面が切り替わる。完成した何らかの製品の写真が写っているが、この中にそれを理解している者は片手で数えられる程しかいない。
「では次、こちらの製品について説明をいたします」
担当者が話を続ける。まともに話を聞く人数も減った。
魁斗が回りを見渡してみる。
啓は頑張って話を聞こうとしている。多分理解は追い付いていないのだろう。
拓はプリントに何か書き込んでいるが、手の動きが文字を書くそれではない。落書きだろう。
駿はいたって真面目に話を聞いているように見える――が、魁斗にはわかる。あれは話を聞いていない。
当の魁斗は話を理解してはいるものの、そもそも興味がないので適当に聞き流していた。
今日は新泉小の6年生全体で工場見学に来ていた。
見学先は日下部精工。新泉町にある大きな工場だが、その業績は世間一般には知られていない。
まともに稼働している瞬間を見た者は少なく、一部では「綺麗なだけの廃工場ではないのか」と疑われる程だった。
勿論そんな事はなく、こうして工場見学が行われているのだが。
見学案内を担当する者が2名しか居らず、尚且つ肝心の製作現場は企業秘密で見せられないと言い張り、小難しい説明のみを延々と受けている。
おまけに紹介する製品は何に使うのかもパッとしない、それについてはまともな説明もいれない、子供たちはもはや時間の無駄としか思えない時間だけを過ごさせられていた。
聞く限りは特殊な機械のパーツだとか、特別な作業を行うための道具らしいのだが、詳細が伝えられない以上理解も困難だった。
当然生徒達の大半は既に興味を失っており、退屈な時間だけが過ぎていた。
「――という工程を経て、こちらの製品は完成します」
スライドが進む。
真っ黒な画面が表示された。上部に小さく「スライドショーを終了します」と表示されている。
「……以上になります。お疲れ様でした」
漸く長い説明会が終了し、生徒達もやっと解放されるとため息を吐き始めた。
「えっ、あの、質問って……」
「これにて見学は終了になります。出口はこちらになりますので、案内いたします」
「は……?」
魁斗の言葉を無視し、担当者はさっさとプロジェクターの電源を落とすと資料をまとめ、出口へ向かって歩き始めた。
「ひ、陽葵先生、普通ここで質問とか」
「うーん、私もそう聞いてたんだけど……確かに時間過ぎちゃったしね」
魁斗達の担任教師、青井 陽葵も困惑した表情を見せていた。
しかし立場的にもあまり強く言えないのか、担当者を問い詰めるような姿勢はとらず、素直に担当者に従って生徒達を出口へと誘導し始めた。
「……うーん」
何か引っ掛かるものを残したまま、魁斗も仕方なく出口へと向かっていった。
帰り道。
「なあ、結局今日のってどういう話だったんだ?俺わかんなくて聞いてなかったけど」
「……俺も聞きたい」
「うーん……僕もわかんなかった……難しく話されちゃうとどうしてもね……」
やはり皆分かる訳がなかった。
あれは明らかに説明する意図のない話だった。
「……魁斗?なんか考えてる?」
「うーん、なんというか、説明する気無かったんだろうなあって」
「はあ?なんだそれ」
当然拓は話が始まって早々聞くのをやめているので、小難しい説明しかされていないことも知らない。
駿が何かに気付いたように口を開く。
「……隠してたってことか?」
「え?ああ、確かに、言われてみれば」
「なんかそこまでして隠したいものでもあるのかなあ」
啓が呟く。
拓がその言葉に目を輝かせた。
「じゃあ俺らでその隠してるもの盗みに行こうぜ!スパイだ!!」
「「はあ……?」」
啓と駿は困惑していたが。
「……ありだな」
魁斗は、意外にも乗り気になっていた。
次回は2018/07/16(月) 19:00に投稿します。




