勇者 1
一文入れ忘れと下げ忘れに気づいたので修正しました。
申し訳ありませんでした。
麟太が去った後、残された大星たち三人は迷っていた。
麟太のように物理的に迷っていた訳ではなく、何をするべきか迷っていた。
「麟太君を探しにいこうよぉ」
「いや、それだけはない」
「えぇ!?」
浩太の提案は大星に一蹴された。
涙目になって視線で抗議する浩太。
そんな浩太を大星はばっさりと切り捨てた。
「麟太がロリンのスキルを持っているなら無痕跡が使える。というかこの豚の首を一撃で落としていたから確実に使えてるだろう。だとすれば追いようがないし、もし痕跡が残っていたとしてもあのあほみたいに速いロリンに追いつけるはずがない。よって探すだけ無駄だ」
切り捨てられた浩太は、それでも友達が心配で何とか理屈の穴を探そうとうなりながら考えたが、無理だった。
「じゃ、どうすんの?」
豚人間と小人がいなくなり、多少落ち着きを取り戻した貴が聞いた。
大星は淀むことなく答えた。
「麟太を待ってここに残るか、森を出るため動くかだ。麟太と合流できればロリンのスキルで危険はほぼなくなるといっていいだろう。ただ俺はあの麟太がここに帰ってこれるとは思えん。一日待って、と出来ればよかったんだが、残念ながらこれがあるからな」
大星の親指が豚の頭を指し示す。
「血の匂いで肉食獣でもやってきたらアウトだろう。こんなのがいるんだ、来る肉食獣がただの狼や虎ってことはないだろうな」
「ただの狼や虎でもいやだよっ!?」
浩太が悲鳴を上げる。
それを苦笑いしながら見た後、大星はぼそっとつぶやいた。
「異世界、だろうなぁ…」
「…それな」
そのつぶやきはしっかりと貴には届いていたようだった。
ちらり、と貴のほうを見る大星。目が合い、笑いあう。
「まさか、自分たちがこうなるとはな。確かによく異世界で無双してぇとは言ってたけどなぁ」
「ほんとそれな」
「貴は魔法に革命を起こしたい、浩太は内政職極めたい、麟太は――」
「「猫耳奴隷幼女ハーレムを築いて隠居したい」だったよな」
「そうだな」
再び見つめあった後少しの間、二人は腹を抱えて笑った。
「さて、とりあえず動くか」
三人は、とりあえず豚の死骸から離れることにした。
麟太を待つ、という決断になったとしても、ロリンのスキルがあるなら一キロぐらいは誤差ということで動くことにしたのだ。
服装は三人とも学ランで、靴は上履きのため森を歩くような装備ではないが、ないものねだりをしても仕方がないのだ。
歩き始めた三人は、三〇分と経たないうちに何かの音に気づいた。
それはがちゃがちゃと、たくさんの金属がこすれぶつかる音だった。
三人は大星の指示のもと、すぐに茂みに隠れた。
近づいてくる音。
確信は持てないが、大星は自分たちに向かってきているように思えた。
向かってきている者たちは敵か味方か。判断のつかない大星は決断した。
小声で二人に告げる。
「もし相手がこちらに気づいているようだったら、俺が出る」
「大星!?」
浩太が小声で叫ぶという器用なことをした。
「それで相手が俺を害するようなら全力で逃げろ」
「でもそれじゃあ!」
「しっ!もうくる」
貴の読みどおり、すぐに彼らは現れた。
人間だ。
全身を鎧に包まれた十人程度の集団が、大星たちがもといたほうから現れた。
彼らは三人が隠れる茂みの近くで立ち止まった。
先頭の一人がかぶとを脱ぐ。
短く刈り込まれた黒髪に頬に走る傷跡。鋭い黄色い瞳はすべてを見通すようだった。
事実その瞳は、まっすぐと茂みの中の大星を射抜いていた。
すっ、とあきらめて大星が茂みから出る。
現れた学ランの少年を見つめる二〇の瞳に映る色は、安堵。
困惑する大星を余所に、十人の男たちが跪きかぶとを脱ぐ。
そして先頭の男が口を開いた。
「オークの死体を見つけもしやと思いましたが、ご無事でよかった。勇者殿よ」
「うっそだろ…」
茂みに隠れたままの貴の声は、やけに響いた。
【名前】タイセイ
【職業】なし
【称号】勇者
【LV】1
【体力】10
【魔力】5
【力】15
【防御力】5
【すばやさ】8
【知力】12
【技能】なし
「まじかよ…」
貴の言葉と、二人も同じ気分であった。
森を抜ける道中いろいろな話を聞いた。
異世界からやってきたものを勇者と呼ぶこと。
召喚は基本城内で起こるが、稀にこのようなことがあること。
召喚は彼らの意思に関係なく行われていること。
勇者には徹底的なサポートをする用意があること。
魔族と呼ばれるものがいること。
見た目は人間と変わりがないこと。
魔王と呼ばれるものが数百年前から君臨しているらしいこと。
魔族と今戦争状態にあり、劣勢を強いられていること。
戦ってくれるとうれしいが、強制はしないということ。
話を聞いている途中で大星は口の動きと聞こえる言葉がかみ合っていないことに気づいた。どうやら不思議な何かで言葉が通じているらしい。
その他いろいろな話を聞いたが、一番衝撃を受けたのはやはりこのステータスであった。
麟太がロリンだったことから、大星はソードマジックファンタジーに近い世界なのかと思っていたが、全然違った。
色めき立つ大星たちに、一番隊隊長ルークが困ったような顔で聞く。
「本当に今すぐ探さなくてよろしいのですか?」
「あぁ、問題ない」
「その、リンタ殿が向かった方向には獣人族の国があります。獣人族は百年前のあることから人間、特に勇者を恨んでおりまして…」
獣人族についても大星たちは聞いていた。
人間と獣の体を持ち、武を尊び、家族を愛する。
好戦的で身体能力が高く、獣のようにすばやく地を駆け、その一撃は大木を倒す。
老若男女皆兵。
それが獣人族。
「…まぁ、問題ないだろう。探しては欲しいが、今から行って追いつけるとも全く思えないからな」
大星は麟太について全く心配していなかった。
獣のようにすばやく地を駆けた程度で麟太に追いつけるはずもないし、そもそも本気を出したら透明人間だ。
「そうですか…いやすいません、勇者殿たちを疑っているわけではないのですが、勇者というのは最初は一般人より少し強い程度というのが通常でありまして、その」
「いや、あいつは普通じゃないから安心してくれ」
「はぁ…」
あまり納得していない様子の隊長を尻目に、大星は麟太のことを思った。
どうせ猫耳祭りとか考えてるんだろうな、と。
本日、もう一話投稿しようと思っています。
数字の表記についてですが、試行錯誤していまして、ぶれぶれになるかもしれません。申し訳ありません。
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