5 襲撃者と父
「ひっぐ…ひっぐ…」
泣き続けるシャロを包み込むように抱きながら、左手で背中をなでるロリン。右手には漆黒の刀身を持つダガーがしっかりと握られている。
七体の人型敵対生物は迷うことなくこちらに向かってきている。
豚人間たちや猫忍者とは違い、明確にこちらを認識している。
シャロが森広域に響き渡るように泣き叫んだのだから、ある程度耳が良ければ位置を特定するのは容易といえば容易なのだが。
ロリンは近づいてきている者は十中八九敵だと思っているが、もしかすればシャロを助けに来た善意の知的生命体が、シャロを泣かせた原因たる自分に敵意を向けているだけかもしれないとも考えていた。
その場合シャロが泣いていると、誤解からいらない争いを生んでしまうかもしれない。
戦闘になって負ける気はしないロリンだったが、しないでいい戦闘はしないほうがいいと考えていた。なにせしないでいい戦闘の場合、シャロの仲間が相手だ。戦いに勝って誤解が解けたらはい仲直りというわけにもいかないだろう。心象が悪くなれば今後の行動に支障が出かねない。
ロリンにとってシャロを泣き止ませるのは急務であった。
普通に敵であったとしても、泣いていれば判断が遅れ万が一が起こる可能性があがってしまう。
それにロリンは泣いている少女より笑っている少女のほうが好きだった。
急務である。
「大丈夫だよ、わたしはシャロの事を嫌いになったりしないよ」
慈しみと親しみをこめた瞳でシャロを見つめる。
今も刻一刻と敵が近づいてきているのがロリンにははっきりとわかっており、もうわずかにしか時間がないこともわかってしまい、焦っていたが、そんな感情は一切表に出さなかった。
「…本当?」
目を真っ赤にしたシャロが、上目遣いでロリンを見つめ返した。
「うぇひ」
邪な感情が表に出た。
「ぅえええええん!!」
泣き止みかけたシャロだったが、ロリンから禍々しい何かを感じて腕の中から逃げてしまった。
猫耳の力か、その動きは子供とは思えないほど速く、さらに最悪なことに襲撃者の方へと向かっていた。
焦るロリン。もう時間はない。
「ああごめんごめん待って待って!」
ダガーを片手に持ったままシャロを追いかけるロリン。
「ぅわあああああん!!」
泣きながら逃げるシャロ。
もはや誤解とはいえない状況になっていることに、焦るロリンは接敵するまで気づかなかった。
夕焼けに染まる森の木の、五メートル以上の高さが裕にある枝の上から、音もなく五つの人影が降りてきた。
非凡な運動能力を示したその者たちは、全員獣の耳としっぽを持っていた。猫耳にうさ耳、熊耳、ねず耳、顔が丸まる犬の犬人間とも言うべきものもいた。例外なく男であったのがロリンは残念で仕方なかった。
よく見れば、襲撃者はみな人間の体と獣の体を疎らに持っていた。顔が丸々犬の男の手足は人間のそれだった。
彼らの三者三様ならぬ五者五様の武装は、とても整っているとは言いづらかった。一人を除いて。
防具と呼べるものはほとんどなく、ほぼただの服であり、急所の一部に動物か何かの皮を使った部分鎧といえなくもないようなものをつけているだけだった。それがなんともいえないちぐはぐ感をかもし出している。
また武器も武器といえるようなものではなく、錆びついた剣から始まり酷いものは剪定ばさみのような大き目のただのはさみである。
だが一人は違う。
両手には小太刀に似た武器を持ち、その体はいつしか見た忍者装束のような服で覆われていた。
顔を見れば猫忍者本人でないことはわかるが、関係者であろう事は一目瞭然である。
何より猫耳であった。スキンヘッドに猫耳であった。ロリンは勘弁してほしかった。
そんななんとも形容しがたい集団は、樹上からシャロとロリンの間をめがけて飛び降りてきた。
が、本気を出したロリンが一瞬でシャロとの距離をつめたため、シャロとロリンを分けようとする相手の目論見は失敗に終わった。
ロリンの異様な速さを見て、一瞬目を見開いた襲撃者たちであったが、すぐに険しい目つきに戻り各々の武器を構えた。
しかしすぐに襲ってくるようなことはなく、いつでも行動に移れる体勢を四人が取ったまま、ただ一人装備のいい男が隙なく前に出てきた。
ロリンは、いつの間にか装備していた白いダガーもあわせ二つの得物を両手に握り、背後にシャロをかばいながら油断なく全体の動きを見ていた。
忍者風の男は七メートルほどの距離を残して止まると、口を開いた。
「その娘に、何をしようとしていた人間」
その言葉に感じ取れるものは、怒り。
ロリンは迷っていた。
シャロと同じく獣の耳やしっぽを持ち、言葉から感じられる感情は大切なものを害されそうな者のそれだ。
シャロの仲間である可能性が高いと思われるが、確信はできない。
なんだかちぐはぐなのだ。
装備は村人改、といった程度なのに、驚愕からの立ち直りは歴戦の戦士のようであった。
もし、これが弱い風を装っているのであれば、この言葉から感じられるものも演技かもしれない。
そもそも自分に人の言葉の真偽を見極められるような慧眼はない。
そう考えたロリンは、なんと答えたものかと悩んだ。
だが相手は時間をくれる気はないようだった。
「答えぬなら斬るぞ!」
殺気のこもった目でロリンを睨み付けながら叫ぶ男。
焦って何か言おうとして、ロリンはふと思い出した。
彼らが来るまで自分が何をしていたのかを。
凶器を持って泣いている少女を追い回していたぞ、と。
ロリンはなんと答えるのか決めた。
「誤解なんです」
「ふざけるな!シャロには指一本触れさせん!」
言うが早いか、叫びながら飛び掛ってくる男。
迎撃の準備をするロリンに、そういえばいつの間にか静かになっていたシャロの呟きが聞こえた。
「お父さん…」
ロリンは確信した。
これはいらぬ争いだ、と。
突っ込んでくる父の二振りの小太刀を、二本のダガーで持って迎撃しようとしたロリンだったが、樹上から飛び降りてきていなかった残りの二人が放った吹き矢をはじいたおかげで隙ができた。
「獲った!」
確信した父の鋭い二撃を、ロリンは残像すら見えそうなすばやさでもって懐へと飛び込むことによってかわす。
「何っ!?」
自信満々ではなった一撃を難なくかわされ驚く父の鳩尾に、ダガーの刀身とは逆のほうを当てにいくロリン。
「ん???」
しかしその一撃はロリン自身が途中で起動を微妙にずらしたため、見込んだほどのダメージを与えることはできなかった。
「がっ!?」
それでも呻き声をあげる父からすぐに離れ、ロリンは不思議そうな顔で周りを見渡した。
そして何がわかったのか納得したようにぽんと手をたたいた。わざわざダガーを一度空中に投げ。
「てめぇ…ふざけやがって!」
シャロの仲間の襲撃者たちは激怒した。当たり前である。どうみてもなめられている。
少し前に、心象が悪くなると今後の行動に支障が、と考えていたことをロリンはすでに忘れているのか。
得物を離したその隙を、樹上の二人は見逃さなかった。今度は矢を射掛ける。
二本の殺意が、無防備なロリンの背中を襲う。
しかしロリンは、背後から空気を裂き飛んでくる二本の矢を、振り返ることもなく掴んだ。
そしてお返しとばかりに足元の適当な小石を二つ拾い、すさまじい速さでもって投げた。
吸い込まれるように小石は二人の眉間に当たり、二人は樹上から落ち意識を失った。
投げたダガーが落ちてくるまでにそれを終えたロリンは、くるくると回りながら落ちてくるダガーをうまく掴み構えなおした。
すると、先ほどの攻防の間に父以外の地上の四人がロリンを囲んでいた。
犬頭、うさ耳を生やした強面の男、熊耳をつけた痩身の男、ねず耳を持つ小柄な男という感想を言いづらい集団だ。
錆びた剣二本と一本の粗悪な槍。加えて剪定ばさみと八つの射殺すような視線に囲まれたロリンは、困った。
ロリンはとりあえず話を聞いてくれなさそうな父と樹上の二人を一度静かにした後、彼らとお話をするつもりだったのだ。
だから刃は向けずに気絶させるだけにし、穏便に済まそうとしたのだ。途中で少し気になったことがあったので多少予定は狂ったが、こんな親の仇を見るような目で睨まれる覚えはなかった。
どうやらロリンは大事な前提を忘れているようだった。そもそも子供の仇のような状態だったということを。
ちらり、と隙間からシャロを見ると、おろおろと何をしていいのかわからないといった様子であった。目を見ればうるうるしていた。
シャロがうまいこと言ってくれればなんとかなるのに、と考えたロリンだったが、それが酷であることもわかっていた。
ついさっきできた友達兼命の恩人がお父さんと仲間たちと戦っているという状況で、すでにいっぱいいっぱいであろう。
どうしたものか、と考える時間はやはり与えられず、四人が襲い掛かってくる。
何とかこれ以上険悪にならないように、とロリンはとりあえず誤解を解く努力をしてみることにした。
「せいっ!はぁ!」
「あのぉ、誤解なんですよ」
熊耳が扱う錆びた剣をかわしながら話しかける。
「やっ!はっ!」
「わたしはあなたたちと争う気はないんです」
ねず耳が繰り出す槍の穂先をダガーでそらしながら話す。
「はいっ!やあっ!」
「最初はシャロが襲われるかもと思っていたんですけど」
犬頭が放つ剪定ばさみを足でそらしながら説得する。
「おらぁ!どっせい!」
「シャロの仲間だってわかったからもうわたしたちは戦う必要はないんです!」
うさ耳が振るう剣を槍やはさみをぶつけて相殺しながら結論を出す。
「「「「ああああああああ!!!!!!」」」」
答えは更に過激さを増した攻撃だった。
ロリンの説得は彼らには馬鹿にされているようにしか思えなかったのだ。
自分たちの全力の攻撃に汗ひとつかかず息ひとつ切らさず言葉を返された彼らのプライドはずたずたであった。意地にもなる。
そして自分の言葉にまったく耳を貸そうとしない彼らに、ロリンもだんだんいらいらし始めた。
結果。
「四つも耳ついてんだろうが一個ぐらい貸せやおらァ!!!!」
犬頭の鳩尾に蹴り、うさ耳のあごにこぶし、ねず耳の後頭部に峰打ちならぬ腹打ちを食らわせ、すぐに一人残った熊耳の股間に膝をいれた。
「ふぃ~」
崩れ落ちる四人の中心で、すっきりした表情のロリン。
そんなロリンの目に、厳しい表情をした父が写った。
ロリンが説得をしているうちに復活していたのだ。
あんな浅い鳩尾打ちだったのだ、逆に今まで復活しなかったことのほうがロリンには不思議だった。
歯を食いしばり、眉間にしわを寄せながらゆっくりと近づいてくる父。
なぜか小太刀を抜かずに向かってくるその姿に、ロリンは首をかしげる。
近づくにつれ増して来る威圧感に、ロリンが一歩後ずさろうとしたところで父が動いた。
「すまなかった!」
猫耳のついたスキンヘッドの頭を地面にこすり付けて父が謝った。
ジャパニーズトラディショナル土下座である。
「は?」
ロリンはわけがわからなかった。
一日一話ペースで更新しているはずです。
次は閑話のようなものをはさみます。
誤字、言葉の誤用、感想を伝えていただけると非常にうれしいです。