1 迷子
やわらかい木漏れ日が満たす森の中、静寂が四人を包んでいた。
ここにいる誰一人として今起きている出来事を正確に把握できているものはいなかった。
大星、貴、浩太はてっきり麟太が出てくるものだと思っていた。麟太以外が出てくるにしても、学校の誰かか見知らぬこの状況を説明できる者だろうと思っていたし、まさか見知ったゲームのアバターが出てくるとは微塵も思っていなかった。
ロリンにしてももうすぐ逆鱗が手に入る、と思っていた時に突然荒地から転移した挙句、ゲーム内では絶対に見ないであろう顔を三つも見てしまい混乱している。
四人が四人混乱した頭で、それぞれ状況を何とか把握しようとした結果、非常によくわからないことになった。
「ロリン…いや麟太、全身整形したか?」
「いやしてないよ何言ってんの。それよりお前ら何?自分そっくりのアバターとか作ってたの?めっちゃ似てるよ誇っていい」
「やべぇよ…やべぇよ…」
「麟太君がロリンちゃんでロリンちゃんが麟太君?ロリンちゃんは実は実在していてそれを正確に再現したのがロリンちゃん?」
「落ち着くんだ浩太、ロリンは俺の理想の幼女そのものだぜ!」
「お前こそ落ち着けロリン…た、答えになってないぞ」
「ロリンでいいよ大星、というかゲーム中に実名しゃべるのはマナー違反…というかお前ら顔さらして大丈夫なん?」
「うっそだろ…」
「つまりロリンちゃんは麟太君の憧れで防衛機制の同一視?」
「ええい!一回黙れ!」
誰が誰に話しかけていて誰に答えているのかもわからない混沌とした状況を、大星がとりあえず一喝して収めた。
大星は三人がきちんと黙ったのを確認してから息を大きく一回吐いて、片手を前に手のひらを見せる形で出した。
「一旦整理しよう」
大星の言葉に、三人は一応落ち着きを取り戻し一度黙った。そしてそれを確認した大星が、今日起きた出来事をまとめロリンに伝えるため言葉を発そうとした時、ロリンが人差し指を唇の前に立ててそれを制した。
「どうした?」
大星が声を潜めて聞く。
ロリンは目を瞑って少し考えた後小さな声で言った。
「数六、大一小五、二足歩行、数百メートル」
それは何者かが近づいてきているという報告だった。
それを聞き浩太と貴は青ざめ、大星は真剣な表情になった。
「人か?」
「たぶん違うね、大きすぎるし小さすぎる」
「俺たち狙いか?」
「それもたぶん違う、のんきに歩いてる。たまたま進行方向に俺たちがいるだけだと」
推測を聞いた大星は、いつもソードマジックファンタジーでするように最終判断を出した。
「とりあえず準備はするが即時の敵対はなし。知能があれば俺たちに何が起こったのか知っている可能性がある。それに…ロリンはスキル使えてるよな?」
「?もちろん」
「正確に何が起こっているのかは全くわからないが、俺たちはお前と違ってアバターじゃない、生身だ。スキルもないし超人的な身体能力もない。戦闘には参加できない」
「…了解。じゃあ俺が矢面に立って交渉、お前たちは隠れて見てるでおけー?」
「問題ない」
短い作戦会議を終えた二人はすぐさま行動を起こした。大星は震える二人を何とか動かして共に隠れ、ロリンは純白と漆黒のダガーをスカートの内側に隠し、森で道に迷って不安になっている少女っぽいと自分で思う表情を作りながら何者かの接近を待った。
そして森の茂みを押し分け現れたのは――
「ぶぶう?」
豚だった。
「ぎぎぎぎゃあ!」
「ぶぶぶう!」
正確には豚の顔を持った二メートル強の人型と、緑の肌をした一メートルほどの人型五体だった。
両種共に衣服といえるようなものはまとっておらず、手に持っているのは武器といえるか怪しい棍棒ともいえぬ木の棒のみ。
ロリンを見る瞳の奥の嗜虐的な色を隠そうともせず、どう良く見ても友好的には見えない。
「こ、こんにちは~」
それでもロリンはとにかく敵意がないように見えるように微笑んで挨拶した。
「ぶもう!」
答えは木の棒の上段からの本気の一撃であった。
ロリンは悟った。
「これは話が通じない畜生の類です隊長!」
武道のぶの字もないただの力任せの一撃をロリンは軽々と身をひねってよけ、スカートの内側から得物を抜いた。
「ぶぎい!」
自分の攻撃がよけられたのが悔しかったのか、怒ったような顔になった豚人間が再び力任せに今度は横なぎに棒を振るう。
その攻撃をロリンは右の漆黒の刃で上に受け流しながらしゃがみ、左の純白の刃で足を切りつけながら背後に回りこみ、流れるような動作で豚の首を落とした。
ごろん、と先ほどまでぶうぶうと醜く顔をゆがませていた頭が地面に転がり、遅れて首から血が噴き出した。
すっ、と返り血を浴びないように優雅さすら感じる所作で身を引いたロリンは、まだ何が起きたのか理解できていないようにボーっとしている緑の小人たちに語りかけた。
「こんにちは」
小人たちは必死の形相でばらばらに元来たほうへと逃げ出した。
ぽつん、と笑顔で取り残されたロリン。数秒後我に返り、鬼の形相に変わった。
「あ待てごらぁ!挨拶を受けたら返さなきゃいけないと古事記の時代から決まってんだぞ!」
ロリンはそのまま逃げた一体を追って走り出した。
「おいまて麟太!」
隠れていた茂みから飛び出した大星の声は届かなかった。
ロリンは困っていた。
結局あの後五体の小人を血祭りに上げた。
一体ずつ探し出し挨拶の大切さを説こうとしたらみな一様に死に物狂いで攻撃してきたため仕方なかったのだ。
ロリンは困っていた。
たとえ必死で逃げようとも風のようなと形容できるようなすばやさを持つロリンにとってそれに追いつくのは苦ではなかった。
しかし問題は五体であったことだった。
五体ともばらばらの方向に逃げ出したため探し出すのに時間がかかってしまったのだ。
結果。
ロリンは迷った。
見知らぬ森を適当に走り回れば当たり前のようにそうなる。
そしてロリンはソードマジックファンタジーでもよく迷子になっていたいわゆる方向音痴であった。
迷わぬ道理がなかった。
さらに見知らぬ森で一人、という不安からはやくもとの場所に戻ろうと焦り、風のような速さで適当に駆け回った。
さらに深く迷った。
「やべえ…どうしよう…」
ロリンのつぶやきは森に虚しく吸い込まれていった。
一日一話ペースになると思います。
間違った言葉の使い方から何から何かありましたらお伝えいただけるとうれしいです。