14 真の忍者
本日もう一話投稿する予定です。
三つの牙ホォクを気絶させたあとロリンは駆け足でユームたちに合流しようとし、引き返した。
「うん、完璧」
ホォクをどこで覚えたのか普通ではない縛り方をすると、今度こそ走ってユームたちの方へと向かった。
ユームたちの現状を探知スキルで探ろうとしながら急ぐロリンは、急速にこちらに近づいてくる影に気づいた。
隠密系スキルを使いやり過ごそうかと考えて、思い直す。それは、近づいてくる相手が何者か気づいたからだった。
何者かが音もなく森を駆け、ロリンの背後に回りこみ、その無防備な背中にに魔の手を伸ばそうとしたところでロリンは振り返った。
反撃を警戒し驚くべき急制動をかけて飛び退った敵に、ロリンは攻撃するでもなく純白の刃を突きつけて言った。
「覗き魔!」
「ぬ!?」
その敵は覗き魔、もとい十傑が一つの牙、クーガであった。
クーガは浅くない怪我を負っていたが、その傷も強い獣の血のおかげか既にふさがりかけていた。
めったなことでは傷つかず、傷ついても立ち上がる。ゆえに十傑、ゆえに一つの牙。
その一つの牙は、突如覗き魔扱いされた。
あのとき完全に気配を消していたロリンにクーガは全く気づいていなかったので、突然謂れもない蔑称を突きつけられたと感じたクーガは、目を丸くし眉根を寄せながら困惑した。
ハンディアローを使わざるを得なくなったホォクの助太刀に向かう道すがら、その窮地に立つ味方がいるであろう方向から現れた不審者に後ろから詰め寄り誰何せんとして、なぜ覗き魔扱いされるのか一切わからなかった。
まだ小さく成人もしていない少女に、と考え、終ぞ三つの牙が気づかなかったことに気づいた。
「お主、人間か」
「うん」
ロリンは、何を当たり前のことを聞いているんだこいつと思いながら答えた。
だがクーガや十傑らからしてみれば当たり前のことではない。
そもそも人間が森の深いところに来るのが稀であるし、その人間が隠れ里を襲撃している十傑と出くわすなど考えもしないことだ。
三つの牙が気づかなかったことを責めるのも酷だろう。
何せロリンは超高速で森の中を走り回っていたのだから。
クーガの眉根が更に寄る。混乱は深まった。が、迷いはなくなった。
自分のほぼ完璧な奇襲を見抜いたことから、なぜここにいるのかは全くわからないが、ホォクの危機の原因はこの人間であると考えて間違いないと判断した。
「三つの牙を、ホォクをやったのは貴様か?」
困惑から一転、闘志をむき出しにして問うクーガ。
対するロリンは、そういえば覗かれたけど気づかれてはいなかったことを思い出し、認識を改めながら答えた。
「たぶん」
実際ロリンは自信がなかった。ユームは一人でいるのはほぼ確実に三つの牙だ、などといっていたが彼女は三つの牙を見たことがなかったからだ。
だがその曖昧な答えでクーガは十分だった。
もとより人間、獣人の怨敵である。なぜここにいるかもなぜ三つの牙と戦うことになったのかもわからないが、何であれ敵に相違はないのだ。
にやりと獰猛に笑い、二本の小太刀を抜き右手に持つ一振りを突きつけて言った。
「ならば、一つの牙、クーガの相手もしてもらおう」
「お、おう」
わずかな間に表情を変え続けるクーガに少しひきながら、ロリンもまたダガーを構えた。
「ふっ!」
「おおっ!?」
まず攻めたのはクーガであった。
自らの宣戦布告を相手が受けた直後、恐るべき速さで間合いをつめた。
瞬きする間にゼロになる二人の距離。
まるで生き物のように有機的な動きでもって迫るクーガの小太刀。
それをロリンは難なく弾いた。
一合打ち合ったのみで、クーガは大きく下がった。
「ぬ、貴様本当に人間か?」
「おおぉ~」
クーガは、ロリンの動きに警戒度を一つ上げた。
技術は明らかにこちらが上。相手はフェイントにも対応できていない。が、反射神経とすばやさのみでもって弾かれた。
そして、弾かれたときに手に受けた衝撃はもはや子供のものとは信じられぬほどのものだった。
十傑最強にして完全なる獣人の自分を上回るその身体能力から、人間かと疑うのも無理ない話だった。
一方ロリンは、宣戦布告から攻撃に移る早さにさすが忍者とよくわからない感動をしていた。
表情を硬くするクーガと、笑みすら浮かべるロリン。
ロリンのその笑みを、クーガは余裕ととった。
実際ロリンに余裕はあるのであながち間違いともいえなかった。
クーガは、小細工は通じぬと考えた。
先のユームとの戦いでは技能を一度しか使わなかったが、今度は逆に技能を多用する作戦を取ることに決めた。
剣を振るい体を捌く技術は、相手の超越的な身体能力の前では通じない。
しかし見たところ相手の動きは我流、ならば技能の隙を突くようなまねはできぬだろう、と考えたのだ。
考えをまとめるまでにかかった時間はわずか数秒。ロリンはまだ感動しているだけである。
攻め方を決めたクーガは再び一瞬で間合いをつめた。
「幻影剣!」
下がってすぐにまた突進してきたクーガに驚くロリンに、すかさず技能を叩き込む。
二振りの小太刀が同時に袈裟切りの軌道を描く。
驚愕していながらもとっさに自らの武器を合わせたロリンは、更に驚愕する。
自分のダガーと打ち合ったはずの小太刀の感触がなく、すり抜けるように刃をすべりダガーを潜り抜け、ロリンの首筋を狙い迫ってきたのだ。
幻影剣、一度目の迎撃を、まるで影を切ったのかと相手に錯覚させながらすり抜け、がら空きの体を狙う凶悪な技能である。
よけるという選択を取ればただの双方向から来る袈裟切りなのだが、はまると非常に恐ろしい技能であった。
しかし、ロリンは化け物であった。
「あっぶねぇ!」
「なにぃ!?」
受けるという選択をしておきながら、とっさにしゃがんでよけたのである。
「お返しだい!」
「がッ!?」
そしてよけると同時に、相手の懐に入り込み、昨日ユームにくらわせたように鳩尾への一撃を加えた。
昨日と違ったことは、ロリンが途中で軌道を変えることなく的確すぎるほど的確に勢い良く鳩尾を打ったことと、相手が一つの牙であることだった。
「ん?」
「くっ!」
結果として、昨日と同じく首をかしげることとなった。
クーガは、鳩尾を打たれるぎりぎりのところで自ら身を引き、後ろに飛んで衝撃を逃がしていたのだ。
もちろん軽くない衝撃が急所を襲ったが、ロリンが期待するほどの効果は得られなかった。
「んん~?」
昨日と違い確実に当てたはずなのに、やはり昨日と同じく結果がでず不満な顔を浮かべるロリン。
対してクーガは、苦い顔を通り越した顔をしている。
相手は、警戒を一段階あげても足りぬほどの化け物であった。
人間の限界を軽く超えたそのすばやさに、生半可な技能では技能そのものが隙となると考えを改めるに至った。
ならば打つべき手は、一つのみ。
クーガはロリンと向き合いながら、一度小太刀を懐に収めた。
いぶかしむロリンに、クーガは凶悪に笑い、言った。
「今から切るのは、切り札であり秘伝だ。私がもし万が一負けて死んでも、他言無用を頼めるか?」
「いや、自信ない」
即答だった。
一瞬あっけにとられたクーガだったが、すぐに再び笑顔に戻った。
「そうか、ならば必ず勝たなければな」
言い終わり次第、クーガは一つ深呼吸をして、手を動かし始めた。
「おおっ!」
それをロリンは黙ってはいないが邪魔をせずに見た。
忍者大好きロリンが邪魔をするはずがなかった。
それは、印。
印を結ぶといわれる行為。
即ちそこから導き出せるクーガの切り札、秘伝とは――
「影分身」
忍法である。
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