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12 一つと五つの牙

 ロリンが戦士たちから離れて少し、すぐに十傑と隠れ里の勇士は相見えた。

 獣のようなすばやさで走る二組に、八〇〇メートルなど目と鼻の先でしかなかった。

 お互いを確認した両陣営は、速度を落とさず、何も語らない。

 宣戦布告も降伏勧告もない。

 そんなものは五年前に済ませていた。

 隠れ里の戦士は三十数人。

 隠れ里全体の人数が五十数人ということを考えると、獣人の国民皆兵という言葉は誇張でもなんでもないことが分かる。

 戦わない獣人は、国脱出の際に二度と戦えぬほどの怪我を負ったものか、もしくは老人や一〇に歳が満たない子供だけだ。

 戦えるものはみな戦う。そんな玉石混合の勇猛な戦士たち。

 対するは、獣人の国最強の一〇人のうち八人。

 戦いが始まる。


 十傑の先頭を走っていたのは、一つの牙、最強の男、クーガだった。

 里の戦士の先頭を駆けていたのは、五つの牙、誇り高き男、ユーム。

 ロリンから忍者装束と称された似通った装備に身を包んだ二人は、無言で同時に二振りの小太刀を抜いた。

 そして数度切り結び、向かい合って止まった。

「思ったよりも、見つかるのが早かったな」

「それはこちらの台詞だ」

 クーガは十傑の接近のことを、ユームは隠れ里のことを言っていた。

 一言言葉を交わした後、再び切り結ぶ。

 同じ構え、同じ太刀筋。

 それは、二人の関係がただの敵同士ではないことを何よりも明確に語っていた。

 先ほどよりも長い打ち合いが終わり、再び止まり、言葉を交わす。

「衰えてはいないようだな」

「そちらもな」

 それ以降会話はなく、ひたすら切り合う。

 小太刀だけでなく足も体もすべてを使った、しかし技能だけは使わない攻防。

 同じ構えに同じ切り込み方、同じ体捌き。

 同じ武道か何かに則っている思われる二人のその動きは、違う動きをしていながら鏡写しの様と思わせるものがあった。

 が、その錬度、精確さは微かに違った。

 同じものにしたがっているが故、そのわずかな差は時間と共に確実に目に見える形となって現れ始める。

 段々と刻まれていく装束、肌の表面。

「ふっ!」

「はぁあ!!」

 息を合わせたように強く武器を叩き付け合い、大きく距離を開ける。

「どうした、息が上がっているぞ」

「はぁはぁ…気のせいだ」

 微かな差はつもり山となり、大差となる。

 変わらぬようにみえた打ち合いの結果は、ユームの惨敗であった。

 体中から薄く血を流し、服は既に体を覆う役割を果たしていない。

 ユームの首から下、腰にかけて、ネコ科の獣の体があらわになっていた。

 対するクーガは、無傷。

 その差は歴然。これが一つの牙と五つの牙の差であった。

「どれ、呼吸が整うまで待ってやろう」

「くっ!」

 屈辱を与える言葉に、ユームはしかしありがたいと思ってしまった。

 実際このまままともにやりあえば、一つの牙に勝てないのは明らかだった。

 ならば、一撃にかけるのみ。

 そのために、屈辱だが息を整えられるのは好都合であった。

 与えられた時間は、ユームに周りを見る余裕をもたらした。

 戦況は、硬直。

 先日ロリンを囲った犬族のリチャード、兎族のロビンソン、熊族のマックス、鼠族のバルロスが巧みな連携で二つの牙を何とか押さえている。

 四つ以降の牙たちにも一人につき四、五人付くことで何とか均衡を保っている。

 しかし、その均衡はまやかし。

 装備の面では、里の戦士たちは十傑に完全に負けている。

 もし得物を失うものがでてくれば、その穴を十傑は確実に突くだろう。

 そして一つの戦闘で十傑が勝てば、坂道を転がるように一気に十傑側が有利になるだろう。

 一人でも負ければ、終わり。

 そんな状態で今最も負けに近いのは自分という現実が、ユームを苛む。

 あせるユーム。

 だが実は、クーガも内心では焦っていた。

 ホォクの援護がいつまでたっても始まらないのだ。

 何が起こったのか、すわ魔獣の大規模な襲撃か、と思考をめぐらせるクーガ。

 表情には一切出さなかったが、三つの牙が苦戦するような何かが起こっているとすればもしや国への一大事になるかも知れぬ。

 そう考え、ここでクーガもユームと同じ考えにいたった。

 確かにこのままいけば勝てる。だが時間がかかる。それでは不測の事態に対応できない。

 奇しくも、二人は同じ結論、次の一撃にかけるという結論にたどり着いた。

 深く腰を沈め、地を這う獣のような体勢を取るユーム。

 対するクーガは、半歩片足を引いて自然体に構えた。

 二人の獣の血は確実にクーガのほうが濃いが、今はまるでそれが逆転しているようだった。

 一瞬の静寂。

 ぎりぎりと音を立てて引き絞られている弓のように、ユームは一瞬ですべてを解き放つ。

 クーガは自ら踏み込みはせず、渾身の返しによって勝負をつけようとしていた。

 瞬きする間のすれ違い。

 その主導権を握ったのは、意外にもユームだった。

 クーガは視界の端に捉えてしまったのだ。

 遠くの空で弾ける羽。ハンディアローを。

 それに多少でも気をとられてしまったクーガは一歩後手に回った。

千首一閃(せんじゅいっせん)ッ!」

 わずかな隙を獣の勘で感じ取ったユームは、ここで初めて技能を放った。

 技能は動きが決まっている。すなわちすべてを知り合う間柄のもの同士での戦闘では、無駄に放てば返され隙を突かれ勝負が決まってしまうということである。いくら強力でも知られた一撃は、強者相手には死という結果を返すのみだ。

 ゆえに技能を使うのは勝負が決まると確信したときのみ。

 技能の力を得て、全身の筋肉を爆発させて得た強力な双撃が、千の必殺の一撃に変わる。

「ッ!?流影返し(りゅうえいがえし)!」

 クーガも一瞬後に技能を発動する。

 クーガの漆黒の体が影のようにぶれ、千の死をかわしユームの体を裂く。

 だが、すべてをよけきれたわけではなかった。

「くっ!」

「ちっ!」

 浅くない一撃を体に受けたクーガだったが、致命には程遠かった。

 対するユームは、腕を少し切られただけであった。

 必殺を確信した一撃を耐え切られ、悔しさを隠そうともしないユーム。

 クーガは一つユームを睨み

「勝負は預ける」

 と一言だけ言い残し去った。

「待て…ッ!?」

 当然その背を追おうとしたユームだったが、首筋にしびれるような悪寒を感じ前方に強く跳んだ。

 直後地面を揺るがす振動と激しい破壊音が背後で響き、背中を一筋の灼熱感が襲った。

 すぐに立ち上がり後ろを振り返ったユームが見たものは、二つの牙。二メートルを超える体。その体ほどもある大剣を地面から軽々と片手で引き抜く上半身裸の狼男。白狼族のアークトスの姿だった。

「よぉユームぅ!久しぶりだなぁ!」

 その瞳の一つは潰れ、残った片方は深い憎しみの色をユームに向けていた。

 軽いその口調からも、抑えきれない憎しみがほとばしっている。

 鋭い犬歯はむき出しで、口の端からはよだれがあふれてしまっていた。

 ユームはその巨体の背後を見た。

 そこには、倒れて動かない、赤い池に沈んだ四人の姿があった。

「第二ラウンドといこうぜぇ!」

 満身創痍のユームが小太刀を構える。

 アークトスの純白の体に、自らの血による赤はなかった。



一日一話を守りたい。

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