11 三つの牙
本日二話目です。
太陽の光を失い、星と月の明かりのみが包む里の中を、ロリンとユームが隣り合って走っていた。
「敵の方角は!」
「あっちに八人そっちに一人!距離は八〇〇メートルと大体三キロ!」
「了解した!」
ロリンとユームは里中を疾風の如く駆け、敵襲を知らせた。
家から出てきた里の住人たちは最初は驚きあわてていたが、すぐに戦士の顔になり二人に続いた。
「九人ということは、ほぼ間違いなく十傑だな」
ユームが苦虫を噛み潰したような顔ではき捨てた。
十傑、己の妻を殺した憎き敵の再来に、否が応にも顔が強張る。
「九人なのに?伏兵とかはいないの?」
走りながらロリンが聞いた。戦闘が近いからか、口調が素に近くなっている。
「十傑のもう一人は俺だ。俺が討たれぬうちは変わらぬ。たとえ国を捨ててもな」
驚愕に言葉を失うロリン。
その驚愕の中身はそんなに強かったのかお前、であったが。
それをやはり何かと勘違いしたユームは、恥じ入るような顔で謝罪した。
「すまんな、十傑を褒め称えるような話をした後に、自分が十傑だというのは気恥ずかしくてな」
ロリンはとりあえずうなずいておいた。
「それより、十傑だとすると一人の方は確実に三つの牙だろうな。やつは弓の名手、一キロ圏内に入れば狙ってくるだろう。ロリン、頼めるか」
「了解!」
ロリンはユームたち里の戦士から離れ、一人森の奥へと向かった。
瞬間その姿がぶれる。
一瞬にしてロリンは獣人の目でも捉えられぬほど遠くに消えた。
「あれで、抑えて走っていたというのか…」
ユームの後ろを走る戦士の誰かから感嘆の声が漏れた。
それを聞き取ったユームが、不敵に笑いながら声を上げる。
「聞け!あの人間は俺の娘を救いこの十傑たる俺を簡単に伸した!その人間が三つの牙へ向かった!もはや背後の心配は必要なし!俺たちは目の前の十傑を狩ればいいだけだ!」
「「「「「おォォオオオオおお!!!!」」」」」
それに応じ、背後から叫び声が上がる。
国最強の九人との戦闘に、里の戦士たちは怯えるでなくむしろやる気に満ち溢れていた。
彼らにとって、強者との戦いは何よりも愉悦。
誇り高き獣人の戦士たち三十数人は、目の前に待つ死闘に心を躍らせた。
ひゅ、と風を切り飛んでくる矢を、右の刃で以って弾く。
続けて三連続で飛んでくる矢も、斬り、かわす。
ロリンはあえて隠密スキルを使わずに、敵の注意を引きながら森を駆けていた。
距離は既に五百メートルをきっていた。
三つの牙、ホォクは、超高速で迫るロリンを冷静に見極め射続けていたが、流石に焦りが沸いてくる。
三キロの距離がありながら、まるで鷹族の中でも最も眼が優れた自分のように、はっきりとこちらが見えているように迫ってきた敵。
すさまじい速さで駆けながら、前から襲い来る矢の相対速度は恐ろしいほどであろうに、かすりもしない矢。
焦らないはずがなかった。
ゆえに彼は、決めにいった。
四本の矢を、同時に弓に番え、自らの持つ最強の技能の名を唱えた。
「カルテットアロー!」
放たれた四本の矢が、火、水、風、土の属性をまとい、螺旋を描きながら進んだ。
それは鋼鉄をも穿つ最強の矛。
四本の死神が、ロリンの命をわれ先に奪おうと、空気を抉り進む。
死神の牙が哀れな獲物を貫くそのとき、目が合った。
「馬鹿な!」
叫ぶホォク。
ロリンは二本の矢をかわし、もう二本の矢を弾くでなくいなした。
そして一瞬のうちにダガーから手を離し、かわした二本の矢に手を添え、円を描くように主に返した。
スキル、矢返し。
某漫画の二本の指で矢を返す技を会得しようとし、手に入れたスキルであった。
その動きを、目で捉え叫べただけで、ホォクを褒める理由に足るだろう。
そして、帰ってきた必殺の矢を何とかかわしたホォクが、ロリンを見失ったことについて、責められるものはいないだろう。
「どこへ行った!」
辺りを見回すホォク。
だが、ロリンの姿はどこにも見えない。
確実に居場所は割れている、ならばここは一度引くべき。そう考えたホォクは立っていた枝から離れるため、背中の翼を広げた。
まさにそのとき、ホォクの立つ枝の一つ上の枝の影から、逆さまになったロリンが湧いてでた。
「なっ!」
戦士の直感とでも言うべきものでロリンの接近に気づいたホォクは、とっさの判断で自らの羽根を一枚千切り、ロリンに投げつけた。
その最後の一撃をロリンはあっさりとよけ
「手加減」
といいながらダガーの握りの底を全力で叩き付けた。
声もなく白目をむき、木から落ちるホォク。
落ちる鷹を二足歩行させて手を生やしたようなものを見送ったロリンは、ほっと一息ついた。
苦もなく三つの牙を倒したように見えたロリンだったが、実際はそうでもない。
ロリンは防御力に関してはまさに紙といった有様で、一度でも矢を受けていれば危なかっただろう。
そして、必殺のカルテットアローを破ったあの矢返し。あれは素手でなければ使えないスキルである。
つまり、矢返しが発動する距離に矢があるうちにダガーを手放したのはロリンの反射神経の賜物である。
最後に、影走りを使って背後に回ったが、影走りには出入りの間一切行動できないという致命的な弱点があったのだ。
あっさりとよけた最後の一撃も、実は間一髪であった。
「ちょっと、スキル試しすぎたな」
反省しながらも、駆け足で里に戻るロリン。
彼女は、一つ気づかなかった。
最後の一撃に乗っていた技能に。
ハンディアロー。
高位弓術師の奥の手。
矢として使ったものが弾ける代わりに、弓を使ったのと遜色のない一撃を素手にて生み出す技能。
ロリンがよけ、天高く上った羽は、弾けて知らせた。
強敵の存在を。
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