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9 里と川と確認

 ロリンが森の鳥たちの喧騒で目を覚ますと、まず既におきていて恥ずかしそうにこちらを見ていたシャロが目に入った。

「おはようシャロ」

「…おはようロリンお姉ちゃん」

 食欲と睡眠欲に負けている間はそうでもなかったが、やはりシャロは恥ずかしがりやのようであった。

 照れる猫耳犬しっぽ少女を眺め、朝から幸せな気分に浸っていたロリンに影が落ちた。

「おはよう」

「…おはようございますユームさん」

 肉を両手に持った男らしい笑顔を浮かべる褐色スキンヘッド猫耳男であった。

「いろいろ聞きたいこともあるだろうが、まずは飯にしよう」

 朝から肉とか胃もたれしそうだな、と思いつつ、ロリンは朝から肉をむさぼった。


「さて、飯も食ったことだし、お前にいろいろと説明してやりたいところなんだが…」

 太陽が昇ってまだ少し、だがすでに騒がしい。そんな森を眺めながら朝から謎生物の生肉を食べたロリンに、ユームはばつが悪そうな顔で言った。

「俺は狩に行かねばならない。とりあえずはシャロと近くの川で水浴びでもしていてくれ。昼前には戻る」

 言い終わるや否や、ユームは昨日のように飛び降りてしまった。

 ロリンはというと、シャロと水浴びという言葉に三度の戦争の影を感じて決意を固めていた。

「それじゃ、いこっかお姉ちゃん」

 シャロはなんでもないように、飛び降りた。

「此度の戦、敵は強大であります…」

 ロリンも飛び降りた。


 隠れ里の中を歩く二人。

 きょろきょろと楽しそうに上を眺めがら進むロリンを、シャロが少しうれしそうに見つめていた。

 この隠れ里、地上には家も畑も何もなく、時折樹上にユームとシャロの家のような、家か小屋か部屋かというような建物があるだけなのだ。

 ゆえに必然的に、ロリンは里を見たいので上を向いて歩くことになった。

 上を向いて歩きながら、ロリンはシャロに疑問をぶつけた。

「ねえシャロ、どうしてここの里の家は木の上に建ってるの?」

「たしか、魔獣に襲われないようにと、えっと、自然とともに?あるように、だったかな?人間のおうちはこうじゃないの?」

 質問しておきながら、星空の件も考えて、半分以上シャロは知らないんじゃないかと思っていたロリンだったが、意外ときちんと答えが返ってきて感心した。そして魔獣という言葉がひどく気になったが、先に聞かれてしまったので答えなければならなかった。

「ええっと、他のところはわからないけど、わたしの家は地上に建ってたよ」

 実際この世界の人間についてロリンはまったく知らなかったので、明言は避けた。

 へー、と頭の中で人間の家について楽しそうに考え出したシャロを見て、魔獣のことは後でユームに聞けばいいか、と思い直した。

 里の中を進むロリンとシャロは、途中何人かの獣人に出会った。みなロリンの事を見て最初は驚いたが、すぐに好意的な目を向けてきた。

「ねえシャロ、人間って嫌われてるんじゃなかったっけ?」

 不思議に思ったロリンは聞いた。

「うん、でも昨日お父さんがいろいろ言ってたから、それでじゃないかな?」

 私もロリンお姉ちゃんのこと、好きだよ、と照れながら続けたシャロに意識を持っていかれそうになりながら、人間憎しより家族大事のほうが強いんだな、とロリンは納得した。

「それに、ここの人たちは特に人間のことそんなに嫌いじゃないと思うよ」

 どうして、と喉まで出かかった言葉は、続くシャロの

「あ!お姉ちゃん川みえたよ!」

 にかきけされた。


 森の中を穏やかに流れる、ロリンの腰くらいの深さの川は、ロリンが今まで見た川の中で最も澄んでいた。泳ぐ魚さえ見えるほどに。

 川についたシャロは、何かの動物の皮で作ったであろうぼろぼろの靴をまず脱いだ。

 そしてロリンはそこではじめて気づいた。

 シャロの足首から下は、猫のそれであったのだ。

 欧米諸国よろしく靴を履いたまま部屋に上がり、脱いだのは夜寝るときだけで、更に朝は先に起きていて既に靴を履いていた。ゆえに気づくのがここまで遅くなってしまったのだ。

 無言で足を凝視するロリンに、シャロはなんだか悲しそうな顔になった。

 どうしたのか、と思うロリンにシャロが消え入るような声で言った。

「わたし、この足きらいなの…」

 シャロの瞳のダムは、今にも決壊しそうだった。

「どうして?かわいいのに」

 そんなシャロに、気遣いではなく素でロリンは答えた。

「かわいい…?」

 何を言われたのかわかっていないシャロに、ロリンは続ける。

「うん、かわいいよ!にくきゅう触っていい!?」

「え?い、いいよ?」

 突然何かのスイッチが入ったロリンに、先ほどまで泣き出しそうだったのも忘れて、シャロはおずおずと川辺の石に座ってロリンのほうへ足を差し出した。

「うわぁ…ぷにぷに…うぇひひひひ…」

「あっ…んっ…!」

 くすぐったさとロリンから漏れ出ている何かから、足を引っ込めようとするシャロだったが、ロリンが片手で押さえているためままならない。

「うぇへへ…ふわふわ…ぷにぷに…すべすべ…」

「やっ…にゃ…!」

 顔を真っ赤にして震えるシャロ。邪なる気を隠そうともしないロリン。

 少ししてロリンが正気に戻るまで、蹂躙は続いた。


「ご、ごめんなさい」

 耳まで――猫耳ではないほうの――真っ赤にしてうつむくシャロに、ロリンが平謝りする。

「本当にごめんなさい。調子に乗りました。いかなる罰でも受ける所存です」

 やばいと思ったが抑え切れなかった。先人のお言葉とお姿がロリンの頭をよぎる。

 そんなロリンの胸中を知ってか知らずか、シャロはうつむいたままつぶやいた。

「シャロの足、好き?」

「へ?う、うん、好きだよ」

 予期せぬ質問に一瞬呆けながらも、ロリンは正直に答えた。

「耳は?」

「好きだよ」

「しっぽは?」

「もちろん」

「じゃあ、顔は?手は?体は?」

 シャロは顔を上げていた。

 その表情は、何かを期待するようだった。

 ロリンは答えた。

「シャロの全部、大好きだよ」

 シャロは目を一度瞑った後、満面の笑顔になってロリンに抱きついた。

「お姉ちゃん大好き!」

「お、おう」

 よくわからない展開に、中身(麟太)が出るロリン。

 この意味をロリンが知るのは、それほど先のことではなかった。


 よくわからぬままひとつ試練を乗り越えたロリンに、再び試練がやってきていた。

 それは

「んっ…しょ」

 目の前で恥ずかしがりながらも、すこし楽しそうに服を脱ぐシャロであった。

 すなわち水浴びである。

 上を一枚脱ぎ、下着などつけていないシャロの平坦な見せてはいけないところが見ようと思えば簡単に見れてしまう状況に、ロリンは動揺する。

「素数を数えよう…1…1…2…3…5…8…13…21…」

 フィボナッチ数列を数え始めたロリンを不思議そうな顔で見ながら、シャロは生まれたままの姿になった。

「89…144…」

「お姉ちゃん?脱がなきゃ水浴びできないよ?」

 うつむきながらぶつぶつとつぶやくロリンの顔を覗き込むようにして放ったシャロの言葉に、ロリンは閃いた。

「できる!脱がなくても水浴びできる!」

 どや顔でロリンは顔を上げシャロの肩をつかんだ。

 首をかしげるシャロの、その裸体をうかつにも至近距離で見てしまったロリンは三分ほど行動を停止した。

 数分後、そこにはスクール水着を着て水浴びをする二人の少女の姿があった。


 更に数十分後、そこには水泳のときにしか出番がないあの形状のタオルを使って体を拭く二人の姿があった。

 シャロはそのタオルで胸から下を隠しながら、興味深そうに紺色のスクール水着を両手で伸ばしていた。脱いだ服は川で洗われ大きな岩の上に放置されている。

 タオルも何も持ってきていないのに服を洗い始めたシャロに、どうするのか聞いたロリンは、裸のまま乾くまで待つ、と言い切った彼女の姿に野生を見た。冬とかどうすんじゃい、とも思ったがそもそも冬はないのかもしれないと考えた。そして彼女の恥ずかしがるポイントがよくわからなくなった。

「ねえロリンお姉ちゃん」

 体を拭き終わり、既にメリー作どこかの民族風ポンチョと麻の上下、下は七分丈ズボン、という格好に着替えていたロリンに、シャロが水着を片手で持ち、タオルをもう片方の手でつまみながら聞いた。

「これとか、これとか、どこから出してるの?」

 水着を出したあたりで抱くべき疑問に、ロリンはどう答えたものかと悩んで、適当にごまかした。

「魔法だよ」

 実際にはメニューのアイテムボックスであるが、事実なぜ使えるのかわからないしスキルでもないし魔法みたいなもんだろうとロリンは考えていたので、あながちごまかしたわけでもないのかもしれない。

 魔法と聞き目を輝かせるシャロに、ロリンは喜ばせたくなって持っている中で大きめで、尚且つ危なくない程度の大きさのものを出した。

 どすん、と音を立て現れるそれ。

 シャロが目を丸くしながらたずねた。

「これ、なあに?」

 ロリンは答えた。

「これね、ニ木プルーンの成木」


 生産系プレイヤーが完全なる遊び心で作り出したニ木プルーンの成木をアイテムボックスにしまうと、ロリンはスキルを試すことにした。

 今まで使ったスキルは問題なく使えていたが、どうにもソードマジックファンタジーとは関係ない世界のようなので使えないものもあるかもしれない、と考えたからだ。

 幸い川の近くには開けた場所があり、見ているものもシャロしかいないと探知系スキルで確認できたため、ロリンは実験を開始した。

「ふんはっ!」

「すごーい!」

 結果、思いつく限り試したスキルはすべて発動した。

 一度シャロが全身の毛を逆立てて逃げたり、地面に深い穴が開いたりはしたものの、特に問題なく実験は終わった。

 試しようのないスキルもあったため完璧とはいえないが、大丈夫だろうとロリンは結論を出した。

 太陽はそろそろ、二人の頭の真上に至ろうとしていた。

一日一話。

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