4:潜入──真相
これは既に終わった、とある若者たちの話。
彼等は、無辜の民を苦しめた内乱を終わらせた。
ゆえに、人は彼等を英雄と呼とぶ。
七人の若き英傑、七英傑。
だが──別に彼等は、英雄などになりたかったわけではない。
悪を挫いたが、正義の味方を気取る気もなかった。
──目の前で、誰かが泣いているのを我慢できなかった。
──苦しむ人たちを目の当たりして、何かできないかと苦悩した。
──叫ぶことすら諦めた人間に、手を差し伸べた。
──多くの人間を蔑ろにして嗤う者を、絶対に許せなかった。
ただ、彼等は、そんな理不尽な惨禍に抗っただけに過ぎない。
名誉など、そんな自分達の中で込み上げてくる感情に従った結果だ。
欲しかった物は──その過程で手にしている。
しかし、その先に待っていた結末を、彼等は誰一人、考えもしなかった。
「君たちは、今年の春にこの学園から卒業してもらう……」
そう言い渡された時、反応は様々であった。
唖然した者がいた。
怒りを抱く者もいた。
理解し、納得する者もいた。
彼等は皆、若者で、同じ場所、同じ学園に通う生徒である。
内乱を終わらせた彼等個々の力は凄まじい。
それに敬意を払う者もいるだろう。
そして、畏怖を抱く者もいる。
利用し、貶める者も多いだろう。
そんな人間達が、一つの場所に集結している事実を、良しとする者は少ない。
これが何処かの軍なり、力を保有することが当たり前の組織であるならば結末は違っただろうが、彼等が集った場所は学び舎だった。
故に彼等が属するグランフェルド国立皇都中央学園は、彼等に卒業を言い渡した。
戦乱を納めた彼等は、既に独り立ちできる傑物。
そんな優秀な人材を学園だけで独占させる訳にはいかない。
学園側は体裁を取り持つ為に外部にそう説明した。
もっと簡単に言えば、厄介払いである。
彼等の中には。もう一度、普通にみんなと学園に通いたい、そんな些細な願いを抱いて、戦火に飛び込んだ者もいる。
全員、連れ添う友が居たからこそ、これまでやって来られたのだ。
けれども、結末は、結局それぞれの道を歩むことになる。
何時かは、何れかは訪れる日だと解っていた。
だが、訪れた別れの日は。哀愁すら感じる暇もなく、すぐにやって来た。
これからも、会う事は可能だろう。全員揃う事も、不可能ではない。
だが、難しくなる。
学園から離れる彼等の先は各々別だった。
場所が違えば、容易に会うことできない。
新しい場所に適応する為に、その時間すら作る暇もなくなるだろう。
少なくとも、これまでの様に、すぐに逢いに行くことはできなくなった。
まだ、若き彼等は、社会という海に飛び込むことになる。
大海で逸れた魚は、仲間と再会せず朽ちることは、そう珍しくはない。
一人が、そんなことを思っていた。
→
カーフェン家の邸宅はバルハウス家の邸宅とは別の住宅街に聳え立っていた。
バルハウス家も見事な屋敷だったが、カーフェン家はそれ以上の絢爛豪華な屋敷である。
近くで見れば大きな柵で囲まれた森林公園にしか見えないその場所は、離れて眺めると、赴きがある巨大な館の一角が窺えた。
周辺の人間でも、特別な様でもない限り遠ざけるそんな屋敷に、月あかりを避けて二人の男女が忍び寄る。
ルイベルとステラだ。
バルハウス家の当主である女性、ビアンカに依頼された二人は、夜の闇に紛れて屋敷に侵入しようとしている。
ビアンカからバルハウス家が行った違法取引の契約書を奪取する依頼を請け負った二人は、更に詳しい話しを彼女から聞き、目的の品がこの場所にあると教えられたのだ。
「近くに誰もいない。今なら侵入できるよ」
ステラが静かな声で傍らにいるルイベルに告げる。
彼女は若くして優れた武人であり、周囲に存在する気配を読むことは造作もない
そんな彼女の隣でルイベルは、通信機能や電波情報の回覧などができる携帯機器の画面を眺めていた。
「…………」
「ルイベル?」
一向に返事が来なかった為、ステラが怪訝な顔でルイベルを窺うと、彼はそのまま眺めていた携帯機器を懐にしまう。
「伝手で裏を取れた。どうやら、あのお譲様の言っていたことは本当みたいだな」
「ルイベル、まだ疑ってたの……」
ステラの呆れた呟きを、ルイベルは鼻で嗤う。
「相手は今日会ったばっかりの他人だ。良い様に使われてないか探るのは常道だろう」
「疑心暗鬼が強いって言うか、捻くれているって言うか……。
でも、本当なことって解ったなら、今からはちゃんとあの人を信じて働けるね」
「馬鹿言ってんじゃねえ。俺が信じるのはいつも俺自身だけだ」
「…………。つまり、私──たちとかのことも信じたことないの?」
『私たち』とは、問うまでもなく、以前同じ学園で共に過ごした者たちのことだ。
不安そうな声で訊ねたステラの問いに対し、ルイベルは鋭く即答する。
「当たり前だ」
忽ちステラが苦しそうに顔を曇らせるが、ルイベルはそのまま言葉を続けた。
「てめぇらのこと全部信じて任せきりにしたら、面倒事が増える一方だろ」
面倒そうに、仕方なさそうに、それでもはっきりと彼は言う。
「なら、俺ぐらいが常に疑うぐらいが丁度いい」
「ルイベル…………」
それを聞いたステラは沈痛な顔をゆっくり消し、そのまま穏やかに口元を緩ませる。
「本当に捻くれてるんだから……」
小さくそう呟いてから、ステラは気を引き締め直す。
「じゃあ、行こう。夜が明ける前にお仕事を終わらせよ」
「あぁ……」
二人は同時に跳躍し、高い柵を乗り越えて、静かな足音で敷地内に侵入した。
「ふん。一応事前に調べてはいたが、侵入者を知らせる魔術の類はなかったか」
「なら、この屋敷に魔術師はいない?」
「そんな保証なんてねぇ。相手は魔術師じゃねぇが、依頼人と同類で礼装も売買している」
それも大規模で売買している商人ならば、私的に保有している数も多いだろう。
「知っての通り、礼装の中には魔力のない奴でも使える代物がある。警備の奴らが全員礼装を常備していたって不思議じゃねぇ」
「そうだね。警戒して進もう」
「最初からそのつもりだぁ……」
森の様な、暗く、広大な庭をステラが先導して二人は駆け出す。
そんな森林のような庭園を抜けた先には、巨大な屋敷。
周囲には、蔓延る様に人の姿があった。
皆、腰に各々武器を携帯しており、中には魔術礼装を装備している者もいる。
屋敷内に侵入する場所は、何処も人がいた。
「どうする?」
庭の木で姿を隠しているステラが、隣の木に隠れているルイベルに意見を求める。
「裏口の奴らを眠らして入る。それが一度手っ取り早いだろう」
「うん、そうしよう。……、本当、なんかこれ泥棒さんだね」
「今更何言ってやがる」
呆れ声を吐き捨てたルイベルは、微妙な顔を浮かべる彼女を置いて裏口に向かい、慌てたステラが後を追う。
裏口にやってきた二人は、扉の前に立っている二人の男性を見た。
この辺りを警備している人間は彼以外いないことを確認するとルイベルは、あろうことか彼等に向かって堂々と歩き出す。
ステラが声を上げかけたが、ルイベルが手の仕草で、そこに居る様にと指示を出した為、成り行きを見守る。
「貴様、何者だ? 何処から入って来た?」
自然な足取りで自分達に向かって来るルイベルに気づいた男の一人が警戒し、もう片方の男が通信機らしき物を操作しようとした。
瞬間、ルイベルはゆったりとした動きから急に駆け出し、自分に声をかけた男は無視して何処へ連絡しようとした男の顎に拳をめり込ませる。
「おま──っ!!」
残った男が腰の警棒に手を伸ばすが、その前にルイベルが相手の腹に拳を叩き込み、制止したところを前の男と同様に顎を殴打して昏倒させた。
「乱暴……」
「それ用の人間にだから良いだろう」
咎めるようにやって来るステラに、ルイベルは白々しく台詞を吐いた。
ガチャリ。
その音にルイベルが気づいた時には、近くにあった扉の向こう側から、何人かの男たちが此方を見ていた。
「ちっ!」
運悪く、交代の時間に出くわしたのだろう。
ルイベルが舌打ちして行動した時には、既に奥にいた男が既に何処かへ連絡をしていた。
今度はステラと共同して男たちを掃討し、全員その場で寝転がさせる。
だが、二人の侵入はこの屋敷全体に広がっただろう。
「しかたねぇ。このまま目的の物があるらしい書斎に向かうぞ」
「うぅ、これじゃ襲撃だよ」
「襲撃もコソ泥も大差ねぇ。俺らのことはもみ消せるだろが、念の為に顔を覚えられる前に全員倒すぞ」
「もう仕方ないね……、わかった」
渋々、頷くステラ。
そこへ新手が現れる。
「貴様たち、何者だ!!」
次にやって来た者たちは剣や銃器、妖しい光を放つ礼装を装備した団体だ。
今度は素手ではなく、ルイベルとステラは各々武器を取り出す。
ステラは腰の鞘に差していた両刃の直剣。
ルイベルは魔導書──ではなく、懐のホルスターに隠していた銃だった。
銀色の自動拳銃。
強力な魔術を発動しないのならば、ルイベルの主装はこのハンドガンになる。
銃の速効性を活かし、魔術よりも速く相手を倒す為だ。
ガン! 銀の銃が轟音を鳴らす。
発射された弾は狙った相手の額に直撃した。
鉛玉、あるいは魔力を通した魔弾ならば男の頭部は弾けていたが、事前に非殺傷の弾に変えていたため、男はそのまま白眼を向いて倒れる。
休む間もなく、ルイベルは連続して引き金を引く。
銃口から放たれた弾は、寸分違わず狙った相手の額に直撃し、次々と男たちを倒す。
見事な銃捌き。
ルイベルの魔術の師は母親だが、それ以外は主に父親だ。
彼の父はルイベルに荒事を叩き込んでいた。先程の慣れた拳使いも父の教育である。
だが、より賞賛されるべきはステラだった。
向かってくる刃、銃弾、礼装から放たれた魔術行使を全て彼女は見切り、両手で握った剣で相手を倒す。器用な事に刃以外の場所を当てて、全員気絶させていた。
彼女はこの国の騎士団にスカウトされるほどの技量が高い武人なのだ。
若くして、二人共、卓越された実力。
だが、当然とはいえば当然であろう。
彼等はこの国の内乱を終結させた立役者。有象無象の人間では、束になっても叶わないのは道理である。
二人はそのまま、向かって来る者達を薙ぎ倒しながら快進撃を続け、すぐさま目的の書斎に辿りつく。
「ここだね」
「…………」
扉の前でステラが相方に確認をしたが、ルイベルは無言だった。
「あれ、違った?」
「いや、わりぃ。情報通りならここだろうさ」
「…………、何か考え事?」
「ああ」
ステラが訊ねると、ルイベルは軽く頷く。
「確かに魔術礼装を売買している商人の家だけあって礼装は数多くあった」
「確かに。一個師団くらい分は保有しているかも」
「だが、魔物を操る奴なんで誰もいなかったな」
「あっ」
そこでステラも疑問に気づく。
だが、彼女が悩みだす前に、ルイベルは扉に近づいた。
「どの道、憶測じゃ答えはでない。なら進むだけだ。覚悟しとけよ」
「ルイベル……うん」
頷くステラの姿を脇目で眺め後、ルイベルは乱暴に目の前の扉を蹴り開けた。
「な、なんだ、き、貴様等は!?」
書斎の呼ぶには大人数でも踊れそう広い部屋。
その最奥にあるデスクに肥え太った中年の男性がいた。
「っ! 貴様等か!? 不敬にも我が屋敷を襲撃した連中は!」
二人の姿を目の当たりした男は事態を把握し、唸る様に叫ぶ。
「別に殺しはしねぇし、金目の物を取るつもりもない」
そんな焦燥しながら睨んでくる男に向かって、ルイベルは冷たく言い放つ。
「俺たちの目的は、この家がバルハウス家を貶める為に裏組織を交わした、契約書だ」
「!? 貴様たちは、あの成り上がりの手の者か!!」
その反応を見て、ルイベルはにやりと嗤う。
「話しが速い。解っているならとっとと出せ、おっさん」
「お、おっさんだと!? 私はカーフェン家の当主であるヘルマン・カーフェンだ!」
「なら、契約書の場所も解るな。痛い目にあいたくなかったら出す物を出しな」
「強盗だよ、その台詞……」
「いや、まんま俺達強盗だからな」
項垂れるように言ったステラを、ルイベルは呆れながら見た。
『!?』
そこで気づいたのは、二人同時だった。
ルイベルたちの背後から、素早い影が接近している。
一見は鼠だが、通常よりも何倍も大きい。
凶暴な様子から魔物の類だと理解できた。
向かって来たのは三匹。
ルイベルたちは各々、自分に向かってきた一匹を銃と剣で撃退する。
「ひっ!」
「え?」
悲鳴はヘルマンものだった。それをステラ声に出して困惑する。
魔物の鼠、残りの一匹はヘルマンに向かっていた。
てっきり彼の手によるものだと思っていたステラは動揺しながらも、ヘルマンを襲うとしていた鼠に追いつき、その身体を突き刺す。
しかし、そんな彼女に、部屋の家具に隠れていた新手の鼠が襲いかかる。
「馬鹿が!」
罵声を飛ばして、ルイベルが手を伸ばした。
彼はステラの腕を掴むと、強引に退き寄せて、鼠の襲撃を回避させる。
だが、ステラを襲った魔物の鼠は、その場で反転し。今度はルイベルに向かった。
魔物の鼠が、ルイベルの体に接触する
「ルイベル!」
「騒ぐな。体は何もされちゃいねぇ」
体はな、と小声で吐き捨てた。
悲鳴を上げるステラにルイベルは落ち着いた声でそう言ったが、彼の顔は鋭い。
魔物の鼠は、ルイベルの腰の鎖に下がっていた魔導書、彼の所持する本が納められた魔導書を掠め取り、入り口へと走り去る。
そこには、いつの間にか新たな人影が立っていた。
「御苦労さまでした」
それは誰に対して、言ったものか。
魔物の鼠から魔導書を受け取ったビアンカが、穏やかな顔で微笑んだ。