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3:依頼──英傑

 警備隊の事情聴取から解放されたルイベル達はある屋敷に招かれた。

 住宅街に佇む豪奢な邸宅。内装も煌びやかで、修飾はどれも高級品である。

 ルイベルとステラは案内された部屋で同じ横長のソファに座っていた。

 両者両端に座っており、ルイベルが持参の本を読んでおり、ステラの場合は落ち付かなそうに視線を彷徨わせている。

 ステラの挙動不審は、いきなり華美な場所に連れて来られたからではない。証拠に彼女は部屋の内装に殆ど視線を向けておらず、ちらちらと傍に居るルイベルに目を向けていた。


「……いったい、なんのようなんだろうね?」

「何度目の質問だ。待っていたら解るだろ」

「そ、そうだよね……ごめん」


 一切目を向けず突き放すように言ったルイベルの言葉に、ステラはそのまま黙ってしまう。だが、しばらくすると取り留めもない話しを振ったり、先程と同じ質問をしたりしてはルイベルの鋭い返答で沈黙し、繰り返す。

 苛立ちを募らせてきたルイベルが、全く内容が頭に入って来ない本で顰め面を隠した。

 ステラがルイベルに対して、何か訊ねたことがあるのだと彼は察していた。

 普段の彼なら、逆に問いただすか、その場を離れているかの二択だが、前者をやれば黙秘すると予測し、後者は状況が許さない。

 よって、彼は読み慣れた本を見ながら時間を潰すしかなかったが、それも限界がある。

 これが女に甘い男ならば、優しく語りかけたりし、何も言わず平常心を保つのだろうがルイベルがそのような人種でないことは明白。

 その場の空気が徐々に鬱陶しく思い、彼の堪忍袋の緒が切れる──その寸前で、部屋の扉からノックが聞こえた。


「失礼します。お嬢様が参られました」


 聴こえて来た声は、二人をこの部屋に案内した老人のもの。

 しかし、開かれた扉から最初に見えたのは、ルイベル達が街で遭遇した女性だった。

 声をかけた老人は控える様に彼女の後ろに立っている。


「お待たせしました」


 そう言うと彼女は部屋の中に入り、後ろから来た老人が扉をゆっくり閉める。

 女性の身なりは出遭った時とはと違っており、小奇麗な装い。腫れていた脚も魔術などで治療したのか、彼女は両足で静かに歩き、ルイベルたちの前で立ち止まる。


「まずは改めて。助けていただき、真にありがとうございます」

「いえ、たいしたことないです。だから、頭を上げてください」

「……」


 頭を下げる彼女に、ステラは立ち上がり首を振ったが、ルイベルは座ったまま無言で読んでいた本を懐にしまい、気だるそうな視線を向けていた。


「ありがとうございます……」


 彼女は一度頭を下げて、視線を戻す。

 そして、名乗りを上げた。


「遅れましたが、私の名はビアンカ・バルハウス。この家の当主を務めています」

「この家の……。さぞ、立派なお人なのですね」


 この若さでこの屋敷を担う人間という事実にステラが感嘆の声を出すと、ビアンカは小さな口で苦笑を溢す。


「大したことはございません。当主と言っても最近なったばかりで、家を潰さないよう四苦八苦している日々です」

「お嬢様はご立派に、お勤めをなされております」


 ビアンカの言葉に思う事があったのか、彼女の傍で控えていた老人がそう進言した。

 そんな彼に、ビアンカは優しく労わるような微笑みを浮かべながら、諭す。


「ありがとう。でも、私への世辞はお客様の前では不要よ」

「私としたことが……。出来過ぎた真似を、申し訳ございません」

「それで、そんな御立派なお嬢様が俺らに何用だ?」

 

 そんな主従のやり取りに水を差す如く、ルイベルが厚かましく訊ねた。

 彼の態度に傍に居たステラは不満そうな目を向けて、老人といえば厳しい眼つきでルイベルを睨む。

 だが、彼の憤り制するようにビアンカが老人に顔を向けて、首を横に振り、次に彼女は座ったままのルイベルを見つめる。


「恐らく、貴方が御考えている通り御迷惑な内容ですよ、ルイベル・ルクティウスさん」


 名前を呼ばれたルイベルは、愉快そうに口端を釣り上げる。


「バルハウスは個人情報も売買しているのか?」

「いえ、我々の商品は主に形ある物品です。それに貴方がたは買わずとも知れる有名人でしょう?」

「ちっ……」


 そう言って優雅な微笑みを浮かべるビアンカに、ルイベルは思わず舌打ちをした。

 有名人、その言葉でルイベルは確信した。


 この女は、自分たちのことを知っている。

 

「ルイベル、彼女の家のこと知っているの?」

 

 不満そうに顔を顰めるルイベルに、ステラが不思議そうな声で訊ねた。

 ルイベルはステラを一瞥すると、面倒そうにしながら自分の知ることを語る。


「バルハウス家。商業で発展している名家だ。

 主に取り扱う商品は日用雑貨だが、礼装も売買してる為、その筋でも名が知られている。このお嬢様が魔術に詳しかったのも、それが理由だろ」

「なるほど……」


 得心したようにステラが頷く。

 ルイベルは魔導書の他にも魔術礼装を所持しているので、知識欲が強い彼がそのことを覚えていても不思議ではなった。

 

「そんなお譲様が皇都内で魔物に襲われたとなれば、人為的な出来事だと想像できる」


 名家の人間ならば、それだけに注目を集めるだろう。

 その中に邪な考えを持った人間のものがあったところで不思議ではなく、同時に犯行に及ばれても一般人に比べれば想定の範囲内だ。


「魔物を操れる魔術礼装なんて幾らでもあるし、人を使うよりも裏が取れねぇから要人襲撃にはもってこいだ」

「ええ。御明察の通り、あれは魔術礼装で操られた魔物たちでした。警備隊の方でも死体を検証して確認は取れています」

「では、犯行に及んだ人間が誰なのか解っているのですか?」

「いえ……」


 そんなステラの問い掛けを、ビアンカは目を瞑りながら首を横に振り、否定した。


「仮に警備隊が特定することができても、彼等は何もすることはできないでしょう」

「その口振だと、アンタは既に誰なのか予測はついてるんだな」

「……ええ」


 ルイベルの鋭い指摘を、ビアンカは静かに肯定した。


「恐らく犯人は我がバルハウス家と対立しているカーフェン家だと思われます」

「カーフェン家、商売敵か……」

「その家のことも知っているの、ルイベル?」


 ルイベルの反応を見て問いかけてきたステラに、彼はさらりと説明する。


「バルハウス家と同じ商業で発展してる名家だ」

「その通り、彼の家は我々と同じ分野で競う家です。主な活動地域が両家共皇都内と重なっている為、昔から対立関係にあったのですが・・・・・・」

「ただ、業績だけで争うだけには留まらず、影で物理的に潰し合っていたわけか」

「はい……」


 厭きれながら吐き捨てるルイベルの言葉を、ビアンカは暗い声で認める。


「後ろ暗い話しで詳しく話す訳にはいきませんが、両家の対立は商売以外でも形として現われていました。今回の一件もその一つです」

「ふん。で? それを俺らに話して何がしたいだ?」


 見るからに不満そうな顔を隠さず、ルイベルは低い声でビアンカに訊ねた。


「人目を避けるように屋敷に招いたんだから、ただの事情説明だけじゃないんだろ?」

「はい、その通りです……」


 先程よりも真剣な顔つきになったビアンカが素直に認めて、素早く本題を切り出す。


「お二人の力を見込んで、バルハウス家からある物を盗ってきてほしいのです」

「ああん? 俺らにコソ泥をさせる気かぁ?」


 ルイベルは苛立ち混じりの言葉と共に、ビアンカへ厳しい眼光を放つ。

 先程まで温和だったステラも、刺を含んだ態度に変化した。

 だが、この反応はまだ良いほうだろう。

 仮に、ビアンカが言った言葉がそれ以上に物騒だった場合、ルイベルはステラを連れてこの場を去る気でいた。

 最悪、一騒動はあったかもしれない。女でなければ、殴っていたかも。

 しかし、ルイベル達は動かない。立ち去る気配もない。

 まだ相手が話しを聞く姿勢だと感じ取ったビアンカは、内心、安堵と焦燥を感じつつ、できるだけ簡潔に話しを続ける。


「行動事態はそうなりますが、お二人に盗ってきて欲しい物は、契約書。

 恐らく、バルハウス家が今回の件で魔物を操る者を交わしたであろう契約書、それを奪ってきてほしいのです」

「契約書だぁ?」

「ええ。バルハウス家は政界にも通じている為、警備隊に嘆願しても話しは通りません。むしろ、此方が名誉棄損で訴えられるでしょう」


 当然の規律だ。

 真の事実はどうであれ、証拠もなく訴えれば問題視させるのは訴えた側だろう。


「しかし、犯行に及んだ物的証拠があれば、打つ手はあります」

「それが契約書ねぇ。裏で動く連中の全員、契約書をご丁寧に書く保証なんてねぇぞ?」

「そうですが、ないともかぎりません。バルハウス家の人間が直接するよりも、第三者を通して実行するほうが安全ですし、契約書があれば後ほど都合が良いこともあるのです」


 何処か確信しているような様子で、ビアンカは語る。


「今回の件の契約書がなくても、今まで行った依頼より生まれた契約書が僅かにでも存在すると、私は考えております」

「ふん。多少は理にかなっているようだが、それをどうして俺たちに頼む?」


 聞いておきながら、その理由をルイベルは予想していた。

 だが、あえて聞く。それが不満な答えでも、聞く方が筋だからだ。


「アンタらもそれなりにデカイ家なんだから、依頼する相手も選べるだろ」


 ルイベルの慰ぶし気な質問に対して、ビアンカは妙な微笑みを浮かべる。

 まるで、然も当然なことを聞かれたような態度だった。


「勿論、貴方がたが依頼を果たし、信用に足る人たちだからです。

 そうでしょう、我が国の内乱を終結させた新星の英雄様」


 讃えるように、ビアンカが言う。


七英傑(ななえいけつ)が一人、《書架の魔術師》、ルイベル・ルクティウスさん。

 そして、同じく七英傑が一人、《光花の剣姫》ステラ・アラウムさん」


 数か月前ことだ。

 このグランフェルド皇国は内乱に起こった。

 血が流れ、犠牲になった人間は死者を合わせて二百万人以上。

 始まりは多くの者に唐突であり、終わりは何時になるのか想像もつかなかった。


 しかし、嘆きと悲しみの連鎖は、とある集団によって断ち切られることになる。


 集団といっても、たったの七名。しかも全員まだ学生だった。

 だが、若人たちが、他にも助力があったとはいえ、内乱を終結に導いたのは事実である。

 彼等を人々はこう呼んだ──七人の英傑たち、七英傑。


「貴方がたの顔は一般に公表されませんでしたが、私も商人の端くれですので情報通です。顔だけ御拝見しており、御活躍が最近だったため今日(こんにち)まで覚えていました」


 そう言った後で、ビアンカは何処か可笑しそうな笑みを浮かべた。



「もっとも、あのような形で偶然お会いできるとは思ってもいませんでしたけどね」

「ああ、そうかよ……」


 吐き棄てる様にルイベルは応ずる。

 別に自分達のことを知っていたことに対して何も思っていない。

 名前を知られた時点で、ルイベルにとっては予測していたことだ。

 逆に心構えの無かったステラは何とも言えない顔を浮かべている。

 そんな二人を見つめながら、ビアンカが語る。


「貴方がたが何故、内乱を終結させるまでに至ったのか想像つきません。

 望めば望むだけ得られたはずの名声や報酬を、貴方がたは誰一人望みもしなかった」


 ビアンカの言葉通り、ルイベルたちは国側から様々な打診があったが、宛がわれた全ての名声や富を、誰一人手にしようとはせず、手にしなった。


「それを、理解不能という一言で片づける大人達もいますが、私はそうは思いません。

 貴方がたの行動は、真に正義なのだと私は感じました」

「別にそんなんじゃねぇよ。好き勝手に動いた結果が、ああなっただけだ」


 何処か興奮する語ったビアンカにルイベルは冷ややかに答える。

 だが、彼女の熱は収まらない。むしろ冗長している。


「ならば、私の考えは間違いではなかった。自分達が信じた行いが、多くの人を良い方向に導いたのだから、やはり貴方がたは紛れもない『善』です」

「…………」

「そんな貴方がたに偶然にも巡り合えた。これは神の導きだと信じ、私は貴方がたに託したと思います」


 そして、次に囁いたビアンカの言葉は今までで一番小さく、一番本心を露わにしたもの聴こえた。


「もう、嫌なんですよ……」


 気づけば、ビアンカは潤んだ瞳でルイベルたちを見つめている。

 まるで、その顔は行き場のない場所で光をつけた童女のようだ。


「二つの家の争いは私が生まれた頃からあった。互いにやり返しを続けて、泥沼の状態。

 将来、家を担う定めにあった私は、それが嫌で、同じ思想を持つ人と出逢い、手を組んで、一緒に頑張ったのに──何も、変わらなかった」


 ふっと、ビアンカの目の端から、涙が零れる。

 これが演技ならば、役者になれるだろうとルイベルは思った。


「だから、お願いできませんか? 勿論、報酬はします。断っても、昼に助けていただいた御礼はしたいと思います。

 でも、どうか、私に、信頼できる人に、私達の願いを託させてください!」

 

 悲痛な叫びと共に、ビアンカは二人に頭を下げる。

 その必死の懇願を見たステラは、様子を窺うようにルイベルを見る。


「ルイベルはどうする?」

「どっちもでもいい。お前はどうしたい?」


 ルイベルの平坦な声に対して、ステラはしっかりと答えた。


「私は、やりたい。この人の想いは、本物だと思うから・・・・・・」


 真摯な言葉。聞いたルイベルは思わずため息を吐いた。

 そして、仕方なそうに、自身も言う。


「そうか、なら俺も付き合う」

「ルイベル!」


 嬉しそうな声を出すステラ。

 そんな二人のやり取りを見て、ビアンカが涙を拭う。


「二人共、ありがとうございます」


 そうやって浮かべた彼女の微笑みを、ルイベルの視線は逃さなかった。


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