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2:魔物──魔術

 今は一人暮らしのルイベルだが、幼かった頃は両親と生活していた。

 平和な家庭。何不自由もなかった。

 ただ、一つだけ特別なこと言えば、両親と共に住む場所を転々としていた事だろう。

 ルイベルが物心ついた頃には既にそんな生活を送っていた。

 父は自由契約(フライハイト)の賞金稼ぎ。

 母は学者であり、教師でもあった。

 彼女は学校がない人里に訪れては、金も取らず其処にいた子供たちに勉強を教えていた。

 慈善事業。とても酔狂な行いだ。

 周りの者は大人しく都内で生活すれば楽だろうと揶揄した。子供であるルイベルも、そして彼の父も呆れていた。


 だが、結局は二人共、彼女に付き合った。

 

 ルイベルは生活に不満がなかったからだ。父親は、惚れた弱みだろう。

 幼いルイベルの教育は一般的な学問や魔術は母から、それ以外は父から学んだ。

 二人がいない時は本を読む。

 ルイベルは本が好きだ。色々な知識を手に入れて、様々な物語に触れる。子供向けの映像番組よりも、ページを捲ることで自分が物語を進めるような気分を彼は求めた。

 娯楽などはそれだけ十分。新しい本は両親に言えば、幾らでも読めた。


 そんな充実した毎日を過ごしていた──ある日こと。


 母が、ルイベルに訊ねた。

 何かしたいことはある?


「別に」


 素気なく、幼いルイベルは答える。

 母の言葉が、自分の我儘で子供を連れ回している罪悪感からのだと彼はすぐに解った。

 だが、彼は母には好きなことをしてもらいたかった。

 けれど母の質問は、それから毎年一回はするようになる。

 親なりに、子供に未来を選ばしたいのだろう。

 

 ──季節が巡る。年を重ねる。


 今年も同じ質問を母がした。

 その頃のルイベルは、一人で何でもこなせるようになったので、今までとは違った答えを出した。


「学校に行く」


 今更、ルイベルが学校で身に付けられる知識は多くない。

 母から毎日のように指導を受けていたので、彼の学力は高いのだ。

 

 ゆえに、彼が学校に行く目的は、勉強する為ではなく、探究心を満たす為。

 

 ルイベルは昔からあらゆる物語を好む。

 物語の中には、近代を舞台にして、同じ年頃の登場人物たちが学校に通うものがあった。

 少年少女は、そこで各々の青春を謳歌する。

 ルイベルは別に自分も同じ体験ができるなど思ってもいなかった。

 ただ単に、手短に物語の舞台へ脚を踏み入れたい。

 読書を好む人間であれば、一度は想像することをしたかっただけだ。

 

 その舞台が学校であったのは、一番行きやすかったから。

 

 他にも理由を付け加え、ルイベルはグランフェルド国立皇都中央学園の入試を受ける。

 結果はあっさり合格。

 母の教育の賜物だとルイベルは判断した。思えば、個人で多くの教科を指導できる母はとても優秀な教師であったのだろう。

 なお、ルイベルの通う学校は完全寮生なので、両親たちが彼に付き合って皇都に留まる必要もない。

 母は最期まで悩んでいたが、結局は残りの二人に後押しされて、教育の旅を父と一緒に続けることになった。

 初めての一人暮らしだったが彼に不安はなく、その年の春に学生になった。

 

 ──しかし、肝心な学生生活と言うと、事実は小説よりも奇なり、という言葉を自らで体感する毎日だ。


 なにより、そんな生活がたったの一年で終わることになろうとは。


 最後の瞬間までルイベルも想像できなかった。


 →


「ま、魔物だぁ!?」

「なんで街中に!?」


 突如現われたサイクロプスにより、街は一気にパニックになった。

 恐怖と悲鳴は伝播して広がり、瞬く間に人波がその場から離れていく。

 街中で魔物が現われることは、真に非常事態であった。

 交通整備や周辺警備もままならない辺境ならともかく、発展を遂げた都市には魔物の新入を妨げる強大な防壁や結界が張り巡らされている。ましてやここは首都だ。守備態勢は国内最大レベルである。

 そんな場所に産まれて、安全な都市内で生活すれば、一生魔物に遭遇しないことだって不思議ではない。

 故に非常事態に慣れなく、パニックに翻弄されるのは仕方のないことだろう。

 だが、ここは最大都市である皇都だけあって、多く人が入る分、魔物の来訪にも慣れてしまっている人種もいるのだ。

 幸か不幸か、今まさに五体のサイクロプスに囲まれている二人。

 ルイベルとステラがそうであった。


「ルイベル!」


 掛け声と共に、ステラが地面を蹴って動いた。

 金の髪が疾風に流れる。

 彼女は自分の倍はある一体のサイクロプスへと果敢に踏み込み、そのまま相手の横脇から剣を薙ぎ掃った。


「GYAAA!?」


 異形の悲鳴。

 風と共にステラの両刃の直剣がサイクロプスの肉に食い込むと、そのまま巨体を横転させた。斬られたサイクロプスはそのまま一撃で息絶える。

 その細腕からでは想像できない腕力、剛剣。

 魔力によって身体能力が上がるが、当然限界がある。

 一般の女性が使える魔力など精々重たい荷物を抱え込む程度なのだ。

 故に賞賛すべきはステラの常人離れした魔力強化。

 そして、それを活かして振るう洗練された剣技。

 

 だが、賞賛に値するのは彼女だけでない。

 

 ステラが一体のサイクロプスを薙ぎ倒した事で包囲に隙間。

 そこを、一つの影が滑り込むように駆け抜けた。

 気絶した女の抱えた、ルイベルである。

 ステラの掛け声と共に瞬時に動いたことも然るごとながら、人間という重くて持ち難い荷物を抱えながら疾走し、サイクロプスの群から数十メートル距離を瞬く間に作った。

 包囲をすぐに崩し、動けない人間を避難させる。適切な行動であり、実行も即座。

 明らかに二人は戦い馴れしている。


「うっ……」


 ルイベルの腕の中からうめき声が聞こえた。

 気絶したブロンドの髪の女が目を覚ます。ルイベルの挙動によって体が揺さぶられ、意識が覚醒したのだろう。


「こ、ここは。私、いったい──」

「そっちの質問も、こっちからの質問も後回しだ。今はとにかく、立って走れ」

「え──あっ、すみません。脚を挫いたみたいで」


 細い声の返答を聞き、ルイベルが女の脚を見てみる。

 確かに女の左の足首が紫色に腫れていた。これでは走る所か歩くことさせ難しいだろう。


「ちっ! ステラ、一人でやれるな!」


 不満を隠さず舌打ちすると、ルイベルは当然のように叫ぶ。


「ええ!」


 返答は声と行動で示した。

 仲間を斬られたことに腹を立てたのか、サイクロプスたちは一斉に彼女に押し寄せ、全員が掴み取る様に剛腕をステラに伸ばす。

 握れば人体を破壊できそうな腕が、ステラの捕えようと迫る。

 だが、八本の腕は何も掴めず仲間の手に激突した。

 ステラは空中にいた。魔力で強化された脚力は、軽々しく彼女の数メートル持ち上げたのだ。

 ステラはそのまま地面に着地すると、サイロプスたちが振り返る前に、剣を振るう。

 一閃。

 それだけで、四体のサイクロプスの頭部は胴体から離れた。

 首から上がなくなった四つの体は、そのまま路上に倒れる。

 周囲に、他のサイクロップスは存在しない。

 

 終わったと、ステラは確信した時──、自分の周辺が暗い影に覆われる。


 危機感を抱いたステラは、地面を蹴ってその場を離れ、先程まで彼女が居た場所に巨大な何かが落下した。

 地響きを立てながら、新手が現れる。


「おいおい、なんでこんなものまで都合よくでてきやがる!」


 その姿を見て、ルイベルは吼えた。

 砂埃を捲き上げて現われる影の体長は目測横幅十メートル以上。

 先程のサイクロプスよりも、遥かに巨体だ。

 異形の形は獅子の頭部に山羊の胴体、揺られている尻尾は生きた大蛇。

 魔獣キマイラ。危険度でいえばサイクロプスより格段上の魔物である。

 それを見たルイベルは、瞬時に判断した。


「ステラ、お守りを代われ!」

「ルイベル?」

「俺が片付ける」


 不思議そうにするステラにルイベルは宣言した。


「どの道、そろそろ警備隊が今更着やがっても可笑しくねぇ」


 本来ならば、そのまま警備隊に後のことを任せればいい。

 だが、このキマイラ相手ならばそういう訳にはいかなくなった。


「三下の下手な加勢は、被害が無駄に増えるだけだろよ」


 いない相手を馬鹿にした言葉だが、それは事実だ。

 何も警察や警備隊が全て無能と評価しているわけではない。

 しかし、現場に真っ先に駆け付ける先兵は、付近の駐留所に待機している人間だ。

 平和な街中いれば実戦経験が乏しい者もいる。

 勿論、十分な実力と訓練があれば、彼らでも対処できるが、危害が拡大する可能はある。

 相手は巨体。それに見合うだけの火力を用意すれば、周囲に被害を与えても不思議ではない。


「なら、その前に決着をつけてやる」

「けど……」

「俺の方が街に被害なく終わらせる。つうか、話している時間はねぇぞ」


 様子見でもしているのか、唸りながら此方を見ているキマイラ。

 彼の魔物が、この瞬間にでも襲ってこない保証など何処にもない。

 それを理解したステラは小さく頷いた。


「わかった。ルイベル、お願い!」

「言われるまでもねぇよ」


 ルイベルがそう言い捨てると、彼は自らキマイラに近づき、不敵な笑みを浮かべた。


「よう、猛獣。どんな事情があるか知らねぇが、やる気はあるみてぇだな」


 キマイラが吼える。強風が吹き荒れ、聴覚を刺激する絶叫が響き渡った。

 しかし、普通の人間ならばそれだけで失神してしまう異形の咆哮。

 それを、ルイベルは軽く受け流して、不敵な笑みを浮かべたまま手招きをした。


「なら、さっさと来やがれ。すぐに後悔させてやる」


 その挑発を理解したのか、キマイラは嵐の如き咆哮を上げて、そのまま突進してきた。

 だが、ルイベルはその場から動かず、待ちかまえる様に異形の獣を睨む。

 彼は腰の鎖に繋がれた本を右手で持ち上げた。

 ルイベルが持ち上げた本を開いた時、一瞬本のページが発光すると、彼はいつの間にか、別の本を左手に持っていた。

 魔導書。

 奇術や神秘、時には筆者の想念が籠った書物はそれ自体が魔力を持ち、一つの魔術礼装、兵器に昇華する。

 強力な武器を使えば、当然、強力な攻撃ができるだろう。

 だが、ステラの後ろに隠れた女は、それを見て不安と驚嘆の色を浮かべる。


「魔導書──? そんな、今更儀式する時間なんて」


 女は魔術の心得があるのか、そんな言葉を口にした。

 魔導書とは本来、その中にある術を発動させる為の物。

 そして、基本的に発動には時間が掛かる。

 一ページ分、あるいは一節分ぐらいならば瞬時に発動できる魔術師もいる。

 だが、ルイベルは数秒でキマイラの距離がなくなると言うのに、高めた魔力で新たに出した本のページを次々と開いている。

 明らかに魔導書の完全開放。威力は高いだろうが、時間がない。

 しかし、そんな不安は、次の瞬間に吹き飛ばされた。


「DAGYAAA!」

 

 獅子の(あぎと)がルイベルの体を噛み砕こうとした時、キマイラは後方に吹き飛ばされた。

 彼の収束した魔力が、障壁となってキマイラを弾いたのである。

 一連の光景を見て、ステラの後ろに居る女が驚愕した。


「魔力が急に集まった!? 魔導書の発動にしては速すぎる!?」

「うん。ルイベルは特別だから。再現(さいげん)魔術で本来、あるべき術式を短縮したんだよ」

「再現魔術? でも、確かその魔術は……」

 

 困惑する女に、ステラはにっこりとした笑みを見せた。


「だから、特別なんだよ」


 再現魔術。それは本来、目視した魔術を感覚的に把握する為の模倣に過ぎない。

 模倣された魔術は原型の魔術と比べると遥かに劣る為、実戦向きとは言い難い。

 だが、この魔術は使い手によっては様々な応用が可能なのだ。

 ルイベルは再現魔術によって、本に全て網羅し、記された神秘を瞬時に再現させる。

 それが彼の《書典再現魔術》。

 彼の特有の技法により、瞬時に神秘が組み上がる


 構成文章認識──。

 内部情報解析──。

 出力処理算出──。


 魔術師は、高らかに唱えた。




『再現

 Reproduktionk──』




 書典展開、起動──ッ!



 

『天王に捧げる緋炎

 Uranus Scharlachrotッ!』




 轟!!


 場の温度が一気に上昇した。

 それは、巨大な火柱だった。

 天まで延びる紅蓮の光は突如として街の中に出現し、キマイラの体を飲み込む。

 魔力が内包された灼熱は瞬時に異形の体を燃やした。

 焔に炙られながらキマイラは断末魔を上げ、その場で灰燼となり、そして、絶命した。

 当時に、燃やす敵がいなくなった事で火柱も消失し、その場の温度が戻っていく。

 静けさが広がる街中で、女がぽつりと呟いた。


「す、すごい」


 女は驚愕した。

 瞬時に巨大な火柱を出して、キマイラを倒したも然ることながら、何より驚くことは、あれだけの炎を出して起きながら、飛び火をさせず、周囲に被害を与えなかったことだ。

 正しく、神秘の炎である。


「しかも、あれだけの炎で、火の粉が一切飛び火しないなんて。焦げ跡すらない」

「たりめぇだ。その為にこの本を使った」


 いつの間にかルイベルは、ステラたちの居る場所に戻ってきていた。

 彼は取り出した本、魔導書《天王への献上》。

 天上に存在するある神に供物を炎で届け、不要なものを焼かぬ奇跡を記したとされた書物を、腰に鎖に下げた本の中に収納する。

 本を元の場所に戻したルイベルは、先程魔物たちを睨んだ時以上に、険しい視線をステラの傍にいる女に向けた。


「あ、あの……」

「やめて、ルイベル。怯えてる」


 身を竦ませる女を庇うようにステラが咎める。

 そんな彼女をルイベルは鼻で嗤った。


「んな立場かよ。てめぇだって、その女が訳ありなのは解んだろ?」

「それは……」


 言いかけて、そのままステラは黙ってしまう。

 魔物は女と共に出現した。

 これが街外れの出来事であるならば不運な出来事とでも片づけられるが、本来魔物の侵入を許さない都市内にて魔物が現われたのだ。

 襲われていたようなので被害者と判断できるが、何かしら特別な事情があると疑うのは不思議ではない。

 痛々しい沈黙が流れる中、女が覚悟を決めたような顔で言った。


「解りました。御礼と共に事情を話します」

「いや、別に事情なんてどうでも──」

「君たちか、魔物と交戦したのは!?」


 遅れてきた警備隊の到着により、ルイベルの言葉は中断された。

 彼はうんざりした顔で溜息を吐く。

 この後は警備隊から事情聴取。

 その後には訳あり女の訳あり話が控えていると想像する。


 ──ああ、また(、、)面倒事に捕まってしまった。


 そう心の中で嘆く、ルイベルであった。

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